プロローグ
飛ばされた。
瞬間的に、それだけは解った。
肉体と魂が強制的に離され、魂だけが何処かに引っ張られる。肉体の方は知人が……の部類に入れたいはずじゃないのに、いつの間にか知人になっていた実力だけは確かな奴がいるから、問題はないだろう。
俺の魂が引っ張られたのも解ったはずだ。
ちゃんと肉体を保管していてくれるだろうから、俺は目印でもある肉体と魂を繋ぐ線だけをしっかりと確保しておく。
時間が経てば、俺を連れ戻す為に神が動くだろう。二神に愛された存在である俺を、別の世界に放置しておくはずがない。
だから戻れない、なんて心配はしていないが、問題は誰が俺を引っ張ったのか。
俺と世界との繋がりは相当なものなのに、それを引っ張る力はどのぐらいのものなのかは、今の所想像がつかない。
寧ろよく俺を引っ張ったよな、と感心すらしてしまう。ひょっとしたら、予め許可を貰って俺を引っ張ったのかもしれない。二神に愛されている俺を引っ張るなんて、人の力じゃ無理だ。
至って簡単な結論が出そうだが、それは考えずに肉体と繋ぐ線をなるべく太く維持する事に集中する。魔法の使えない世界でも、この線があれば魔力を供給してくれる状態だ。魔法を使うのには何の不便も感じないだろう。
ちょっとした小旅行みたいなものか。
俺の出した結論はそれだった。
別に、誰かに守ってほしかったわけじゃなかった。
ただ、膝をつきたくなかった。
無様な“私”を見せたくなかった。けれどそれをやるには、私1人じゃ心細くて、誰か助けてと、心の奥底で思ったのかもしれない。
私の目の前に立っているのは、私の婚約者であるカナル。そして、半年前程にこの暁光学園に特例として入学してきたリハヤ・マダラ。
何故か2人は並んで私を見ている。私の婚約者であるカナル・A・デジイが、リハヤを
守るように立っているのはおかしいと思う。誰から守っているのかそれを考えようとすると、頭が痛くなる気がした。
そう思っても、私の口からは息が漏れるだけで、肝心の声は出てこない。
あぁ、嫌だ。皆の前で泣きたくなんてないのに、私の目には少しずつだけど、確実に涙が溜まっていっている。
身体のふるえを止めている私の根性に拍手を送りたいぐらいだけど、残念ながらまだ幕が下りたわけじゃない。
寧ろ、始まったばかりだ。
これの噂話を、聞いていなかったわけじゃない。
特例で入学してきた彼女の事を、私の婚約者であるカナルが案内等をする役目を任された、と聞いたのが半年前。
それが少しずつ変化していき、誰も居ない教室で見詰め合っていたとか、手を繋いでいたとか。まるで恋人のように変化していったのは何時の事だろうか。
カナルを信じていたから、私は2人への態度は変えなかった。
信じていたのと、もう一つは私の家柄がカナルよりも身分が高かったからという驕りがあったのが事実だ。
放課後、帰ろうとしていた私を引き止めた2人。その2人の瞳に宿る決意。人々の好奇心いっぱいの眼差しを受け、何もこんな場所で呼び止めなくてもいいじゃないかと思った私の本音なんて知らず、カナルが口を開いた。
「俺は彼女を──……リハヤを愛しているんだ。
カレン。君とは結婚出来ない。俺は家を出て、リハヤと一緒になる」
そこまでの決意があるなら、何も私に対してこんな辱めを受けさせなくても良いじゃないの。
リハヤはカナルの後ろに隠れるだけだったのをやめ、カナルの腕に自分の腕を絡ませるようにして、足を一歩前へと踏み出した。まるで私に見せ付けるように。
そう思うのは、私の心が嫉妬に狂っているからなのか。
解らない。
私には、今の彼等の気持ちがわからなかった。
確かにカナルと私は、親に決められた許婚だ。
出会いは3歳の頃。その時には既に決まっていた。だからなのか、燃え盛るような恋ではなく、家族のような愛情を育んできた。
だからなのだろうか。
妙に冷静に考える自分がいる一方で、今すぐこの場から逃げ出したい自分がいる。でも、声と同様に身体も動いてくれそうにない。
誰か。
誰か助けて。
心底そう思った時、私の目の前にはこの世のものとは思えない程、綺麗な彼が下りてきた。
絹糸のような緑銀の髪に宝石のような金色の瞳。
無駄な肉なんて一切ついていないであろう細い身体。
「俺を呼んだのはアンタか」
そんな彼が、私に向かって言葉を紡ぐ。
声まで天上の音楽を奏でているような美しさ。
余りの美しさに、逆に現実味がなさ過ぎる存在。
けれど、彼は確かに存在していた。
私が呼んだ召喚獣として……。




