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対峙する転校生1

 蜃気楼さえ見えそうな暑さの今日この頃。

 こんな中でも授業をやろうという、学校やら文部省やらの気が知れない。

 そんなこんなで、世界史の先生の話など、すでに零司の耳には届いていなかった。


「はふぅ、」


 ――それにしても、朝、俺のあの焦りはなんだったのだろう? まさかアイツがこんな堂々と学校に来るなんて……。


 チラリとアーシェを流し見る零司。

 零司は窓際の一番後ろの席に対し、アーシェはその右斜め前だった。

 教科書をジッと眺め、真面目に授業を受けているようにも見えるが……。


「完っ全に寝てるよな…」


 時折身体をビクッ、と痙攣させたり、だんだん頭が机に向かっていったり……。

 とにかく、彼女が寝ていることは間違いなかった。

 それなのに、先生はアーシェの事を注意しようともしない。


 ――まさか、そうゆう術式があるとか?


 一瞬、魔術師に憧れた零司だった。



 ℱ



 三時限目の終わりを告げるチャイムの音。

 さすがに、先生もこのサウナ状態の教室から早く出たかったらしく、終了の挨拶もそれなりに教室から出ていった。

 生徒達も同様に、冷たい飲み物を求め、我先にと教室を出て自販機へと向かう。

 教室に残ったのは、未だ眠り続けているアーシェと携帯をかまう一部の生徒。


 そして、俺の二つ前の席で窓の外を眺めるもう一人の転校生、佐野美紗。

 光を吸収しやすい黒色の服で全身を包んでいるというのに、彼女の額や顔、その他の場所でのぞ

 白い腕や首筋にも汗一滴ついていないのは少し驚異的だった。


「おい、起きろ。昼休みだぞ」


 アーシェに歩み寄り肩を揺すると、うっすらと目を開け……。


「ナマハゲって、悪い子供を食べるって本当かしら?」

「……はい?」


 ――ナマハゲ? コイツ、寝呆けてるのか?


「ねぇ、どうなのかしら?ナマハゲ……」

「そんな東北の話知るか。それより、早く飯食いに行くぞ」


 転校生、しかも女子を一応硬派で通っている俺が昼飯に誘う──一見異様な事だが、朝のアーシェの自己紹介で皆を納得させるものとなっていた。


 “生き別れになった姉弟”


 繋がりで居候している、となっているのだが……。


 ――絶対ありえない。


「ほら、行くぞ。しっかり起きろ……」

「あぁるつぅーでぃーつぅぅぅー」


 そう言って、再びアーシェは机に顔を伏せた。


 ――意味不明。


 仕方ないので、零司はカバンから弁当を取り出し一人で屋上に向かうことにした。


 ──ったく、俺を守るために学校に来たんだと思ってた。


「……でも、なんでだ?」


 考えてみると可笑しい話だ……なぜアーシェは俺を守るのか? 審問官から守らなければいけない魔術師などまだ沢山いるはず…なのに、なぜ俺一人を?







 屋上へ続く階段は暗く、汚い。

 別に屋上に上がるのを禁止しているわけではないのだが、誰も屋上に上がろうとしないため、いつしかこの階段は壊れた机や椅子など備品の放置所になっていた。

 階段は掃除すらされておらず、零司が階段に脚をかけた瞬間、大量のホコリが宙に舞った。


「うわぁ、なんだこりゃ」


 かくいう零司も、実は屋上に登ったことはない。

 山積みになった備品のバリケードを抜け、ドアノブに手を掛ける。


「……あれ?」


 その時、零司はふと思った。


 ――何故俺は“一人で”屋上まで来ているんだ?


 そう、零司がアーシェを連れ屋上で昼飯を食べようと思ったのは、自分とアーシェの問題に他人を巻き込みたく無かったからな訳で、アーシェがあの場所を動かない、ということは自分一人この場所に来ても意味が無い、と言うわけである。


「まぁ、昨日の今日だし。昨日みたいなヤツも七人しか居ないって言ってたし」


 と、楽天的な考えで屋上のドアを開く。


 ――なんでやねん。


 黒、黒、黒。

 零司がドアを開けた瞬間目に飛び込んできたのは、屋上で倒れている“昨日の人たち”だった。

 コレをやったであろう、中央にたたずむ“人物”に歩み寄ると、向こうも気が付いたらしく、こちらへ振り向いた。


「やっと来た」


 振り向いたアーシェが、ニコッと笑顔を作る。


「あ、あれ? この人たちは……」

「なに、もう忘れた? 昨日会ったばっかりじゃない」

「だっ、オマエ、昨日の今日だぞ!? なんだコイツら? し、死んでるのか?」


 いきなりの出来事に混乱する零司。

 頭の中では割り切ったつもりでも、やはり実際に再びこんな光景を見せられれば動揺してしまう。


「死んでないわよ。――って言うか、死ぬもなにも、コイツらも“式”」


 言って、アーシェが人差し指で印をきる。

 すると、その場所に赤く小さな魔法陣が出現し、次の瞬間には無数の火矢へと形を変えていた。

 召喚された火矢は、即座に散らばり、黒ずくめの集団に突き刺さった。

 火矢が身体に突き刺さると、黒ずくめの集団は一瞬にして青い炎に包まれる。


「やっぱり、審問官の作る結界と式は質が良いわね。無駄な魔力を使わず、最大限の精度・能力を発揮するんだもの」


 不思議な光景だった。青い炎は、確かに黒ずくめの集団を燃やしているというのに、炎自体は熱をもたず、煙も上げず……燃やしている、というより“浄化”しているかのような、そんな光景。

