変わっていく日常
私、外山の連載2作目でございます。
とは言いつつも1作目【縁】とは違い、短い作品でございます。短編のつもりで作りました。
よろしくお願いいたします。
「くっそー!負けちまったー!」
信二はグラウンドに膝をついて嘆いた
「イェーイ!やったー!」
それに対して喜びながら仲間たちとハイタッチをする唯の姿があった
梅雨も明けた季節、放課後に神奈川県のとあるグラウンドで、中学生達はサッカーをしていた
「なんで賭けてる時に限って負けちまうんだよ、くそ!」
そう言って悔しそうに地面を叩いているのは芹澤信二、中学3年生である
「じゃあ信二!帰りにアイス奢ってよねー!」
弾けるような笑顔で信二にアイスを要求するのは穂道唯、こちらも信二と同い年の中学3年生の女の子だ
サッカーの試合が終わり、解散した中学生達は各々の家路に着いた
信二と唯は幼稚園に入る前からの家族ぐるみの幼馴染みで、家もお隣さんだった 故に帰る方向も同じでいつも2人一緒に帰っていた
「えへへー、おいしー」
唯は信二から勝ち取った棒アイスにかじりつきながらだらしなくにやけていた
「昔っから食ってんのに、よく飽きねえなあ」
「昔っからおいしいんだもん」
信二の言葉を引用しながら言い返した唯は、ずっとにこにこ笑っている よっぽどアイスが好きなようだ
「ちっ、次も唯と違うチームになって、次は勝ってアイス奢らせたる」
「ふふん!今日私に何回取られたっけ?ボール」
「うぐっ、、、」
唯の得意げな顔に今は何も言い返せない 次こそは、とひそかに念じながら小さく拳を握っていた
「あっ、そうだ 今年の夏休みはどこ遊びに行く?」
信二はふと思い出したように顔を上げた
「え?」
「夏休み入ったらすぐ祭りもあるけど、予定立てなきゃいけねえのはやっぱ海だよなー、また花火とバーベキューしようぜ ウチんとこお前んとこの家族でさ」
毎年夏になると芹澤家と穂道家は家族一緒に海へ行っていた 夏以外にも秋にはキャンプ、冬にはスキーに行ったりと密接に仲の良い家族なのだ
「あー、今年は無理かな 私は」
唯はアイスの棒を咥えながら苦笑いした
「えっ?無理、、、って、、、」
「ちょっと忙しくてさ〜、あんまり遊べないかも!」
「え?そんなに酒屋忙しくなるのか?じゃあ俺も手伝うって、いつもみたいに」
唯の家は酒屋を営んでいた 商店街に残る古き良き親しみのわく酒屋だ 唯はよくその店の手伝いをしていて、信二も付き合わされる事が多かった
「ううん、そうじゃなくって、、、勉強しないとダメだからさ」
「え、、、?勉強?」
「うん」
「ハハハ!マジか!?お前が勉強ってガラかよ!」
唯と勉強という組み合わせは信二の中では違和感だらけだった 中学3年生になった今でも男子に混じってサッカーをするような活発で男っぽい性格の唯、もちろん勉強も苦手としていて、成績も決して良くなかった
「もぉ〜笑うと思った!だからイヤだったの!信二に言うのは」
唯は不機嫌そうな声色で頬を膨らませる
「ハハハ!悪ぃな、あんまりイメージにねえからさ」
信二は深呼吸をして息を整える その様を見ながら唯は小さく溜息をつく
「、、、ん?じゃあ唯、お前どこの高校行くんだよ?」
「、、、一応、青葉高校に行く予定、、、かな」
唯はその高校の名前を出すのも嫌だった 青葉高校とは、偏差値の高い進学校である そんな学校に行くと言えば、また信二から笑われると思ったのだ
「えっ、、、唯、青葉行くのか?」
「、、、う、うん、第一志望は青葉だよ、、、?」
しかし信二は笑ったりなどせず、少し驚きながら聞き返すだけだった
「そう、、、か 青葉ね、、、」
信二は考え込みながら暗い表情になった
「、、、?」
そんな信二を唯は不思議そうに見る
「おかえり!唯!信二!」
するといつの間にかもう穂道家の酒屋の前まで帰ってきていたようだ 唯の父親が店先から2人を見つけて手を振ってくる 毛むくじゃらで少し言葉遣いの荒い親父だが、気は優しく商店街から愛されている
「おー唯!またこんな泥だらけになってんのかい!お母さんに怒られるぞ!」
「サッカーしてたんだー!」
唯は悪びれもなく満面の笑みで答えた
「っくぅ〜!そりゃ仕方ねえ!お母さんが怒ったら逆にお父さんがお母さんを怒ってやるからな!」
かなりの親バカである 娘の唯が可愛くて可愛くて仕方ないようだ そしてキッと鋭い目つきで信二を見る
