MISSION3 泣虫ヒーロー弱虫朱雀
なんて清々しい一日だろう
空は雲一つなく晴れ渡り
蒸し暑くもなく寒くもなく過ごしやすく動きやすい
淡い桃色の花弁を持った花の匂いに誘われ心が何処か異世界に行ってしまったような感覚がしてフワフワした足取り
羽でも生えたかの様に足が軽く何時もより速く走っている様な気がする
すると曲がり角の死角から誰かが飛び出して来る
正面からぶつかった俺は目の前の人を見て息を飲む
「ご、ごめん…」
俺の悪名を知っているから少し怯えて謝ってくる
その姿に、なぜだろう
俺は目が離せない
「虎…壱…」
彼の名前を呼んで肩を掴む
身体を震わせる彼の姿は俺の瞳に焼き付いた様にはなれない
なんだろう
この甘い疼きは
甘酸っぱく胸を締め付ける様な、でも疼きを味わっていたくなる
「虎壱…あのさ…一度だけでいいから…」
手を伸ばして彼の顎に触れる
戸惑った表情が近くに見えた
俺は怖がらせない様笑う
そして―……………………………………………言った
「…殴らせてくれないか?アッパーで」
「そっちかぁあぁあああぁぁあぁあ!!!!!」
そっちって…失礼だな
何を期待した?
「返してぇ!一瞬でもあの笑顔にときめいた俺の純情を返してぇ!」
「だって…そうだろ?こんな日には殴りたくなるじゃないか、お前を」
「お前の処をイイ声で言わないでっ!お前が欲しい的な感じでも最後には痛みしか残らないよ!」
「大丈夫さ。直ぐに気持ち良くなる。だって…Mだろ?」
「ちっがぁぁああぁあぁぁぁぁうっ!」
グスグス泣きながら虎壱は塀の隅っこでいじけてしまった
仕方無いなァ…全く
俺は虎壱の首根っこを掴んでズルズルと引っ張っていった
◇
ピーンポォン。ピーンポォンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
『一体なんなの!?』
なかなか出てこない朱雀に痺れを切らして俺がチャイムを高速連打しているとインターフォンから少し高いアルトの声が聞こえた
俺はこっそり咳払いをすると言った
「あ、はじめまして…かな?同じクラスの青ヶ島だけど…赤城 烈火君だよね?渡したいものがあるんだけど…いいかな?」
『へ?!俺に…?』
「迷惑だったらゴメン…やっぱり帰るね」
『あっ!待って待って!今行くから!』
「いいの?ありがとっ烈火君♪」
ガチャリと音がしてインターフォンが切れた
部屋の中からドタバタと言う音がするからきっと慌てて着がえてるんだろう
そんな必要ないのに哀れなやつだよな?お前もそう思うだろ虎…
「いまのなにっ!?」
ぎりぎりまで押さえた叫び声だったが虎壱が俺の肩をガクガクと揺さぶりながら叫んできた
「なんで、あんな純情乙女な声が出せるんだよ!?どんだけいたいけなんだよ!?おかしくねぇか?!なんだよさっきのありがとっ烈火君♪…って?!おかしいだろっ!乙女過ぎるわぁぁぁぁっ!!!!!」
「え?…悪い…?」
今度はホストと顔負けの声で言ってみる
すると虎壱の顔がほんのりだが赤く染まった
最近は使ってなかったけど…やってみるもんだなこれは
もうすこしからかおうとしたら烈火の家の扉から鍵を開ける音が聞こえたので舌打ちをして仕方無く俺は虎壱から手を離した
「どんなようなの…青ヶ島さん…」
僅かに開いた隙間からオドオドした声が漏れる
その空きを見逃さず俺は力ずくで扉をこじあけて虎壱共々家の中には入り込んだ
「はじめまして♪れーっかくん…?」
玄関に尻餅を付いて震えている烈火に俺は笑顔を向ける
隣で同情の視線で烈火を見る虎壱がいるが止める気配は全くない
「え?君って…青龍…お、俺っなにか変なことしたぁっ…?!」
「あ?んにゃ、してねぇよ。ただな…」
俺はそういって烈火の首根っこを掴んで力任せに引っ張って立たせると扉に押しつけてその顔の横に両手をついた
「ちょーっとばかし職務怠慢…されちゃ困るんだよなぁ朱雀?」
顔はあえて笑うが目は全く持って笑わない
恐喝の古き良き脅しの基本形態だ
ベタ過ぎて最近はダッセと言われるがこれが出来なきゃあ不良失格だ
いいか、コレがお手本だ
「ヒッ…あ、あの、あの…」
「別にどうこうしようっつ―訳じゃないんだけどな。わかるだろ?朱雀」
「なんで、俺の、な、名前なんかししし知ってる…わ訳…?!」
嗚呼、可哀相に
烈火は半泣きになってその場にへたりこんだ
「ん?俺は仲間だから。ワルモノヒーロー。あ、青龍な?でアレが白虎」
視線で虎壱を指すと虎壱が烈火に向かって苦笑いで会釈をする
それでも止めようとはしないから流石、悪者ヒーローというところか?