 ふとアーシェの方へ目を見やると、少し、顔色が悪いようにも見えた。


「……なぁ、なんでオマエはそこまで無理して俺を守ろうとするんだ?」

「無理? そんなのするわけ無いじゃない」


 と、笑って誤魔化すアーシェ。

 しかし、零司は薄々分かっていた。アーシェと出会った昨日、彼女が“何か”をしたことによって、自らの身体に大きな負担を掛けていたことに。


「そ、そんな目で見ないでよ……胸クソ悪い」


 零司の、自分を危惧する瞳に耐えられず顔を背けるアーシェ。

 他人に心配された経験が少ないのか、アーシェの背けた顔は、微かに赤みをおびていた。


「アナタを守るのは、私のためよ」


 軽くため息を吐き、小さな声でそう切り出した。


「昨日言い掛けたわね“転写ノ法”の事……」

「あぁ、親父が研究してた術式の事だろ?」

「――私は、彼の研究は失敗だと思ってた。成功するはず無いと思っていた。自分の存在をそのまま誰かの身体に転写するなんて」


 言い終わると同時に、燃え続けていた炎は、アーシェの感情の高ぶりに反応するかのように一気に熱を増し、一瞬にして黒ずくめの集団の存在を無へと帰した。


「……でも彼は完成させていた。――最初アナタを見たとき安心した。彼が自己を移すとすれば、自分の血を引く実の息子……つまり、あなた」

「でも 、オマエはあのとき“失敗”と、そう言ったじゃないか?」


 と、アーシェが零司へと向き直る。

 だが、その表情には昨日からの人を小馬鹿にしたような笑いは無かった。


「一時は、ね。――でも、気が付いたの、人間の干渉を遮るはずの“閉鎖空間”の中、なぜかアナタが存在していたことに」

「じゃぁ、俺は…」

「アナタ自身は普通の人間である事に間違いない。そうなれば、アナタが閉鎖空間で行動できた理由は一つ。――彼の研究は、完成していた」


 なら、審問官達は親父を――いや、術師メソテスの存在を狙っているのか?


「なんで、審問官に俺が取られると困るんだ? 他にも、もっと強い魔術師はいるんだろ?」

「強さじゃない! ……問題は、メソテスの開発した“転写ノ法”が七つの教会や“奴ら”に渡ることよ」

「奴ら? 他にも居るのか?」


 そう聞くと、アーシェは即座に答えようとしたものの、俺の顔を見た瞬間、一瞬言うのを躊躇った。


「魔術師よ」

「え?」


 魔術師……って、一応仲間じゃないのか?


「まてよ、なんで魔術師に俺が狙われるんだ? 魔術師って、オマエの仲間じゃないのか?」

「昔は……ね」

「昔は?」


 “昔は”


 その一言を口にしたとき心なしか、アーシェの表情がまるで幸せを打ち拉がれた子供の様な、悲哀に満ちた――そんな表情だった。


「利益を求めて何かを裏切る……それは人間の専売特許じゃないのよ」


 表情を隠すかのように、アーシェが零司に背を向ける。


「今までアナタに消滅させられた二人の魔術師……」


 その声に、零司は勿論。予期せぬ訪問ゆえ、アーシェまでもが驚きに目を見開き屋上の入り口へと振り替える。


「“同族殺し”……そういう…事だったんですね」

「――さ、佐野美紗!?」


 そこに立っていたのは、右手に身の丈ほど有ろうかというほどのスナイパーライフルを携えた、美紗の姿だった。


 “エクレシア”


 近代兵器と魔術の複合武器。

 彼女、佐野美紗……いや、エウア=ネモスのもつその銃こそ教会が作り出したそれだった。

 バレットM82A1にも似たその外装は異質で、本物より二十センチは大きい。一六五センチの銃身には、横向きに紅い十字架の紋章が刻まれている。

 しかし、それよりも異質なのは銃の装備。

 本来なければならない筈のスコープやマガジン・ボックスが廃除され、スナイパーライフルとしての……いや、それ以前に銃としての機能を疑わせるものだった。


「パトリス・エト・フィリィ・エト・スピリトゥ・サンクティ」


 “私は貴方の罪を赦します”


 そう呟くと、美紗は静かに銃口を上げた。



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