迷宮実習について行って生徒より役に立たなかったこと
明るい……ほうではないかと。
「大丈夫か?」
と心配そうな表情で幼女は言った。
「俺の力で何か心配があるのか?」
男が言った。
「ちゃんと迷宮探索出来るのか?」
「え、いや半引退したとはいえ俺はまだ冒険者だからな」
信用のない男は何を馬鹿なと言わんばかりに幼女に言った。彼は冒険者学園を卒業していない。
「もし危険があれば伝達使え、良いな」
「う、うん…そうだな」
不安なのだろう。俯きがちにファラは言った。
「大丈夫だって。呼んだら来る。信じろ」
「いや、そうじゃなくて、うん分かった。お前もちゃんと! 頑張れよ」
「お、おう」
何か噛み合っていない気がするのは気のせいか。
動きやすい土色の迷宮実習用の服を着た4人が溜息をついてこちらを見た。
「来るんですか?」
リースが何度見たか分からない溜息を吐きながらこちらを見る。他の三人がこちらをにらんでいるのにリースだけは諦めたように眉が八の字に下がっている。
「まあ一応念のためにな、護衛としては欄外なんだ。たぶん何が来ても一撃だぞ?」
「迷宮実習に保護者付きで入るとかそれ意味あるんですか?」
「まあでもお前らを襲うとしたらこういう場所だろう。低層では生徒たちで人に逢う確率は高いがお前らは1組だからな。どのクラスよりも奥に潜るから深層では周りに誰もいない、ということもある。まあ確率的に狙われるとしたら美人度でお前らしかいないからお前ら見とけば問題ないというのもある」
「オル先生……先生がそんな気はないのはもう十分分かってますけど、また女の子の評判下がりますからもうちょっと言葉に気を付けた方が良いと思うんです」
「何だかリース凄く疲れてるような。やっぱりこの人が」
「アーシュ、君が思ってるような意味では大丈夫だから。ただ、ファラ先生も苦労したんだろうな、と思っただけだよ」
「ん? ファラ? ……ああ、あいつにはいろいろ面倒かけているよ。教師なんてできるわけないからってお前がやってくれよってごねてあいつに教師の仕事投げてしまったからなな。まあ結果として俺より立派に教師やってるから悪いとは思ってるがこれからも引き続き任せるけどな」
「大人としてそれで恥ずかしくないですか? 本気で」
答えは返さなかった。
「去年の実習と同じ場所だから一回入った覚えはある。けど去年の事だから正直道を覚えていないな」
順番が来て迷宮に入った。石の壁は見覚えはあったが全く道は分からなかった。鳥頭だという自覚はあるが。面倒があったら力づくで解決してきたのだから仕方ない。この場合迷宮に穴を開けて下に降りるという方法を三位一体ソロの時は取っていた。過ぎたる力は繊細さを時として奪うものだ。おそらくは。
「自慢でも何でもありませんからそんな自信満々に言わないでください」
あてにはしていなかったのだろう。白紙の地図を取り出しながら何かを書いている確かマッピングというやつだった気がしたがどうやったかな。
「刻印で全自動で周辺を探査して地図を作ることも出来るがやっておくか?」
「先生……面倒になったからってそういう力技で解決するのはどうかと思うんです。それは先生しか出来ないことですから、意味有りませんからね? 迷宮実習なのに主役の僕達の経験を奪ってどうするんですか」
「あ、うん……そうだな」
「で、でもでも凄い便利な技術だよ! やり方だけ教えてもらうっていうのも良いんじゃない? ねっ!」
ウィリア・ストマトスはどことなく上ずった声でねっという言葉の後こちらを見た。
生徒にフォローされるのは思っていた以上に心に来た。まだ若い子供にフォローされるのは思った以上につらい。
「先生のことだからどうせ何となくこうして何となくこうしたら出来る、なんて曖昧な説明でさっぱり分からないまま終わると思うよ。そしてたぶん先生の野生の感性を持っていないと真似できないと思う。だから意味が無いと思うよ」
