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二人で自宅へ

「ただいま」


 そう言って返事が返ってこない事など分っているが、それでも零司はその一言を欠かすことはない。この家にはまだ、父と母と妹の魂が残っている、零司はそう思っているからだ。


「うひゃあ、一人暮らしのくせにデカイ家。アナタ金持ちでしょ? 絶対にそう。あ、違うって言っても無駄。実は全部知ってるんだから」


 ドアを開けた零司の脇からひょっこりと顔を出して喚き散らすアーシェ。


「オマエと一緒にいるとイイ話もへったくれも無いな」


「何、なんか言った?」


 聞こえていなかったのか、アーシェが見るも間抜けな顔で零司を見上げる。


「別に。先に入――」

「入りまーす」


 零司の言葉を無視し、靴を履いたままズカズカと家の中へと入るアーシェ。廊下は無残にも泥塗れ。


「最後まで人の話を聞け! っていうか、まず靴を脱げバカッ!」

「バカバカ言うなバカッ! ついさっきまで敬語ッポイ言葉使いだったクセに生意気よ! ちなみに生意気ってなまじに意気がるから生意気って言うのよ!」


 ──聞いてねぇよ。


 不満、というような顔をしながらアーシェが脚を振って、乱暴に履いていたブーツを脱ぎ捨てる。


「ったく」


 ブツブツ文句を言いながらも、乱雑に脱ぎ捨てられたブーツを拾って玄関に並べる零司。ついでに洗面所から雑巾を持ってきて泥も拭く。なかなかどうして、手強い泥たち。

 零司が泥と悪戦苦闘している間にアーシェはリビングで佇んでいた。ある物を見つめながら。


「これがアナタの妹? 似てないのね?」


 アーシェがテーブルの上に置いてあった写真を手にとる。写真に写っているのは、あどけない顔をした蒼い瞳の少女。


「まぁな。真奈は母さん似で、親父から引き継いだのはその蒼い瞳くらいだ、って昔よくぼやいてた」

「この子が?」

「いいや、親父がだよ」


 アーシェは意外、といった顔をする。


「へぇ、アイツでもぼやく事があったんだ」


 遠い過去の思い出を掘り起こしているかのように感傷に浸るアーシェ。心做しか瞳が潤んでいる気がする。

 アーシェはそれを隠すかのように零司に背を向けた。


「そろそろ教えてくれよ。〝お前達″は一体何なんだ?」

「あっ」


 隙をついて零司は写真を取り返し、そっとテーブルの上に戻した。


「お前達、か。本当に何も知らないのね」

「当たり前だ、知ってたら教えてくれなんて言うかよ」


 アーシェが「確かに」と小さく笑う。


「まずは、私とさっきの奴らとの違いを理解してもらわないとね」

「違い?」

「そう、私たち魔術師とさっきみたいな奴ら、異端審問官との違い」


 魔術師、異端審問官、まるで御伽噺の出来事だ。これが夢だったら、と零司はつくづく思う。しかし残念ながらこれは全て現実に、目の前に存在していることなのだ。


「私たち、って事は他にもお前みたいなのが居るのか?」

「当り前じゃない。って言っても魔女裁判のおかげで今は絶滅寸前だけどね」

「魔女裁判?  あの中にも本物は居たのか?」


 ──魔女裁判。罪もない普通の人たちが殺された歴史上の事件。でも魔女が実在するなんて。それにコイツみたいな奴らが、そんなに簡単に捕まるものなのか?


「意外?」

「まぁな。お前みたいな化け物を人間がどうこうしてる所が想像できない」

「それだけ異端審問官は強いって事よ」


 零司の皮肉交じりの言葉に、アーシェは意に介さず答える。指摘しないということは、異端審問官は人間なのだろうか。


「なぁ、異端審問官ってさっきの黒ずくめたちの事なんだよな?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「でも最初に出てきたヤツは? お前と同じく魔法みたいなもの使ってたぞ?」


 果たして電気をあんな風に使うことが人間にできるものなのか。

 零司の思考を読んだかのようにアーシェは口を開いた。


「審問官は〝人間であって人間じゃない″簡単に言えば改造人間ね」

「改造人間?」


 零司の脳裏にアンドロイドやらサイボーグのイメージがぎる。


「簡単に言えば、ね。アイツ等の体内(なか)には私達を殺すためだけに作られた〝洗礼武器″が埋め込まれているの。それが飛躍的に上がった身体能力と、私たち魔術師みたいな術式の使用を可能にしてるってわけ」

「その、武器ってヤツは簡単に量産できる物なのか?」


 ──もしそうだとすると、さっきみたいに大量に来られたらアーシェ一人だと対処しきれないんじゃ。


 零司の考えていることが分かっているかのように「大丈夫」とアーシェが笑顔を作った。


「洗礼武器はそんな簡単に作り出されるものじゃないわ。そうね、今存在する洗礼武器は全部で七つ。それぞれ〝七つの教会″って所が管理してるの」

「じゃあ、アステロなんとか、みたいなヤツはあと六人居るって事か?」

「ま、そういう事。さっきは不意を突けたから簡単に退けられたけど、まともに殺りあえばアナタはもちろん、私もただじゃすまない」


「偽物のくせに」と小さな声でつけたすアーシェ。


「なぁ、何で俺はあんな化け物にかかわっちまったんだ? やっぱりお前の事情に巻き込まれただけなのか? それとも――」

「半分半分。確かに事を早めてしまったのは私だけど、アナタが巻き込まれた原因はアナタの父親よ」

「親父?」


 ――アーシェと親父が知り合い、って事は。


 零司の脳裏に、ある一つの仮説が思いつく。

 魔術師であるアーシェ。ならば、その知り合いである霧谷一真は。


「親父も、魔術師だって言うのか?」

「そういう事。霧谷一真は審問官から逃れるための偽名。本名はメソテス=フィアフォードって言って、昔は結構な術師だったのよ」


 ――じゃあ、もしかして親父達の死には魔女や異端審問官が関わっているかもしれないのか!?


「あなたの父親は〝死″と〝自己の存在″について研究していた。そして、行き着いた先が」


 不意に顔を伏せるアーシェ。その表情は暗い。


「〝転写ノ法″自己の存在を術式によって誰かにそのまま〝移す″、未完成のまま封印された禁術。彼は、メソテスは」


 そこまで言って、突然アーシェがふらつきだす。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫、よ。私の事は、心配しなくて、も」


 と、アーシェが最後まで言葉を発せぬまま、その場に倒れこむ。


「おい! 大丈夫じゃねぇよ!」


 慌てて駆け寄る零司。


 ――呼吸はある。顔色は少し青いくらいか。


「って、寝てるだけかよ」


 気持ち良さそうな寝息をたてるアーシェ。彼女の寝顔は普通の少女と何ら変わらず、魔術師という存在には、全くもって見えなかった。

 そこでふと、零司の頭にとある疑問が浮かぶ。


「魔女裁判ってこいつ、一体何歳なんだ?」



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