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雷姫の終焉

「さ、コレで心置きなく戦えるわね」

「心置きなく……か」


 アステロペテスの顔に、冷笑が浮かぶ。


「果たして、“オーラム”の力の使えない貴女は心置きなく戦えるのか?」


 一瞬、アーシェの右手がピクリと反応する。


「気が付いて……いなかったとでも…思っていましたか?」

「顔色が悪いのは、魔力が極端に減少しているため……しかし、予想外だった。よもや貴女が、彼との――メソテスとの戦闘でそこまでになるとは」


 アステロペテスの口癖を借りるなら、“戯言”。

 そう言いたいが、彼女達の言うこと全てが……。


「さっきからぺらぺらと……早く始めるわよ!」


 これ以上の対話は不要。あとはただひたすらに殺し合う……それが魔術師と審問官の運命なのだから。

 素早く印を切り、二人へと無数の火矢を飛ばす。


「致命的……真空に…炎は存在できない」


 飛んでくる火矢に対し、美紗が冷静に一回、二回、とトリガーを引いていく。

 火花も散らず、弾丸も発射されていない――しかし、銃口から発射されたそれは火矢をかき消し、地面を切り裂きながら真っすぐにアーシェへと向かう。


「厄介な物ッ!」


 紙一重で身を翻し回避するが、それでも真空の刄はアーシェのスカートを僅かに切り裂き糸くずを宙に舞わせた。


「回避したつもり?」

「最ッ悪!」


 フィルムのコマをとばしたかのような光景。

 美紗の隣に立っていたアステロペテスは、倭刀に手をかけアーシェの背後に滑り込む。

 一閃、二閃。

 煌めいた刀身はそれでも、アーシェの髪の毛を数本散らせただけだった。


「さすがに、一筋縄ではいかないか……」


 斬撃を回避したアーシェはそのまま間合いを取ろうとしたが……。


「なによ……これ」


 足から力が抜け、その場に膝を折るアーシェ。

 足が、手が、身体中が痺れ力が入らない。


「最強、か。それも所詮、オーラムの力に頼ってのもの……使えなければ、こんなにも弱い」

「黙れ!」


 力を振り絞り、地面に印を描く。


 “大地の神槍”


 アステロペテスと美紗に向かい、地面から剣山が突き出される。


「まだ動ける!?」

「さすが……です」


 アステロペテスは倭刀で受け流し、美紗は的確な射撃で剣山を射ち砕く。

 アーシェは右腕をバネに身を翻し体勢を立て直すと、破片などで視界を遮られている二人に対し二撃目の術式を放つ。


 “龍の吐息”


 指先に現れた印は漆黒。

 次第に巨大な光の収束体となり二人へと迫る。


「…迂闊ッ!」


 光が、二人を包み込んでいった。





 巻き上がった煙。

 コレが閉鎖空間の中でなければ、間違いなく学校の屋上どころか、その射線上のむこうにあった山の一部すら破壊していたであろう。


「呆気ないものね」


 アーシェがポツリと呟いた。

 徐々に抉られた地面は修復され、景色には蜘蛛の巣のようにヒビが入る。

 二人が死んだため結界が解けたのだろうか……。


「アーシェ!」


 景色が崩れ去ると、そこには壁にもたれながら安堵した表情を浮かべる、零司の姿があった。


「凄いんだな、オマエ」

「当たり前よ!」


 肩で息をしながらも無理をしてピースサインを作るアーシェ。

 無理もない。先ほどアーシェが放った“龍の吐息”は特級術式であり、その辺の魔術師が使おうものなら一瞬にして魔力は枯渇し、消滅してしまう。

 それほどの術式を、アーシェは魔力が疲弊した状態で使ったのだから。


「さて、教室に戻りましょうか」


 一歩踏み出したその瞬間、アーシェの身体か大きくふらつく。


「危ない!」


 素早く身体を支える零司。

 近くで見れば良く分かる。アーシェの顔色は明らかに悪くなっており、とてもじゃないが授業は無理だ。


「保健室に直行だな」


 軽く微笑みかけると、


「あはは、頼みま~す」


 と、笑い返すアーシェ。

 オレはアーシェの肩に手をかけ、しっかりと身体を支えた。

 見かけより身体は非常に軽く、華奢で……オレは情けなかった。

 自分より一回りも細いアーシェに護られ、昨日も、今日も…オレはただ、地面に伏していただけ。


「しっかり掴まってろよ」


 アーシェから返事はない。


 ――寝たのか?


