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短編

矛盾・ジ・アンサー

作者: 鈴本 案




「この店に類い希な武具があると聞いてやって来た。店主よ、噂は本当か?」


 おとこは店内に入るや否や、豪快な物言いで尋ねた。筋骨隆々の体躯が逞しく、如何にも武威の気が迸る風体であった。

 店の奥から首飾りを身に付けた初老の男が現れる。首飾りの装飾には鳳凰の姿が意匠として用いられていた。

 この人物が店の主である。


「ええ、本当ですとも。早速ご覧になられますか?」


 初老の店主は漢の威圧感にも劣らない真摯な応対を始めた。

 

「見せてもらおうか。俺は軍で千人将を任されている者だが、丁度武具を新調したくてな」

「では少々お待ち下さいませ」


 楚の国の都であるえい。人で賑わう郢の繁華街の近傍にこの武具店は居を構えていた。

 店の名を麒麟堂と言う。表看板には奇麗な麒麟の勇姿も描かれていて、時折この看板が客足を引き留める事もあった。

 店内を見渡せば、煌びやかで立派な武器や防具が幾つも立ち並んでいる。目利きが目移りしても可笑しくない程であった。

 決して目利きではない漢は、それらの商品を眺めながら、店の奥へと引っ込んで行った店主を待った。

 少々して店主が戻ってくる。初老の店主がその手に携えて来たのは、古めかしい雰囲気の矛と盾であった。似つかわしくない情景である。


「こちらが我が店に代々から伝わる武具で御座います。この矛はあらゆる盾を貫き通す力があるので御座います。そしてこちらの盾はあらゆる矛を防ぐ力があるのです」


 柄の長い矛。その刃には猛々しくも神々しい応龍の装飾が施されていた。

 外観が五角の盾。その表面には全面に霊亀の重厚な雄姿が描かれていた。

 漢は長柄の矛と五角の盾を交互に見比べて思案すると、数瞬してからニヤリと口角を上げた。


「では、その矛でその盾を突いたら、これはどうなるのだ? 店主の説明では道理に合わない。そんな怪しげなものに金は払えないぞ」


 懐から青銅の貝貨を取り出した漢は、貝貨を親指の先で真上へと弾いた。

 貝貨が宙を舞い、落ちて来たところを漢が掌で掴み取る。


「俺は先日も面白い光景を目にしてな。行商人の男が路上で武具を捌こうとしていたのを見掛けたのだ」と漢は明快な声で流暢に話を続けた。


「それがなんと店主と同様の売り込み文句だったのよ。そして客達から先程の様に詰め寄られていたのだ。可笑しな光景だったわ」得意顔の漢。


「店主よ、はてさて、お主もあの男と同じ様な類の輩ではないのか?」


 漢は調子良く話し終える。

 彼は体躯に似合わずも饒舌。今は素面しらふだが、酒が少量でも入ると余計に多弁な人物であった。

 初老の店主は快活な漢とは対照的に、安穏とした雰囲気の声で答える。


「私とその様な下等で粗末な者とを十把一絡げ、混同されてしまっては此方も困り果てますよ。我が伝統の武具もしかりで御座います」主張は悲愴な内容だが喋り方は全く悲哀を帯びていない。


「ではこう致しませんか? 店終いの後に私の矛と盾を試しに打ち合わせてみるというのはどうですか。どうなるか直接お見せ致しましょう。その際は貴方様のお力を、是非とも拝借しとう御座います」