「そ、そうだね……」
「あーっ! もう! リースは何でこの人を連れて来たんですの!? いても意味がないではないですか!」
今までもいらいらとしていたのはちらちら見えていた。だが堪忍袋の緒が切れたらしい。アーシュがお嬢様言葉でブチ切れた。
「そ、そんなこと……たぶんないよ。確かに奥に進めば人の危険だってあるしね。欄外冒険者がいてくれるだけで安心だと思う」
「危険な迷宮実習に大人同伴なんて遊びか何かでもするつもりで来たんですの!? 第一、今危険だというなら学園を卒業して冒険者になったとしても同じこと! いつまでもこんな陰気くさい保護者と一緒に行動しろとでもいうのかしら!?」
正論過ぎて言う事が無い。論破されて反論が浮かばない……いけねえ、生徒に論破される教師とか教師やってるファラに示しがつかないだろ。
「まあ、いれば寄ってくる虫よけになるのは間違いない。私の事もあるし、ね」
「あ……」
気まずい。
「まあ、安易に俺の名前使わせたのは悪かったな。とりあえずファラに俺の名前出しても安易に従うな、とは広めておいたから、大丈夫だとは思うんだが、というか関係者も一応洗い出して締めておいた」
「え? そうなの?」
「うん。僕も一緒にいたよ。ただ、姿も見たことも無い奴の命令で動いていたってみんな言うんだよね。使い捨ての伝達石で真夜中にいつもやり取りをしていたらしいし。黒幕が分からないというのが気になるよ」
「伝達石?」
どう見てもこちらを疑っています、と言いたげに三人が俺を見る。
「俺じゃないからな」
まあ、そう思うだろうなとあいつらから聞いた時も思った。
「たぶん違うよ。先生じゃない」
「え?」
「どうしてですの?」
「すっごいリース自信満々だね?」
何故かリースが俺を庇ってくれた。ここ3か月、何だかんだで一緒にいたからな、アリバイは出来たのだろうか。まあリースが寝てる間に行動したって可能性も否定できないのに。
「うん、三か月一緒に過ごして思ったけどさ。先生に人を指揮する事なんて出来ないよ」
「え?」
「面倒くさがりの先生なら手下なんて作らず自分一人で力づくで解決するね。正直人を使うとかオル先生じゃ無理だよ」
自分で自分を馬鹿だと言うのはそこまでダメージは少ない。他人に言われるとダメージが大きい。更に相手が生徒でダメージ倍だ。
何だか妙にいたたまれない空気になったので会話があれから無い。出来れば誰かが何かを話してほしいがどうも雰囲気が重い。人に逢わないのはどういうことか。こんなときこそ別のパーティが来てほしい。
「まあ、去年もここに来たんだけどな。毎年どの学年も迷宮実習では何人か命を落としてるんだよ。枯れている迷宮で俺らも今の今まで敵に逢っていないという有り様だけどさ。まあ運悪く魔物に遭遇して運悪く怪我を負って運悪く死ぬ、何人かそういう生徒がいるらしいんだよ」
「そ、そうなんだ」
「で?」
「まあ1,2組はそんな奴滅多にいないらしいがな。3、4組あたりが魔物に襲われると怪我する可能性も高いわけだ。なのに自分達はまだ行けるって引き際間違えてな、先に進むんだそうだ。そういう時こそどうしてか魔物がまた目の前に現れて結局そのまま餌になるんだとさ」
「まあ、自分の実力を見極めるのも実力のうち、なんて言いますしね。話に出なかった5組は逆に弱いのを自覚しているから死なないんだ、ということですか」
「お、おう……」
ちょっリース! とストマトスが小声でフォローしているのが聞こえた。聞こえてしまった、だな。うん……
「まあそれ聞いて生徒が帰ってくるかあいつが、ファラが心配だって言うからな。ちょっと生徒にやる気を出させてやろうと思ってちょっと加工した伝達石でこの迷宮全員に聞こえるように叫んだんだよ『無事帰ってきたらファラがパンツ見せてくれるって言ってたぞーっ』ってな。効果があったのか去年は死亡者が零という学園創立以来初めての記録を達成したんだとさ。