「――ッ!」


 それは、驚愕などでは括れない……言うなれば、絶望。

 一滴と二滴と、アーシェの腹部から赤い液体が滴れていた。


 いや、腹部から伸びる、赤く染まった倭刀の切っ先から……。

 ゆっくりと引き抜かれる刀。

 スベテハ緩慢デ、

 スベテハ絶望的デ、

 アーシェは地面へと、倒れた。


「アーシェェェッ!」


 地面に広がる赤い水面みなもに、悲観した――オレの顔が映し出された。


「あ……」


 いきなりの出来事に気が動転し、その場に立ち尽くす零司。

 その間にも、じわりじわりと広がる赤い水面。


「笑止……とは言えないな。――まさか、弱りきった魔力で“龍の吐息”を射ってくるとは、さすがは純粋な魔女」


 アーシェへと称賛の一言を発っし、倭刀の血糊を振り払うアステロペテス。

 勝利したかのように見えるその姿。

 しかし、彼女もまたアーシェの一撃で致命傷には至らなかったものの、深刻なダメージを受けていた。

 凛と立ってはいるが、所々服が破れ、右腕からは大量の血が流れ出て立っているのが不思議なほど。


「アステロペテス……少しだけど…洗礼武器にも影響が……」


 近くにいた美紗もまた同じ。即席で射ちだした“風の壁”では特級術式の威力を殺すことなど到底不可能。

 しかも、戦闘術式のみに秀でる美紗はアステロペテスよりも深刻な、その身に宿る洗礼武器にまで至るほどのダメージを受けていた。


「先に帰れネモス。ここから先は一人で十分」

「でも……また邪魔が」

「二度も言わせるな」


 威圧的な瞳で美紗を睨み付けるアステロペテス。

 しかしその威圧的な瞳は、厄介払い、というより美紗を心配しての事のようにも見える。

 察したのか、美紗は小さく頷くと“油断しないで”と一言残し、足元へ溶けていくかのように消えていった。


「なんでだ……なんでオマエ達はこんな事を!?」

「なぜ?」


 アステロペテスが質問の意味が理解できない、と言うかのように小首を傾げる。


「弱りきって、疲れ切った奴を後ろから刺して、何とも思わないのか!」

「弱りきった処を仕留める。狩りの常套手段だ」


 “狩り”


 アステロペテスはアーシェを人間だと思ってはいない。

 零司は血が滴るほど拳を強く握り締めた。


 “怒り”


 アステロペテスに対して、自分に対して……。

 いつも自分は失う。

 家族も…アーシェも。

 力が無いから……愚かだから……俺はいつも……全てを失う。


「さて、コレはある方の命を無視した事なんだ……早く戻って結果を提示しなければならない」


 ゆっくりと、アステロペテスの雷を纏った左手が零司へと伸びる。

 その手に掴まれれば、おそらく一瞬にして意識が飛び、気が付いたら教会とかいう場所だろう。


 ――愚かで良い……でも、せめて力だけは…今、アーシェを救えるだけの…力だけはッ!


「テメェなんぞと!」


 零司は腰を落とし、雷に纏われていない左腕を思いっきり殴り付けた。


「くっ……」


 ダメージもあってか、零司の渾身の一撃は思いの外アステロペテスを大きくよろめかせた。


 ――親父、俺の中に居るんだろ?


 よろけたアステロペテスに向かい、そのまま腰をひねり右の蹴を脇腹へとたたき込む。


「ッ!」


 強大な力を手に入れようとも、所詮は道具に頼った力。

 アステロペテスは力のベクトルに身をまかせ、地面へと倒れこんだ。


「霧谷ぃ、零司ィィィッ!」


 整ったアステロペテスの顔が怒りに歪み、それまで少女だったその顔が、まるで夜叉の様な形相になる。

 次は間違いなく本気で来る……五体あれば儲け物。へたをすれば四肢全て彼女の腰に携えられた倭刀に切り裂かれ、教会へと連れ去られるだろう。


 ――どうするんだよ、親父……テメェの息子の――いや、“テメェの”ピンチだぞ?