 首に掛けた鳳凰の首飾りを撫でながら、初老の店主は漢に問うた。鳳凰に触れながら彼の回答を待つ。

 漢はその行為を気にも止めていない。そして即答。


「それは面白い。良かろう、俺が試してやろうぞ。だがもしもたばかられたとあっては、俺の面子に賭けて只では置かんぞ。その時は覚悟するのだな」

「是非もありません。では店終い後、この店の裏手にある空き地にお越し下さいませ」



  *



 鴉が鳴く夕刻。

 麒麟堂の裏手にある寂れた空き地に、二人の男が集っていた。

 中央には初老の男。麒麟堂の店主である。

 右方には長柄の矛を携えた勇猛な漢。楚軍の千人将である。

 左方で五角の盾を構えるのは木と藁で出来た人形。麒麟堂製である。

 この人形の主な役割は、武具の試し打ちにあった。打ち込まれた人形が倒れない様に地面にも固定されている。

 まるで案山子を思わせる人形は決闘の様に漢と対峙していた。

 漢は矛を一振りする。くうを斬る音。

 また一振り。二振り。空を裂く音。

 そして手慣れた動作で刺突の構えを取る。

 気合いの声を上げる漢。

 飛び立つ鴉の羽音。

 漢は駆け出す。

 最大限の威力を出す為に全力で左足を踏み込む。

 漢の突進と剛腕から繰り出される、雷の様な矛先。

 矛がまるで蜂の如く五角の盾の中心を突く。

 矛先が盾の表面に刺さり、瞬間的に矛の柄がしなる。

 龍が亀に喰らいつき甲羅が歪むと、そのまま矛が盾を貫いた。

 絶対的な攻めが守りを凌駕し突き崩した瞬間、人形の腹部に矛先が突き刺さる。

 一瞬の出来事であった。千人将の技量としては申し分なく、最早一将軍の域にも達した武の力。

 漢は一連の光景を己自身の網膜に自然と焼き付けた。

 刹那、無双の矛が押し返される。

 穴の空いた霊亀の盾が元通りに復元されていく。

 漢は操り人形の様にぎこちない後ろ歩きで元いた立ち位置へと戻った。




 鴉が鳴く夕刻。

 空き地に二人の男が立っていた。

 一人は長柄の矛を持ち、声を上げる。

 飛び立つ鴉の羽音。

 人形が構える五角の盾へ矛を突き立てた。




 鴉が鳴く夕刻。

 矛を構えた一人の男が、人形が持っている盾を突こうと構えていた。

 それを眺めているもう一人の男。男は首飾りの装飾をさすっていた。

 鳳凰を象った金属がきらりと輝く。




 鴉が鳴く夕刻。

 飛び立つ鴉の羽音。

 矛が盾を貫く。

 盾は貫かれた事実を無かった事にする。

 何度となく繰り返された場景。




 鴉が鳴く夕刻。

 不変の矛と不変の盾。

 両者の存在価値を併存させる為、永久に時が繰り返す。

 一つの世界が壊れた。



  ◆



 現世には平行する多数の世界が存在する。

 時の流れが崩壊した世界、それとはまた別の世界もある。

 均衡が保たれたこの世界も、多数の平行世界の内の一つ。


 郢にある麒麟堂に、しんの国から来た行商人が訪れていた。

 麒麟堂とは武具店である。まだ若さ溢れて力漲る店主が一人で切り盛りをしている。

 秦の行商人は、どうやら店主が身に付けている首飾りに興味を持ったらしい。鳳凰が装飾された首飾りについて、若い店主にあれこれと尋ねていた。


「これは私の御守りみたいな物なのです。小さな頃から肌身離さず身に付けています。これだけは売り物ではないのですよ」


 鳳凰を撫でながら店主が破顔した。




キングダムに捧ぐ。


発想はキングダムとは無関係で、矛盾を成立させる持論がアイデア。

矛盾の話がキングダムと同時代だったので、OPを聴いて創作意欲を高揚させキングダムを意識しました。

内容自体は後半SFに転じて最後ホラーみたいになってますね。


たったこんだけで歴史や背景を調べるのがプチ大変やった…。

言葉選びもそれっぽくしないといけないし、歴史小説とかとてもじゃない。これ以上はもう無理やね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特な文体から作者様の筆力を感じました。 豊富な語彙力も物語全体を彩っており素晴らしかったです。 [気になる点] 強いていうなら、難解な漢字が多かったのでもう少しルビを振った方がいいと感じ…
[良い点] 動きや背景の表現がしっかりしていて、分かりやすかった。 [気になる点] 途中で突然、別ジャンルになって混乱した。 [一言] 読みました。
[良い点] とても面白い作品でした。矛と盾どちらが勝つのか 私としはとても気になる点でした また店主との掛け合い大人の取引みたいな感じで好きでした! [気になる点] 漢字が少し難しいかなと感じました…
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