「お前も仕事、してくれないとマジ困る訳。だから…」
虎壱が烈火の右手を俺が左手を掴む
『悪者退治にレッツアゴー!』
嫌がる烈火を笑顔で俺たちは引きずって行った
◇
「ふぁぁぁぁぁっ、アレ?!アレ?!」
今日は皆が集まる憩いの広場で悪者退治だった
全身タイツの中に派手な衣装の多分幹部辺りの男性がいた
というか、男性ってよりは童顔の大学生くらいなんだけども…
広場で暴れまわって居る奴等を木の影でみながら逃げようと暴れる烈火の首に回した腕を五月蠅いと言う意味合いで更に強く締め付けた
「ぐえっ…」
鈍い声がして烈火の動きが止まる
「え?!あ、ちょっ、烈火ぁぁぁぁっ!?」
力を無くした烈火の肩を虎壱がある程度声を押し殺しつつだが、叫びながら揺さぶった
「とりあえず、変身するかぁ?」
まぁオール無視だがな
ケータイを取り出して写真を撮る
(いくで、青龍!)
夢吉の特殊声で俺は地面を蹴って高く跳躍した
「あーぁああ―だからぁー、なんで先に行くかなぁ?」
烈火のことは諦めたらしく、すぐに虎壱もメタリックホワイトのスライド式ケータイを取り出して撮影する
(まったく…貴方は毎回遅いのですね)
「ゴメン、鴇為ェ」
同じく虎壱も後を追って跳躍した
「出たなぁ、この前は部下が世話になっ……」
悪者顔で名乗ろうとする悪者がいるが、残念なことに俺達の辞書には容赦と手加減と気遣いなんたる文字は入っていない
「ブルーガンナァァッ!!!!!」
間髪を入れず銃弾が打ち込まれる
「ホーリーガンナッ!!」
同じく銃弾が打ち込まれる
「名乗りの途中だろうが!!!」
けれどノリがいいらしく前回とは違い幹部が突っ込んだ
「我は、闇兎…暗黒部隊ダークレイヴンの幹部だ。一応貴様らの名前は聞いてやる!」
「名乗るモノでもないが青龍…が通り名だ」
「ん…白虎なんだけど?知らなかったりするか?」
「…決まりだからな。ならば青龍、白虎!手加減は無しだぞ?」
闇兎がニヤリと笑う
俺も同じ笑顔を返してやった
どうやら白虎も同じことをしたらしい
闇兎がほんの少しだけ苦笑いになったのだからな
「それじゃあ…!」
俺は構わず飛び出した
手には棒
前回と同じく龍のごとく暴れ回る
「っだァッ!」
前に突き出してみぞおちを討つ
それから後ろの奴にぶつけて気絶させる
峰撃ちなのはせめてもの良心だ
一方白虎は体術で敵を昏倒させて行く
様々な格闘技を組み合わせた技で軽々と敵を投げ倒していった
「青龍ッ!」
飛び上がった白虎が俺に声を掛ける
俺は頷くと手に持った棒を誰もいない空間に突き出した
全身タイツが不思議そうにみる中、落ちてきた白虎がその棒を足場がわりにして敵に突っ込んでかなりの数をフルボッコにした
俺も突き出したまま身体を一回転し投げ飛ばす
けれど―…
「なんだこれ!敵が全く減らねぇ!」
「多過ぎるな」
どちらかといえば一対一が得意な俺達の戦法では余り多人数を倒せない
なかなか減らない全身タイツに体力が削られるだけだった
「いっきにフルボッコ…できないか…」
諦めて体力を出来るだけ温存する戦法に変えようとした時、思いも寄らないところから声が掛かった
「オメェらそこ退きなァッ!!」
「ハッ?!あ…チッ…」
舌打ちして惚けた侭の白虎の首根っこを掴み大きく跳躍するとガチャコッという機械の様な物のレバーを引いた音と爆発音が響いた
「…………………………え?」
今迄俺達のいた場所で爆発が起こり全身タイツ共が全員吹き飛ばされてしまった
そこから少しはなれた場所で身長と同じくらいデカいバズーカを構えていたのは…
「朱雀ッ?!」
紛れもなくあの引き籠もりだった
赤を基調とした服に身を包み先程とは全くもってスッパリサッパリキッパリ見事なまでにキャラチェンジなさられたあの引き籠もりだった
ゴーグルを頭の上まであげてちょっと悪戯したガキみたいに笑って言う
「オマエらあとは全部俺に任せてそこでみてろ。あぶねぇから俺の後ろにいるんだぞ?」
なんだろう
この違和感
朱雀と呼ぶより相応しい代名詞があるはずで…
俺と白虎は思わず叫んでいた
「朱雀!」
「おう!そう来たか!じゃあ息子たちよ!ハパが守ってやるから隠れてなさい」
リーダーの底力
ヒーロー戦隊の中で一番の苦労性にして縁の下の力持ち
格好いい息子よりも成長が著しくないけれどとっておきで最強技の持ち主
我等がヒーローリーダー赤、朱雀の本性が降臨しやがった
「もういっちょ、覚悟しなぁっ!」
朱雀はそう言うと容赦なくバズーカをぶっぱなした
どうやら俺達は根本的に破壊癖がある様だ
ともかくバズーカのおかげで全身タイツは全て吹っ飛んだ
「やってくれたじゃなーい?ねぇ闇兎♪」
「青龍、悪者悪者。その顔完全に悪役だから。立場逆転してるから!?」
白虎が叫ぶが気にしない気にしたくない
あれ、空耳が聞こえるなぁーっ☆
「いやぁあぁああぁあ!口に出さないで!鬼!青龍の鬼!鬼じゃない龍!」
セルフ突っ込みいらねぇし
ボケか?突っ込みか?馬鹿か?