「おい信二!おめー唯に手ェ出してねえだろうなぁ!?ああん!?」
「出してねーよ!良い加減子離れしろよおっさん!」
2人は至近距離で睨みつけ合いながら互いの主張をする
「出してねーだぁ!?そりゃ唯が可愛くねえってのか!?その目は節穴かコラ!手ェ出したら殺すけどな!」
「どっちだよ!?」
こうして2人が唯に関して言い合うのも恒例の景色となっていた
家に帰った信二は考え事をしていた
部屋に入ってベッドに座り、そのまま後ろへ寝転んだ
「青葉高校か、、、」
信二は天井を見つめながら、先ほど唯から聞いた言葉を口にしていた
「俺も唯も、当たり前のように一ヶ緒高校に行くと思ってたけど、、、」
一ヶ緒高校とは、青葉高校に比べれば比較的レベルの低い高校だ 距離的にもここらに住んでいる中学生達はとりあえず一ヶ緒高校に入学する事が多い
(高校は別々か、、、ずっと一緒だったのに、、、)
部屋の天井に、無意識の内に唯の顔を思い浮かべた 妙な寂しさが胸にこみ上げてくる
「、、、青葉高校、、、か」
翌日
信二は担任の教師に、進路について相談していた
「ん?青葉?行くのか芹澤?」
30半ばの男教師は少し目を見開いて信二に確認する
「いや、行くかは決めてないですけど、、、行くとしたら行けそうですかね?」
「ん〜、まあ今から頑張ればいけるんじゃないか?」
「え?ほ、本当ですか?」
おそるおそる訊ねた信二だが、思ったよりも良い答えに拍子抜けした
「今回のテスト見る限り、このままじゃダメだが、、、夏休みしっかり勉強して、2学期からも頑張れば可能性はある事はある 楽じゃないとは思うがな」
「、、、そうですか、、、」
「どうする?目指すか?青葉高校」
教師は少し嬉しそうに訊ねた 生徒が勉強を頑張ろうとしている姿を見るのは教師として嬉しいようだ
「ちょっと、、、考えてみます 前向きに」
その日の放課後
いつものようにサッカーでもしようかと信二は教室を見渡し、唯を探した
唯は自分の席で帰りの支度をしていた
「唯 今日は何する?今日は勝ってお前に奢ってもらうからな?」
信二はもうすでに制服のスボンをめくり、準備万端で唯に声をかけた
「あっ、、、ごめーん 今日はのぞみんに勉強教えてもらう予定があってさー」
唯は申し訳なさそうに苦笑いする のぞみんとは佐山希 、唯の女友達である
「えっ、、、おっ、そうか」
「あっでも明日は出来るから!みんなにもそう言っといてー!」
唯はそれだけ言うとこの場を去ろうとした
「あっ、ちょっと、、、!」
「なにー?のぞみん待たしちゃっててさー!」
呼び止める信二の言葉に唯は足踏みしながら振り返った
「あのさ、、、俺も、青葉高校に行く事にしたから」
「、、、えー!?信二も!?無理でしょ!?」
「む、無理じゃねえよ!俺と唯とじゃ成績は大して変わんねえだろ!」
反射的に否定的な言葉を言う唯に信二はムキになって言い返した
「そうだけど、、、なんで?」
「え?」
「勉強とか、そういうの頑張るの嫌いじゃん?そんな信二がなんでかなーって」
「いやそりゃせっかくだし、唯と一緒の高校に行きてえと思ってさ」
「ふぇ?」
「え?」
信二は自分で言っておいて、その言葉が恥ずかしいものである事に遅れて気づいた
「あっ、へ、変な意味じゃなくな!?幼稚園も小中も一緒だったから!」
「わ、、、分かってるよー!何言ってんのもー!」
信二と唯は慌てて妙な空気を消そうとする 幼馴染みとなると、その消し方も手早いモノだった
「じゃ、私はのぞみん待たしてるので、帰るね!」
唯は額に手をビシッと入れ、軍隊のように敬礼した
「ああ」
「行こうね 同じ高校!」
唯は満面の笑みで手を振りながらそう言うと、足早に教室を出て行った
「、、、、、」
信二も小さく手を振り返し、余韻に浸りながら胸を押さえ、少し早くなった鼓動を感じていた
「本日は何卒よろしくお願いします 佐山先生」
唯は仰々しい口調でそう言うと、ゆっくりと頭を下げた
「い、いいよぉ、そんな改まらなくたって てゆうかプレッシャーだよぉ、先生っていうのは、、、」
気弱そうにそう答えたのは佐山希、これまた中学3年生で信二や唯と同い年である 唯とは中学1年生の時に同じクラスになった事で仲良くなった親友である 今日は唯に勉強を教えるために近所のカフェへやってきていた
「えっへへー、今日は先生でしょ!?」
