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俺様ヒーロー  作者: 真山羊野
本編
1/45

MISSION1 暴君ヒーロー青龍

「ヒーローになりませんか?」

 もし、目の前で突然そう尋ねられたら? その時、どう答えるだろう。

 俺の答えは簡単だ。

「嫌だね」

 今のご時世、喜んで頭を縦に振る方が少ないだろう。だから、アチラさんも頭を使うのだ。素質さえあれば何が何でも、どんな手を使っても、強制的にヒーローにしてしまう。

 たとえそれが病弱であろうと、弱虫であろうと。決め台詞を言わず、ポーズを決めず、小賢しい手を使って勝つような輩であろうとも。

 そう、俺のように。

 暴君であったとしても、な。




 ああ、気に入っていたのに。水溜りに落ちた携帯を見て、俺は溜息をついた。一応、拾い上げて電源ボタンを押してみるけれどブラックアウトした画面は一向に戻る気配がない。これは買い替えるしかなさそうだ。

 初めて買ってからすっと使い続けたウルトラブラックのガラケーに防水機能はなく、本日うっかり手を滑らせて水溜りに落としたことで、長年の相棒はあっさりお陀仏なさった。

 この携帯に未練があるわけではないけれど、修理は諦めた方が良さそうだ。たとえ直せても、買い換えた方がきっと安いだろう。

「しゃーねぇなぁ……」

 再びの溜息と共に壊れた携帯を鞄に押し込んで、俺は近くのショップへと足を向けた。店の中にずらりと並べられた携帯の数々を眺めながら、俺はまた溜息をつきそうになる。色とりどりの携帯にチカチカとする目を瞬かせながら、俺はどれにしたものかと途方にくれた。

「お客様、どのような携帯電話をお探しでしょうか?」

 とうとう売り場から動かなくなった俺が気になったのか、受付のブースから若いオネーサンがやってきて偽物の無料スマイルで声をかけてくる。俺は売り場とオネーサンを交互に見やった後、カバンの中から壊れた携帯を取り出してオネーサンの方に向けた。

「あー……性能はこれと同じかそれ以上。防水機能付きで、万一落としても壊れ難いやつ。そんでなるだけ薄型。テレビは観れると有難いけど、まあ無くてもいいや。色は黒か青、で安めのってある?」

 一気に言ってから、心の中でさすがに無いかと自嘲気味に呟く。ここ最近じゃあスマートフォンだのタブレットだのが普及して、高性能なガラケーというのも数少なくなってきた。けれど、条件を削るかと俺が口を開くよりオネーサンがニコリと笑って言う方が早かった。

「もちろん御座います」

「あんのかよ! ……あ、いや、えっと、それ見せてもらえる?」

 思わず声を上げてしまったのを誤魔化すように咳払いをしながらオネーサンに尋ねると、彼女は笑って俺を受付ブースへと案内する。一旦奥へと引っ込んだオネーサンは戻ってくるとき真っ青な携帯を手に持っていた。

「こちらのモデルはヒーローモデルでして、色はこの一色のみとなってしまいますがその他はお客様のご希望通りの性能を持っています。こちらの携帯を購入していただける場合、通信費含む全ての費用を無料とさせていただきますが、いかがでしょう?」

「は? え、無料?」

 何を言っているんだこのオネーサンは。入る店を間違えたかと慌てて店の中を見渡すが、ここは確かに俺の知っている大手携帯メーカー系列のショップだ。ああ、もしかしたら携帯本体の値段がバカ高いのかもしれないと思って恐る恐る尋ねれば、これまた予想外な答えが返ってきた。

「無償で提供させていただきます」

「はァ?」

 なんなんだ。在庫処分で俺に不良品でも押し付けたいのか。いやだったらそんな回りくどいことはしないだろう。カモがネギを背負うどころか鍋にコンロまで抱えてどうするんだ。混乱する俺を尻目に、オネーサンは引き出しの中から一枚の紙とペンを取り出して俺に差し出した。

「お客様、こちらにサインをお願い致します」

 まるで、俺が契約するとでも決まったような口ぶりだ。差し出された契約書には普通の携帯の契約書と変わらないことが書いてあって別段怪しいところはない。

「……サインだけで、いいのか?」

「ええ、こちらに」

 あまりの衝撃に、さすがの俺も思考停止に陥っていたのだろう。少しばかり硬い動きで示された箇所に名前を書く。契約書と引き換えに受け取った新しい携帯を手にして、俺は呆気にとられたままオネーサンの笑顔に見送られて店を出た。