「先生今回もそれやったら先生の二つの球潰しますからね」
「再生能力があるから問題ないな」
蹴られた。当たり前だが痛かった。仕方ない。今年は断念することにした。とは言えあれ以来二年以上には恒例になっているのだ。言わなくても今年も二年以上ではファラはスカートをまくりあげることになるだろう。去年の二回目の迷宮実習が終わった時にもう辞めて良いんだぞ、といったらこれで生徒が生きて帰ってくるなら仕方ない、と首を振ってあいつは答えた。生徒思いなのは結構だがやりすぎじゃないか? と言ったら教師として全く足りてないお前と合わせたら一人前だろ、と言い返された。
まあ、別のやり方なんて思いつかないし、そもそも今の俺の状況で生徒の生死どうこうを気にする気も起きない。まあ全員生きて帰ってきたらいいなと今回は心の中で祈るだけだ。
そういえば生徒思いのあいつのことだから自分から帰ってきたらパンツ見せる、と言い出しそうな気がしたが言わなかったな。やっぱり自分の口で言うのは恥ずかしいのか。
「まあ先生が頭が悪いのは分かりました。女の子に対する態度もなっていないのも分かりました。そろそろ、信じますよ」
「ん?」
「先生は黒幕でも犯人でも無いって信じます」
「そ、そうか」
ようやく得られた、信用。代わりに違う評価が下がった気がするが犯人ではない、という事を信用されたら別にいい。本当に長かったな。
「……三か月一緒にいて、まあ先生はそういう裏でこそこそというのはしないと信用しました。先生なら自分自身で殴って解決するって」
「そ、その言い方だと暴力教師になっちゃうよ、リース」
まあ言い方はあれだが間違ってはいないよな。
「まあ間違ってない。考えるより手が出る方だしな。それで何とかなるしな」
「ええ、先生ならそれで何とかなります。だから手下を使う意味が無い」
「でもどっちにしろ屑じゃない」
「い、いや悪い所ばかりじゃないんだよ……身内同然のファラ先生には優しいし」
「でも他人には厳しいんだよね」
「あ……いや、確かに無関心だけど。でも」
「まあ人はどうでも良いのは間違いないが」
でも、それでも
「助けない道理も無いだろう? 別に対して手間もかけずに目の前の存在が盗賊か魔物だかから守れるというのなら、別に見なかったふりをして通り過ぎる後味の悪いことをする意味だってない。それなら助けるさ、お前だってそうだろう?」
不満なのだろう、鼻を鳴らしたアクリタ・リズリーは
「傲慢ね」
「まあな」
「でも正義感だろうがただのひと手間だろうが助かるのなら同じこと、か」
迷宮実習は特に問題なく終わった。というより一度も魔物が出なかった。先生がいたから出なかったじゃないですか、とリースに言われたが問題なく終わったんだからまあ良いだろう。
「で、先生何しに来たんですか」とも嫌み交じりで言われたが。そう言えば地図書いていたのはリースで索敵はストマトス、料理はリズリーで俺何もやってなかったな。戦うのが俺の得意分野なんだから仕方ない。三位一体の時は料理はスラーに任せていたしな。探索はジュタンにお任せ。それか穴を開けて潜るだけだった。
戦うのが専門なんだから仕方ない。
「あ、オル」
迷宮から出た時すぐ目の前に見知った顔があった。
「おう、二日ぶりだな」
ここでわざわざ生徒を待っていたのか、そういえば去年もそうだったなと思い出しながら
「大丈夫だった?」
「まあ、大丈夫だよ」
「ちゃんとやってた?」
リースの方を何故か向いて赤髪幼女は心配そうに言った。
「全然役に立ちませんでした」
「あ、やっぱり……」
何故か肩を落としていた。それからこちらに目を吊り上げながら
「大丈夫じゃなかったじゃない」
そっちの大丈夫だったのか。




