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二人の転校生

「節々が痛い」


 いつもの通学路を歩きながら、零司が呟く。

 結局昨日、アーシェは倒れてから一度も起きなかった。

 しかも、か弱い女の子(?)をその辺で寝かせておくわけにはいかないため、アーシェにベッドを譲り自分はソファーで寝た結果、見事に寝違えた。


「畜生、最悪な一日の始まりだな……」


 などとぼやいていると、後ろから何かが――いや、誰かが俺の方にへと走ってくる音。


「おっはよぉぉぉぅっ!」


 天空貫くフレッシュボイス。

 この状況で会いたくないが、家が近いため必然的・運命的に会ってしまう。


「どうしたの貧弱! 元気無いね、ロー元気だロー元気!」

「おかげさまで」


 ミキミキ音をたてる首を無理に横へ向けると、そこにはフレッシュに爆笑している雪の姿があった。


「寝違えたの? さすが貧弱、零司は自分の身体を悪くする天才ね!」


 ――嫌な天才だな。


「日曜日なにしてたの?」

「まぁ、色々」

「日曜日何処か行った?」

「まぁ、色々」


 昨日何してたかなんて言える筈が無い。

 と、いっても町の秘密を探ってたら変な女に絡まれてあまつさえケンタッキーのオジサンことカーネルや変な黒ずくめ集団に襲われたなんて言っても信じないのだろうが……。


「俺の事より雪は――」

「と・こ・ろ・で」


 俺の言葉を遮りコロッと話題を変える雪。


 ――正直、朝からこのテンションはキツイ。それより、このテンションはどこから湧いてくるのか……ひょっとして、超高血圧?


 理由もなく爆笑していた雪の顔が急にシリアスになり、ビシッ、と人差し指を俺に向ける。


「零司、昨日女の人家に連れ込んだでしょ!」

「はい?」


 不意の一言に、頭の中が錯乱した。


 ──連れ込んだ? 女? 昨日?


 “昨日、女を連れ込んだ”


 雪の言葉を理解したとき、サーっと血の気が引くのが分かった。


 ――アーシェの事だ!


「なっ――っつぁあっ!」


 いきなりの一言に驚き、寝違えた身体全体に激痛が走った。


 ――まずい、非常にマズイ。迂闊だった、雪の家が近所にあるというのに、普通に家に向い、普通に正面玄関から入ってしまった!


「どこまでいったの? A? B? C? どれ?」

「どれでも……ねぇよ」


 何とかしなければ。このままでは、学校内で噂になるのは間違いない! そうなれば、昨日の奴らに“獲物はここに居まーす”と言っているようなものじゃないか!


「雪、落ち着いてよく聞け。オマエが昨日見たのは……」

「……何よ?」

「えぇ~っと……」


 ――何も浮かばない。


 人間慌てると正常に頭が回らなくなるのはどうやら本当らしい。


「何よ、昨日の女の人は誰? 答えなさいよ、答えてみなさいよ」


 ――くっ……こうなったら


「よく聞け、彼女は親父の母親の妹の父親の親戚のお爺ちゃんの子供の友達の子供だぁ!」


 ――つまり他人。


「他人って素直に言えば良いじゃない」


 頑張った甲斐無く一瞬で解読された……。


「詳しくは言えない」

「なんでよ?」

「言うと噂にされるから」

「言わなくても噂にするわよ。――零司、十何年も幼馴染みやってるくせに私の事全然分かってないのね!」


 ――確かに、雪ならばどの道学校で言い触らすだろう、だがしかし。だからと言って本当のことを話すべきか?

 雪なら分かってくれる?

 否! “雪だから”わかってくれないだろう。

 雪に本当のことを言ったところで、貧弱から変人にあだ名を変えられ、その上さらに注目の的になりそうな噂をたてられる……間違いない!


「なに、さっきから黙り込んで……そんなにヤバイ仲なわけ?」

「まぁ、ヤバイと言えばヤバイが、基本的にはオマエの口の軽さがヤバイ」

「はぁ?」、と顔をしかめさせる雪。


 ──まてまて、別に雪の口がヤバイわけじゃなくて、ヤバイのはアーシェとの仲でもなくて……いや、アーシェとの仲はヤバイのか?

 ――訳が分からん! むしろ、今一番ヤバいのは俺の頭だ!


「とにかく! とにかくだ、これはかなり重大な事でオマエにも言えないし、噂になってもヤバいんだ! だから昨日見た女の人は忘れてくれ、頼む!」

「重大…ねぇ」


 座った目で零司を見る雪。

 勘違いしてる、雪のあの目は絶対勘違いしてる!