 だから、気がつかなかった。この携帯の「ヒーローモデル」という意味に。俺のサインした契約書に後から新たな一文が知らぬ間に増えていたことに。

「良いヒーローライフを!」

 俺を見送るオネーサンがそう言っていたことに。



 新しく手に入れた携帯を手で弄びながら、俺はひとまず帰路についた。俺の学校は比較的都心に近い場所にあり、電車一本で池袋でも、新宿でも行くことができる。普段であれば暇つぶしがてら友人に連絡を取って遊びに出かけるのだが、今日はなんでだかそういう気が起きなかった。

 そうそう、水溜りによってお陀仏した携帯は一応俺のカバンの中にしまわれている。ショップのオネーサンが処分を提案してくれたのだが、なんとなく手放しにくくてデータだけ移氏はしたものの、結局持って帰ってきてしまった。


 駅に向かうため大通りを歩いていると、突然携帯の着信音が鳴った。大通りは人が多く騒がしいので、路地に身を滑り込ませて携帯を開くと見たこともない番号が画面に表示されている。首をかしげつつも通話ボタンを押して、俺は電話に出た。

「どちらさ……」

『あ、聞こえとる? よかったー、早速で悪いんやけど、早速変身してくれへんかな。詳しくはその後で話すわ!』

「は? 返信? え、あ、おい!」

 突然早口で捲し立てられ、そのままブツリと通話が切られる。買い換えて早々いたずら電話かと苛立ちを感じつつ、携帯をしまって路地から大通りに戻ろうとして…………やめた。

「おい!!! この状況わかってんだろ!!!」

『ッ!? なんやぁ、耳元で叫ばんといてぇなぁ』

 先ほどかかってきた番号に電話をかけ、相手が出た瞬間俺は声を荒げる。

「なんで! 大通りで! 全身タイツが! とんでもねぇ力で暴れてんだ!」

 微妙な関西弁で喋る相手に路地裏から見える状況を叫びながら説明すると、思いの外のんきな返答が帰ってきた。

『だって悪役やもん』

「あく……?」

『とにかく! すぐ変身したって。説明はその後や!』

 再び電話が切られる。手元には無機質な音だけ立てる携帯、目の前の路地には敵だというよく分からない全身タイツ。関西弁野郎からの変身しろという命令、手元の携帯。

 さて、どうする俺?

「…………ちくしょう」

 残念ながら取れる手段はただ一つ。やるしかないよなぁ、俺?

 果てしなく胡散臭いし、面倒なことに違いないが仕方ない。でもこうなったら行動あるのみだろう。俺は面倒になったら、先に手足が出るタイプ……いや、行動するタイプなんだ。携帯電話のキーに目を落とすと十字キーに不思議なカメラマークがあった。これだろうか? 力一杯押してみると画面が撮影画面に切り替わった。

『対象物を撮影してください』

 対象物? 画面中央のボックスに表示された言葉を見て首を捻る。変身するためのアイテム……でもあるのだろうか。

 ポケットやらなんやらを漁って、お陀仏した携帯を見つけ出す。これで合ってるのかは分からなかったが、ひとまずその携帯を撮影してみた。次の瞬間、画面が真っ白になって、俺の視界もぐるりと反転して。

 気がついたら、変身していた。

「……どー見ても防御最悪」

 青を基調としたカジュアルな服に、これまた青いヘッドフォン。そこから伸びるコードは俺の腰に固定された携帯へと続いていた。変身というのだから全身タイツみたいなスーツとか、鎧とかを想像していた俺は少し拍子抜けしてしまう。さすがにこれはヒーローあるまじき格好すぎやしないか。

『もっしもーし、聞こえとるぅ?』

 不意にヘッドフォンから声が響いた。

『接続に問題はあらへんね。ウチは夢吉、アンタのナビゲーションや』

 この声は先ほど電話にでた相手と同じ声だ。夢吉……というらしいコイツの声は注意深く聴けば聴くほど、男にも女にも聞こえて微妙な気分になる。夢吉なんて名前なんだから男なんだろうけれど。

『ええか、アンタはこれから敵の前に出て戦うさかい、よぉ聞いといてや。まず、武器はケータイで撮ったものが実体化するんや。上手く使ってな』

 へぇ、と相槌を打って腰の携帯を取り出して眺めてみる。俺の変身に使った青い携帯のようで、特に変化は見当たらないが、使ってみれば分かるのだろうか。

『んでなッ、次にヒーローと悪者の登場ルールなんやけど、敵の前に来たら名乗りを上げて決めポーズをとるんや。必殺技の名前もしっかり大きな声で言うんやで! わかったぁ?』

 生憎、一ミリたりとも分かりたくないんだが。多分、このルールが守られることはないだろう。ルールは守らない、それが俺だ。

『それでアンタのヒーローネームなんやけど……』

 これは結局、闇に葬り去られることになった名前だ。未来永劫、なにがあっても名乗らないことを心に誓うほどダサかった。後々になって知ったことだが、この名前は夢吉が考えたものだったらしい。夜なべして考えたんやで! とはコイツの談だが、徹夜するほど考え込んだのならもっとマシな名前にして欲しかったし、周囲ももっと考えてからこの名前を採用して欲しかった。

 さて、俺の名前はどうしようか?