「教えれるほど賢くないよ!あくまで一緒に勉強、だよ?」
「分かってる分かってるっ、でも、卆大附属行くんでしょ?スゴイよ!」
唯が口にした高校は卆壬大学附属高校、東京に位置する大学の附属高校である 卆壬大学は日本最高峰の大学であり、当然その附属高校も日本随一の偏差値を必要としており、入学困難と言われている
「受かるといいけど、、、あぁ、怖い、、、」
気弱な希はお腹を押さえて顔を青くした まだ夏だが、冬の受験を意識してよく気分が悪くなっていた
「のぞみんなら大丈夫!ヨユーだよヨユー!」
「、、、ははは」
根拠のない唯からの明るい励ましに苦笑いしながらも、希は気が楽になったのを感じた
「、、、なんだか唯ちゃん、今日はいつもより元気だね?」
「え?そう?」
「何かイイコトでもあった?」
希からの問いかけに唯は含みのある笑顔を見せ、怪しく笑う
「よくぞ訊いてくれたねのぞみん 実はついさっき聞いたんだけど、信二も青葉高校を受験するんだって!」
「信二、、、って、芹澤君?」
「そう!芹澤信二!いやー、また3年間同じになれれば、楽しい高校生活が待ってそうだなーと思ってね!」
唯は満足そうに言い終えると、手元のココアを飲み出した
「、、、、、」
希は少し首を傾げ、考え込んだ表情をする
「昨日さ、私が青葉に行くって言ったら、じゃあ俺も行く、ってさ、えへへー、信二のヤロー、私に惚れてやがるぜ」
唯はストローでココアをかき混ぜながら得意げに笑って見せた
「それ、、、そうなんじゃない?」
「、、、へ?」
希の呟く声に唯はパッと顔を上げた
「芹澤君、、、唯ちゃんの事好きなんじゃない?」
「、、、っ」
希のその言葉に唯は息がつまるような感覚を覚えた
「、、、なっ、、、無いよ!無い無い!何言ってんののぞみんはさー、冗談だよ冗談!」
唯は慌てて首を振りながら否定する
「でもっ!それまでは青葉に行くなんて言ってなかったのに唯ちゃんに合わせてくるなんて、、、そうかもしれないよ!?」
希は身を乗り出し、話を止めようとする唯を逃さなかった 友達の恋話に希は目を輝かせながら迫る
「ち、違うって、信二はそんなの無いから、ホントに、、、」
「幼馴染みなんでしょ!?あるよ!あっ、もしかしたら、、、再来週のお祭り!誘われるかも!?」
希はひたすらにヒートアップしたまま喋る 再来週の祭りの頃にはもう夏休みに入っていた
「えぇ?まあそれぐらいならあるかも、、、だけど、、、」
「2人きりで、だよ?」
希はグイッと唯に顔を寄せる
「え、、、それはないってば!毎年信二と他にも友達数人で行ってるもん!」
「こ・と・し・は!2人でどうかな?唯?とかあるかもしれないよ!?あるかもしれないよ!?」
希は小芝居を交えながらランランと目を輝かせる
「う〜、、、!も、もう終わり!この話!勉強しよ勉強!」
唯は首と手を激しく振り、話を強制的に終わらそうとした
「え〜、気になるよぉ〜」
希の困ったような猫なで声を無視し、唯はペンを取って勉強を開始した
希との勉強会を終えた唯は家路についていた
もう夜の7時を回る時間だったが、夏場の7時過ぎは暗くない 日が沈む前に唯は家に帰ろうと歩みを進めていた
(もう!のぞみんめ、面白がっちゃって、、、)
希に言われた信二との事が、結局ずっと頭から離れなかった
(好きとか、、、そういうんじゃないよ私達は、、、)
唯は首を振って気を紛らわし、両手で自分の頬を叩いた
「あ、唯!」
すると後ろから聞き覚えのある声がした
反射的に振り返ると、そこには手を振って駆け寄る信二の姿があった
「えっ、、、!?し、信二!」
唯は思わず再び前を向いて信二から顔を逸らした つい先ほどまで信二について考えていたため、なんとも言えない気恥ずかしさがあった
「佐山と勉強してきたのか?」
追いついた信二は何気なく訊ねる
「う、うん、、、」
唯は自分でも何故かよく分からないが信二の顔を直視できなかった 足元を見ながら小さく頷く
「、、、?なんかさ、顔赤いけど大丈夫か?」
信二は下を向く唯の表情を覗き込みながら心配そうに訊ねた
「はっ、、、え!?あ、赤くないし!多分、、、」
唯は信二から顔を背け、掌を頬につけ顔を冷まそうとする
「慣れねえ勉強して、熱でも出たんじゃねえか?」
「〜〜!う、うるっさい!」
笑いながらからかってくる信二の肩を、唯はグーで殴った
(なんか、、、おかしい!何これ、、、?)