 アステロペテスが勢い良く跳ね起き、抜刀した。


「四肢は必要ない……必要なのは…存在だけッ!」


 叫びと同時に、地面を蹴る軽快な音が響いた。

 鈍く響く、肉が突き刺され裂かれる音。

 何が起こったかも分からない。

 こうべを垂れた零司の目に入ったのは、アーシェと同じように倭刀を突き刺され、血を流す自分の腹部。


「アハハハハッ! バァカ、アタシが四肢を狙うと思ってた?」


 零司の後ろに立ち倭刀を握るその人物は、すでに先程までの冷静なアステロペテスではなかった。

 見開いた瞳は血走り、髪は乱れ、口元は醜く邪悪に笑う。

 強大な力を与える物には、なにかしらの枷が付く。

 狂気に支配された今の彼女は、その枷に囚われたまさにその姿だった。


「どきな」


 アステロペテスは零司の背中に足を押しつけ、乱暴に倭刀を引き抜く。


「がっ……」


 アーシェと寄り添うように倒れこむ零司。その口からは、内蔵の損傷を意味する真っ赤な血が流れでていた。


 ――畜生。


 そう心の中で叫び、薄れゆく意識のなか瞳を開くと、そこには堅く瞳を閉じた…しかし整った、アーシェの顔があった。

 未練が残る程度ではない。

 昨日会ったばかりだというのに、“護る”と……。

 厄介な存在だから“護る”と……殺せば早いのに。


 それでも、アーシェは弱った身体で、護ると言って……死んでしまった。

 なのに、俺は何もできないまま死ぬのか?


 ――それじゃあ、あわせる顔がねぇよ。


 “覚悟はあるのか?”


 ――え?


 遠退く意識の中、聞こえてきたのは……親父の声?


 “復讐のため、お前は全ての幸せを捨てられるか?”


 ――全ての……幸せ?


 “私を受け入れれば日常が壊れる……お前が私になった時、二度と平和はありえなくなる”


 ――上等だ。


 “……ならば行け。際限なく続く、修羅の道へ”


 声を皮切りに、それは始まった。

 ゆっくりと、しかし確実に、傷はふさがり四肢に感覚が戻る。

 戻る……いや、それ以上にまるで器から水があふれ出るかのように力……いや、生命力と言ったほうが正しいのかもしれない。

 それが体中の隅々まで行き渡る。


 ――身体が、動く。


 零司はゆっくりと立ち上がった。


「なによ? 何でアンタ動けるのよぉぉぉっ!」


 半狂乱になり喚くアステロペテス。


 ――生まれ変わった気分というのは、こんな気分なのか?