 名乗らない、とは言ったが名前は重要なものだ。虫で例えるならば警告色とでも言おうか。俺に近づくと怪我しますよ、お互い痛い思いはしたくないなら、無駄な喧嘩は避けましょうっていう「ちょっと真面目じゃない」俺達の間で一番大切な警告だ。

 青ヶ島龍太郎、それが俺の名前。でもこれはさすがに名乗れない。だって、この俺がヒーローだなんて可笑しいにもほどがある。じゃあどうする?


 子供の頃からのあだ名がある。

 龍の如く暴れるから、龍の如く強いから。

 ある人曰く、まさに龍の中の龍。

 ある人曰く……青龍。


『んじゃあ説明終了や。あとは実践あるのみ! 頑張って倒してな!』

 夢吉の声が開始を告げる。上を見上げれば、ビルの隙間から眩しいくらいに透き通った青色が見えた。まさしく俺の晴れ舞台に似合う色じゃあないか。

「さァて、悪者とやらをぶっ飛ばしに行きますか」

 動き方は自然と頭の中に入っていた。爆発的に上がった跳躍力にモノを言わせて、俺は勢いよく地面を蹴る。少々地面を抉ってしまったが、まあそれはそれ……力加減がまだ上手くいかないんだから仕方がないだろう。

 空がぐんと近くなり、近くのビルを軽々と飛び越える。そのまま落下位置を調整して全身タイツ達のど真ん中に躍り出ると、勢いを殺さぬまま周囲を取り囲んでいた数人を思いっきり蹴飛ばした。彼らは他の全身タイツを巻き込んで綺麗に吹っ飛んで人の山を作る。さすが俺、決まってる。

 ヒーロにあるまじき登場? 名乗りと決めポーズ? 耳元で夢吉がうるさく騒いでいるが知ったこっちゃあない。俺は俺、やりたいようにやるだけだ。

「貴様は……! とうとう来たなヒーロー! 我が名はッ……ウガッ?!」

 突然ポーズを決めて名乗りだした他と微妙に違う柄の全身タイツ、もとい悪役を勢い良く蹴り飛ばすと、腰に固定されていた携帯を取り出して開く。丁度目に入ったゲームの広告を撮影すると俺の手には携帯と同じ色の拳銃が現れた。幸いにもこれの使い方は自然と頭の中に浮かび上がってくる。何発か撃ったあと、また別のポスターを撮影して今度は如意棒みたいに長い棒を呼び出した。

 目の前の悪役の鳩尾を突いて昏倒させ、間髪入れずに横に回して俺を取り囲む奴らを投げ飛ばす。後ろから襲いかかってきた敵を振り向かないまま突きを入れて気絶させると、そのまま棒を跳ね上げて上から飛びかかってきた奴を跳ね飛ばした。またさっきと同じように周囲の敵を薙ぎ払って行動スペースを広げると、今度は助走をつけて高跳びの要領で思いっきり上に飛び上がる。

 眼下には敵、凶悪な笑みを浮かべて棒を振り上げる姿はまさしく暴君。

 これこそが俺、知らぬ間に語られた名は青龍。

「−−ッだァ!」

 空中から刃のごとく振り下ろされた棒はその衝撃で悪役を吹き飛ばし、地面に深い溝を作った。

「き、さま……何者!」

 動かない体で、悔し紛れの台詞を言う悪役を嘲笑う。俺はひらりと手を振りながら背を向けた。

「青龍、って通り名があれば、正規の名前は名乗らなくてもいいだろう?」

 だって、ダサいんだもん。




 後日談になるが、青龍はあの活躍……みたいなものにより世間へその名前を轟かせたにもかかわらず、誰一人として俺の正体には気がつかなかった。不思議な話だが、俺がそれで困ることは特にないのであまり気にしていない。

 あの後の夢吉はというと、そりゃあもうウンザリするくらい長い時間、俺を叱った。けれど風の噂じゃあ夢吉もそれと同じくらいの時間上司から叱られたらしい。そりゃあそうだ、だって新聞の見出しがどれもこれも口を揃えて『暴君ヒーロー 青龍!』だったから。

 俺のとばっちりで叱られた夢吉に同情はするけれど、行動に関して反省はしていないのでこの見出しが変わることは当分ないだろう。


 ああ、そういえば、夢吉は男だった。それだけだ。

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