唯は自分の胸を押さえ、どんどん速くなっていく鼓動を手で感じていた
(ドキドキする、、、やだ、鎮まれ、、、!)
先ほどからずっと鼓動を抑えようとするが、心臓はずっと速くなるばかりだ
「、、、なぁ唯」
「っ、、、なに?」
信二からの問いかけにビクッと反応した唯だが、何事もないかのように平静な態度を保った
「再来週に祭りあるだろ?毎年のやつ」
「えっ、、、ま、祭り!?」
「? おう」
唯の過剰な反応に信二は不思議そうに頷く 一方の唯は一人、慌てふためいていた
(も、もしかして、、、のぞみんの言う通り、2人で、って、、、?)
希から言われた様々な言葉が唯の脳裏に飛び交っていた 唯はますます激しくなる鼓動を悟られないように深く呼吸をする
「また今年もゲーム券くれよ?おっさん、祭りの役員だからいっぱい持ってんだろ?」
「、、、え?」
唯は予想外の言葉に拍子抜けした
「そのおかげで金使わなくても毎年楽しめるからなぁ!ハハッ!今年も楽しみだな!」
信二の能天気な笑顔を見ると唯は何故かイラっとした
「、、、ふんっ!」
「ふごおっ!」
唯は指を立てて信二の脇腹をついた 信二は声を上げながら悶絶している
「なっ、なにすんだよっ!」
「なんとなく!」
「はぁ!?な、なんだよそれ、、、」
唯に不機嫌そうな強い口調でそう言い切られると、信二としては何も言い返せなかった
(腹立つ!私ばっか意識させられて、、、はっ!違う!のぞみんのせいだ!のぞみんのせいでこんな恥ずかしい目に、、、)
唯は恥ずかしい思いをした悔しさと、ホッと安心したような気持ちとでよく頭が回るようになっていた 最終的には希のせいにする事で落ち着いた
「、、、唯、祭りは行けんのか?海とかどっか遊びに行ったりする時間はないみてえだけどよ、、、つか、俺も勉強しなきゃなんねえから、祭りぐらいかな今年は、、、って、思ってんだよな」
信二は押さえていた脇腹を離し、何気なく頭をかきながら訊ねた
「だよね、じゃあお祭りは行こっかな〜あっ!今年も勝負する?射的と水風船釣りと輪投げと、、、何があったっけ?」
「じゃ、一緒に行くか?」
「うんっ!最終的に勝った方が焼きそば奢りだよね?去年はおいしく頂いたから覚えてるぜ?信二くん?」
どうやら去年は唯がその勝負に勝ったらしい 澄まし顔で信二の肩に手を置き、ふんっと得意げに息を吐いた
(あっ、思ったより肩が高い、、、)
手を置いてみて、信二の肩が自分の耳ぐらいの位置にある事に唯は気がついた
「今年は、、、2人で行くか、、、?」
「、、、、、え?」
唯は思わず肩から手を離し、信二の言葉を頭の中で整理する
信二の表情をおそるおそる窺うが、少しだけ首をひねり、唯からは表情が見えないように背けていた
(え、、、なに、、、?どういう事、、、?)
唯は改めて希の言葉を思い出す
『芹澤君、、、唯ちゃんの事好きなんじゃない?』
『こ・と・し・は!2人でどうかな?唯?とかあるかもしれないよ!?あるかもしれないよ!?』
「、、、っっ!!」
唯は急に立ち止まり、ぐっと顔を下に向けた
「、、、?」
信二は振り返り、数歩後ろにいる唯の方を見た
「、、、無理!」
唯は俯いたまま、力一杯の声で叫んだ
「えっ、、、」
信二が何かしらの言葉をかけようとしたと同時に、唯は走り出した
唯は何も言わないまま、全力疾走で信二から離れていく
「ゆ、、、ちょっ、待てって!」
信二は後ろから声をかけるが、唯は止まる気配なく真っ直ぐ家に向かって走り去っていく
無理、と言われた手前、信二は追いかけていく道理も勇気も出なかった