 以前の自分とは比べものにならない程の生命力。

 元からあったかのように浮かぶ術式の知識。


「メソテスかァァァッ!」


 絶叫と共に、倭刀を振り上げるアステロペテス。


「驚異じゃない」


 言葉の通り振り下ろされるそれは、メソテスの知識と力を手に入れた零司にとって、何の驚異でもなかった。

 振り下ろされた倭刀は高い金属音を立て、零司の頭上数センチで制止する。

 止めたのは、いつのまにか零司の右手に握り締められていた黒く、邪悪に歪む一振りの剣。


「閉鎖空間も無しで……焦るなよ」


 零司がアステロペテスを弾き返し、左手で指を鳴らす。

 窓に霜が張ったかのように、一瞬にして周囲の景色が白い壁に包まれ外界から遮断される。


「さっきまで雑魚だったのに、結界ですってぇ!? 生意気、生意気、生意気よォォッ!」


 完全に洗礼武器に意識を支配されるアステロペテス。それにより魔力が飛躍的に上昇し、魔力が体内に納まりきらず背中から高密度の魔力の翼が産まれる。

 傷も漏れだした魔力により完全に塞がれ、もはやアステロペテスにはハンディと呼べるものはない。


「アハ、アハハハハッ! 殺してあげる、アナタはラオディキア様に献上せずに私が切り刻むぅ!」


 叫びそれまで片手で握っていた倭刀を両手で握りなおすと、さらに魔力が膨れ上がりアステロペテスの足元から地面に亀裂が入りだす。


「たいした魔力だが……逆効果だ」


 アステロペテスへと軽く笑みを送り、左手で自分の眼を覆い隠す零司。


「研究に明け暮れていた俺の親父が、魔術師として強かった理由……」


 零司がゆっくりと左手をどかしていく。

 が、それを最後まで待つ相手ではない。


「一刀ォゥ両ゥ断ンッ!」


 膨大な魔力と練り交ざった雷を纏った倭刀は見上げても先が見えない程に巨大化し、一気に零司へと振り下ろされる。


「黒眼」


 閃光が結界の中を包んだのは、零司の一言とほぼ同時だった。

 少女は、点々と白い雲の流れる蒼い空を見上げていた。

 もう、誰も少女の名前を呼ぶ事は出来ない。

 少女の名前は……少女の枷は、黒き眼の少年“霧谷零司”によって砕かれたのだから。


「私は…未熟だったのだな……支配するべき武器に支配され、自我を失い、名前まで失った」少女は倭刀の柄を強く握り締め、空に向かって微笑んだ。

「アステロペテス……」


 輝きを無くした黒い零司の瞳。

 黒眼はメソテスの開発した、最高傑作。

 負念を取り込み、具現化し、負念の元を打ち砕く。

 それにより、少女の負念だった洗礼武器“アステロペテス”は打ち砕かれた。


「霧谷零司、洗礼武器を砕かれた私はもうアステロペテスではない。――名も無く、存在意義を失った……ただの小娘だ」


 倭刀を転がし上半身を上げ、アステロペテスは自嘲した。


 “存在意義”


 自分の存在を、魔女や魔術師を殺していく中でしか見いだせなかった彼女を、何故か零司は責める気にはなれなかった。

 アーシェを殺されたのに。

 アーシェの仇の為に手にした力だというのに。

 零司はアステロペテスへと歩み寄り、止めを刺すことが出来なかった。


「なぁ、アーシェは死んだのか? 俺の頭に流れ込んだ、この膨大な術式の中のどれを使っても、彼女を救うことは出来ないのか?」


 零司の問いに対し、静かに首を左右に振るアステロペテス。

 そうか、と零司は肩を落としアステロペテスへと背を向けた。


「彼女は死んでいない」

「へ?」


 意外な一言に、素っ頓狂な声を上げて振り向く零司。


 ――し、ししし、死んでない?


「彼女は“黙示録”を読んでいる。――殺せる奴が居るとしたら、それは私の力を破壊した貴男ぐらいだ」


 黙示録――先ほど手に入れた“脳内親父辞典”によると、

 “神の力を模した術式を載せた禁書で、世界に四冊のみ存在し、それを開いたものは永遠の苦痛と力を手に入れる”――らしい。


「でも……永遠の苦痛って」

「苦痛?」


 如何せん親父の知識な為、彼女の知識と表現が違っているのだろう。


「しかし、まぁ、貴男の言う通り苦痛といえば苦痛か。――自分は年老いる事も死ぬこともないが、大切な人や、親しい人たちは確実に死んでいくのだから」


 ――魔女狩り当初から生きてきたとすれば、アーシェは既に七〇〇歳は超えるはず……一体どれだけ別れを体験してきたのだろうか?