嗚呼、空気か
「にゃあぁぁあぁぁぁあ!」
二度目の自爆
弄るのは楽しいなぁ
「…くっ。なんだよ、なんなんだよお前らぁ…!」
闇兎がドン引きながらも劣勢だから呟く様に叫んだ
「お、おぼえてろよぉ!次は絶対絶対ぜーったいフルボッコだらなバカァァっ!」
もうキャラを作るのをやめて闇兎は気絶した全身タイツ達を回収して逃げていってしまった
「無事だったか?」
朱雀は俺らの後ろに立って逃げていく様を笑いながら見ていたがつまらなくなった様で俺達に声を掛けてきた
「おまえ…キャラ変わり過ぎだろ。はやくでてこいよ」
お陰様で無駄な体力を使いすぎた
あー馬鹿らしい
さっきまでのへタレは何処行ったよ?
敵前逃亡さんよ
「はは…なんか日頃のストレス発散ていうか、ともかく変身すると吹っ切れちゃうんだよなぁ」
苦笑いで頭をかく
さっきまでのナヨナヨは多少は残っていた
テリトリーぐらい頂けそうな顔をする
フルボッコできるかなぁ?
あーでもなんか無駄に罪悪感が
「おとうさっ…じゃない朱雀、これからよろしく」
白虎がナチュラルに間違える
馬鹿だなぁコイツ
「にゃあぁぁあぁぁぁあ!!!!!」
…今のは口に出さなかったけど?
「何叫んでんだ白虎。とりあえずおまえパシりな。おとうさ………………朱雀」
ちょ、まてまてまて
俺もナチュラルに間違えたぞ?!
オイコラ違和感仕事しろ
職務怠慢で最高裁に訴えるぞ違和感!
「パシリ?!まぁいいか…」
結果、朱雀が笑いながら辺りを見回して…群がるギャラリーと野次馬、報道陣にやっと気が付き、そそくさと俺達が立ち去るまで…違和感は仕事を…
………………しなかった
職務怠慢とはいい度胸じゃねえか…喧嘩か?
◇
後日談とも言えない後日談だが翌日から朱雀こと烈火は学校に来る様になった
ってか、来るというか…無理矢理脅迫して毎朝拉致…向かえに行って引きずって行っている
不登校の引き籠もりがヤンキー二人に引きずられて登校する姿は今や学校の伝説であり名物だ
とりあえず昼休みは屋上に集まりウダウダとヒーロー世間話をしている
でないと溜まりに溜まった鬱憤をどう晴らすべきなのか分からないからな
「それにしても、虎壱のナビゲーターは意外だったな」
「ひゃんへよ?ほーゆーりゅーひゃろーのほふはふひひはほ?」
「なにいってるんだ」
虎壱は駅前の店で売っている超特盛りメガ肉マンを幸せそうな顔でがっつく
俺は普通に弁当、烈火はサンドイッチだ
「もふもふ…えっと、そう言う龍太郎のほうが不思議だっていったんだよ」
「あ…俺もそう思う。…夢吉さんだっけ?なんか正反対で…」
烈火もうなずいた
虎壱はだったら…!と話を切りだしてきた
「十人十色、こんど皆で紹介しあおうぜ」
「えー面倒臭い」
そんな他愛のないような話をしている中、俺達のクラスがとんでもない企画を発案しているとは…誰も気が付く筈もなく
無論、一番とばっちりを受けた俺でさえ気が付いている訳がなかった
…さて、文化祭まで後一週間