カナル視点
副題。手の平の上で踊る男。
リハヤと出会ったのは今から半年前。特例の中途入学という事で興味を持った。桃色の髪と瞳を持った女の子を、可愛いと思ってしまった。
俺には婚約者であるカレンがいるというのに。
けれど同じクラスになって、リハヤの才能以上に、リハヤの明るくて前向きな所に惹かれていった。1度好きだと思ったら、それは収まる所が日に日に増していくだけだった。
カレンよりもリハヤの方が好きだと自覚したら、この気持ちは止められなかった。
だから、リハヤに俺から交際を申し込んだ。震える手を強く握り、涙をいっぱいに溜めながらリハヤは言う。
「私で……いいの? だってカナルは婚約者がいるでしょう」
「リハヤじゃないと駄目なんだ」
そう言って、リハヤを抱きしめた。彼女がそれに応えるように、背に腕を回してくれた。リハヤの細い、折れてしまいそうな華奢な身体。
俺が守るんだ。彼女を全てから。
カレンは俺じゃなくても、誰かが守ってくれるだろう。リハヤには俺しか居ないんだ。俺が守らなくて、誰がリハヤを守るんだ。
俺しか居ない。
カレンに言いに行かないとな。俺にはリハヤがいるから、カレンとは結婚出来ない、と。早く言わないとリハヤも不安に思うだろうしな。
そうして、俺は告げたんだ。カレンに。俺にはリハヤがいる事。卒業後は家を出て、リハヤと結婚すると。
カレンとは政略結婚の相手だと割り切っていたけど、彼女の身体が微かに震えている事に気付いた。
けれど、俺の意思は変わらない。
俺はリハヤを愛してる。だから、カレンが幾らふるえていようがなんだろうが、告げる事に躊躇はなかった──……はずだった。
カレンが呼び出した男。
圧倒的な魔力。学園で上位の実力だと自負していたが、そいつの放つ圧倒的な魔力に距離をとってしまいそうになる。
男とも女ともとれる中世的な姿。
その眼差しは、カレンだけに注がれている。さっきまでは泣くのを堪えていたカレンの表情が変わる。驚いたものだけど、俺の存在を忘れたかのようなカレンの態度に腹がたった。
カレンは、俺を見るのが当たり前だと思っていた。それなのに、カレンの眼差しはもう俺には向いていなかった。
正直に言えば気に食わない。カレンはずっと俺を思い続けていればいいのに、あっさりと心変わりされた気がした。
面白くない。
さっきまで、俺を思って涙を溜めていたのに。カレンだけじゃなく、俺たちを見ていた周りの視線さえも、そいつに注がれている。それ程に圧倒される存在だという事に、俺は敗北感を感じた。
どうして俺が敗北感を感じなきゃならないんだ。カレンは元々、俺の女だっただろ。それなのに、何で当たり前のように腕を肩にまわしているんだよ。苛々した。表に出すような真似はしないが、予想外の召喚に驚いているカレンは、既に俺の存在を忘れてしまっているように見えた。
何だこれ?
納得がいかない。カレンは俺の事を好きだっただろ。
リハヤは俺の背にまわって、服を握り締めている。微かだが、震えていた。さっきまでは嬉しかったリハヤのその行動に、何故か冷めた気がした。
家柄も容姿も頭脳も魔力も、全てにおいて誰よりも優れている俺がいるのに、俺以外に視線が集まるのはおかしい。
絶対におかしい。こんな事があっていいはずがない。
「カナル……そんなにショックだったの……?」
リハヤが不安そうに。けれど何かを決意した音声で聞いてくる。
「いや……俺が好きなのは……」
「カレンなんでしょ。そうだよね。ずっと好きだったんでしょ。
私の対応が新鮮で寄り道しちゃったけど、カナルはやっぱカレンが好きなんだね」
いや。それは違う。ただ、俺にふられて落ち込まなきゃいけないカレンが、俺以上に魔力を有する存在を傍に置いた事が気に食わないんだ。
アイツは俺が好きなんだから、落ち込まなきゃ駄目なんだよ。
けれどそれをリハヤに説明する必要なんてない。
「リハヤ……」
こうしてみると、リハヤも俺の隣りに立てる奴じゃないな。
「すまない……」
けれど一応謝っておかないとな。人目もある事だし。
「ううん。いいの。すぐにカレンの所に行ってあげて」
涙を溜めて、首を横にふるリハヤ。他の女よりはちょっとマシな容姿って所か。俺の横に立つ女はやっぱり、俺に相応しい女じゃないと駄目だな。見劣りして、俺までひくく見られかねない。
その点、まだカレンの方が洗練された美しさがあるかもしれないな。
アレだけの魔力の持ち主を召喚出来たというだけで箔がつく。俺の隣りに立つのには物足りないが、他のに比べてまだマシか。
そう思いながら、俺は寮に向かって歩き出した。