「とにかく、アーシェは死んでいない」

「そうか」


 安堵のため息と共に、結界は上部からゆっくりと消滅し、零司の瞳も黒き瞳に輝きが戻っていた。


「ところで、これからオマエはどうするんだ? 力が無くなって、それでも審問官を続けるのか?」

「それは――」


 力を失った倭刀へと視線を落とす。


『力を失った者に用事はない』


 不意に聞こえた男の声。

 ブロンドのオールバックに、美紗やアステロペテスとは対象的な白に金色の装飾を施されたローブ。

 零司の作り出した結界の外にいたのだろう。その男は結界が消えていくにつれ姿を露にしていった。


「……サルディス。私を粛清しにきたのか?」


 声を聞いて分かったのか、アステロペテスに慌てる様子はなく、笑ってサルディスへと振り向いた。


「アステロペテス。敵の眼前で女言葉は使うな……前にも言ったぞ?」

「私はもう審問官ではない」


 鼻を鳴らし、サルディスがアステロペテスへと右手をかざすと、そこに紅い両刃の片手剣が召喚された。


「まてよ、サルディス……だったか? オマエそいつのボスなんだろ?」

「君が、霧谷零司か?」

「質問を質問で返すなよ」


 サルディスが召喚された剣を取り、ゆっくりと歩き始める。


「最もだ。──で、その通りだが何か?」

「オマエ、使えなくなった部下を殺しにきたのか?」

「そうだ」


 アステロペテスの真後ろで足を止めるサルディス。

 アステロペテスは覚悟したかのように正面に向き直り、目蓋を閉じ、首筋をサルディスへと曝け出した。


「最悪な上司だなアンタ。女の身で、傷だらけになってまで頑張って闘ったのに、ねぎらいの言葉も無しでその上殺すのか」

「使えなくなった物を廃棄して何が悪い?」


 剣を高々と振り上げるサルディス。

 振り上げられた剣は光を反射し、刄が一層に鋭く見える。


「その剣を振り下ろしてみろ。――そいつの首が落ちた瞬間に、俺が貴様の首を落とす」


 再び黒眼を発動させ輝きが失われる零司の瞳。


「……そうか」


 小さく呟き、紅い剣は振り下ろされた。


「貴さ……ま?」


 不思議な現象。

 サルディスの紅い剣は、確かにアステロペテスの首をとらえていたのに……


「私は……生きているのか?」


 アステロペテスの首は今だに繋がり、その機能を果たしている。


「“異端審問官アステロペテス”は今死んだ」


 ――え?


 意味が分からない。

 アステロペテスの方も理解できず、何だか複雑な顔をしていた。


「霧谷零司」

「は、はい?」


 不意を突かれた出来事に、思わず敬語を使ってしまう零司。


「黒眼、か。メソテスの記憶は全て受け継いだのか?」

「まぁ、術式に関しては…たぶん」


「そうか」と言ってアステロペテスの腕を取り、優しく立たせて服に着いた汚れを払う。

 サルディスのその行動は、まるで妹に接する兄のように見えた。


「辛いことは隠して……まったくもって親馬鹿だな」


 サルディスが倒れているアーシェへと一瞬目を向け、アステロペテスの背中を軽く零司の方へ押す。


「うわ、ち、つ」


 いきなり押されたため、おぼつかない足取りになり、転ぶまいと頑張る彼女の姿は滑稽でもある。


「きゃうっ!」


 ――転んだ。


「意外だな。もっと邪悪な奴らの集まりかと思ってた」

「…目の前の物に捕われるな。私が異常なだけで、他の六人は邪悪の固まりだ」

「なら、アンタはなんでそんな所に?」


 質問の意味が理解できなかったのか、それとも答えたくないのか、サルディスは黙したまま喋ろうとしない。


「質問を変える。なんでオマエ達は魔術師を片っ端から殺す?」


 愚問だった。意味の無い質問だ。


 ――でも、なぜか彼ならアステロペテスとは違うしっかりとした答えを返してくれる気がした。


「君は、殺し屋になぜ殺すのかと聞くか?」


 返ってきた答えは簡潔なものだった。


 ――それでは意味がよく分からないじゃないか。


「――アンタは、好きで殺しているのか?」


 ――――。


 問いに対し、サルディスの答えが返ってくることはなかった。


「君は――」


 サルディスが、閉ざされていた口をゆっくりと開く。


「確か、君は家族の死を探っていたな?」

「え? あ、あぁ」

「君は、家族を殺したのは誰だと思っている? この町? 七つの教会? それとも、魔術師?」


 ――何を突然?


「君は、仇を見つけてどうする? 殺すのか?」

「――わからない」


 その答えに、少しホッとしたかのような表情を浮かべるサルディス。


「今の君は――授けられた力の意味を理解していない。そんな君を教会へ連れていっても仕方ないな」


 それだけ言うとローブを翻し、サルディスが背を向け歩きだす。


「まてよ」


 サルディスの足がとまる。


「次は、敵か?」


 馬鹿な質問だ。敵のボスに対して“次は敵か”なんて……分かりきっているじゃないか。

 サルディスは再び歩きだし、蜃気楼のように景色へと消えていった。


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