「じゃぁ、黙っててあげないこともない」

「へ?」


 雪らしからぬ意外な返答に素っ頓狂な声を上げる零司。


「重要なことっしょ? なら黙っててあげるよん」


 そう言ってスタスタと歩きだす雪。

 零司は雪の後ろ姿を茫然と見つめていた。


「どうしたの? 早く行かなきゃ遅刻だよ! 貧弱のくせに遅刻までしたら取り得ないじゃない!」

「え? あ、あぁ」


 一瞬の困惑の後、俺は雪のあとを追って走った。



 ℱ



「なんだったんだ、あれは……まさか、朝出会った雪は審問官が作った式とか?――ありえる。十分にありえるぞ」


 俺は朝、通学路での不思議な出来事について“真剣”に考えていた。

 朝の雪は明らかに可笑しかった。

 今まで噂と俺の苦しむ姿を生きがいにしている雪が、おいしいネタを“黙っている”と言ったのだ。


「――でさ~、隣のクラスの高坂にぃ……」


 チラリと雪の席の方を見ると、いつものように机の上に腰掛け他愛もない噂や情報を取り巻き達に披露している、いつも通りの雪の姿。

 しかし、やはり俺の話題に触れる気配はない。


 ――やっぱり審問官の式、とか?


 その可能性は否定できない。だがしかし、それなら朝二人きりだった時に拉致するなり殺すなりしたはず。


「おやおや、雪氏の方ばかり見ちゃって、もしかしてラヴ?」


 フッ、と耳元にニヤケた亮介の顔が出現する。


「んなわけあるか。と、いうか邪魔。」


 うっとおしいので亮介の顔を手で押し退けると「あぁ~ん、いけずぅ~」の一言。


「なぁ亮介、土・日に雪と会ったか?」

「あ? 何で俺っちが雪と会うんだよ? むしろお前の方が会うんでないの?」


 ――あれ?


「亮介、オマエ雪と付き合ってたんじゃないのか?」


「んなわけ無いだろ」、と笑う亮介。


「あのな、雪は俺よりお前――っと、そんな事より知ってるか?」

「あぁ? 俺が何だよ、途中で話をそらすな!」


 この時、雪が亮介を鬼のごとし剣幕で睨んでいたことなど、零司は知る吉もなかった。


「まぁまぁまぁ、そんな事はさて置いて――」

「置くな、言え。」

「いやいやいや、そんな重大なことじゃ――」

「重大だ、言え」


 零司の粘り強さに、「はぁ」とため息を一つ。


「しかたない……零司、耳を貸――」


 亮介が零司の耳元で何かを言おうとしたとき、一瞬心地よい風が吹く。


「ばふぁっ!」


 次の瞬間には亮介は机や椅子に揉まれながら床を滑走していた。


「……え?」

「はぁ、はぁ、はぁ、」


 俺の目の前には額の汗を拭う雪の姿……。


「し、知ってた? 今日転校生が来るんだって、しかも二人も……」

「――あ、そ…そうなのか? 初耳だぁ……ま、まぁ席にもどれよ」


「そうさせてもらうわ」と席に戻っていく雪。


 亮介を見ると、机や椅子に埋もれ、見えるのは天へと掲げられた右手のみ。

 一体どんな技を使えばこんな状態になるのか不明だか、まわりの生徒の驚愕した表情を見るに、ただならぬ技が繰り出されたのは間違いないらしい……。

 と、教室内のなんとも言えない空気のおさまらぬまま、朝のホームルームの時間を知らせるチャイムがスピーカーから鳴り響いた。


「おはよう、生徒諸君! 休みは有意義だったか? 青春? 勉強? トレーニング? ど・れ・で・も、オッケェェェ! さぁぁぁぁ、また元気に、一週間がんばろうじゃぁないかぁっ!」


 チャイムと同時に、迷惑なほどの元気を振りまきながら入ってきたのは、担任の鴨原泰造かもはらたいぞう最近彼女募集中の二十九歳独身、通称三十路。


「どおした、この熊がタイソンと死闘を繰り広げた後のような教室の有様は?」


 ――その例えの意味が分からん。


「まぁ、それはそれとして――」


 ──おい! それとしとかないで亮介を見ろ!


「サップラァァイズ! 今日は転校生が――なんと二人!」


 ──あんたが先生になれたのがサプライズだ。と思っているのは俺だけらしく、まわりの生徒(亮介をのぞく)は皆、転校生の一言に歓声をあげている。


「さぁ、一人ずつ入ってもらいましょうかぁ! ほら、入っていいぞ!」


 先生に促され、一番最初に入ってきたのは、


「はじめまして……佐野美紗さのみさと…申します……よろしく」


 黒く流れる長い髪の毛に、それに対するかのように煌めいて見える白い肌。

 目も髪同様に美しく澄んだ黒。まだ制服が無いのか、彼女は喪服のような全身真っ黒な服に身を包んでいた。

 その彼女に対し歓喜の声を上げる男子に対し、一斉に舌打ちをする女子。


 しかし、そんな事はかまわず「つぎぃの転・校・生ぃ、カモォォン!」、と先生が呼んだ瞬間、俺はこの学校に転校してくるはずのない――いや、してきてはいけない人物を見てしまった。

 赤いショートカットに人を小馬鹿にした微笑を浮かべる、俺の家で寝ているはずの彼女――。


「ぐっど、もーにんぐぅ!アーシェ=フィロソフィアでーす」


 ヤツが学校に……やって来た。



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