原作開始、修正開始
明るく行こうとしてこうなりました。
「帰っても良いんだぜ」
「もうちょっとお前が強くなったらな。俺に強くなったな、くらい言わせて見せろ」
「……原作開始前には言わせて見せるさ」
教師生活2年目。あの日ファラがやってきてから修行に3年、教師に1年。教師2年目にして原作開始の時期がやって来た。
「良いか、リール・クリスナーラ。原作主人公の名前は覚えておけよ。こいつに関わらなかったらだいぶ原作展開は回避できる。後はファラ……まあ俺は良いとして、アクリタ・リズリー、ウィリア・ストマトス、アーシュ・ロッグ・ジャックハート。この4人がメインヒロインの名前。こいつらに変なちょっかいは絶対出すなよ」
目に見える範囲にいるのも危険そうだけどな、と俯きながら言う。分かってしまってはいるのだろう。冗談交じりで言った世界の修正力か何かが働いている可能性があるのに。
ファラは俺の悪評を消そうとはしてくれていたとは思う。俺もコミュ障なりにそれにこたえようとはしたとは思う。まあ無理だった。ジョロン達7人はちょっととばっちりを受けそうなので兄貴呼びはやめ、近づかないように言っている。何かおかしな方向に噂と評価が広がっている。
『オル・ファーフは力で女の子を好きにしているらしい』
童貞魔法使いの俺には笑える冗談だ。どうしてそっちの悪評がついたのか、不思議でならない。
原作のように俺が討たれるのかどうかは今年1年で決まる。まあ今は様子を見よう。
「新入生代表、リール・クリスナーラ」
太陽のように眩しい金色の髪をした少女がやってきた。
……は?
「どういうことだ? エロゲ―の主人公で、ヒロインは女なんだろ? どうして女がやって来た?」
「分からねえよ! 原作だと普通に男だったんだよ! どうして女になってんだ!?」
何かがおかしい。ふと思う。間違いなく世界、神的な何かが干渉しているとは俺は確信している。そして確信も持った。
碌でもないことがある、と。
「お前は帰った方が良い。本気で嫌な予感がする。お前の評価が鬼畜のエロ教師になってる時点で既におかしい。帰れ」
「……じゃあお前も帰るんだな? 帰るならお前も連れていく」
「……子ども扱いすんな! 俺は大丈夫だからもうお前は帰れ!」
「いや、それでも」
「大丈夫だって言ってん、な! スラーお前!」
スラーがファラを拘束する、ジュタンがファラを載せて自動通路のように運んでいく。ファラの姿が見えなくなった頃喧嘩はやめなよ、とばかりにいつものように水の触手をぺたんと置いた。
「帰れない?」
「ファラさんにも言われたんですが、後を継ぐ人がいないんですよ。思ったより授業の効果が高い。来年からもこの分野は続けて行こうという話になったんです。嫌なのはわかります。今付与術の後任を見つけていますから、あと1年だけ、1年で絶対見つけますからそれまでだけお願いします。どうしてもというならファーフさんは構いませんが最悪ファラさんだけはいてもらわないと困ります」
1年。学園長は短いつもりで言っているのだろうが原作時間が始まった今、それは原作の間ここから離れるな、という神の見えざる手が見えた。これはまずい。こんな露骨なちらつきが見えたら帰ったらファラが何かまずいことになる気がしてならない。
もしそうなったらきっと俺は魔神になるだろう。お望み通りのラスボスに。
「俺は大丈夫だか」
「それはもう良い。どうも帰ってもこの学園に帰ってくることになるような気がしてな。全力で抗ってやるさ。運命とやらにな」
「……大丈夫。俺が何とか」
「俺達で何とか、だろ?」
「っ! そうだな。俺達でなんとかしようぜ! 糞原作なんか潰してやる!」
思ったのだ。もしこのつじつま合わせが神の仕業だというのなら、運命だとか形のないものでなくて、神という意思のある存在ならば、方法があると。
神をこの世界に降ろそう。引きずり落としてやろう。
そして殴る。そう決めた。どうなろうとそれだけは絶対にやってやる。やるのは半年後の2つの月が交わる大双月の晩だ。聞かれている可能性があるから口には出さないが。心まで読まれていたなら厳しいが、まあそれでもやると決めた。原作終盤の原作のオル・ファーフが真なる魔神と化したというあの大双月の晩。魔神では無く、神を降ろして絶対ぼこると。
なるほどと思った。良く出来てる、と。
「ファーフ先生。貴方の手下を名乗る生徒が貴方に逆らえば命は無いと脅して僕の友人のアクリタに性的暴行を加えさせたというのは本当ですか?」
良く出来てる。悪名高く力の強い教師の名前を利用して脅迫して女生徒を犯す。悪の親玉にやれと言われただけなんです、仕方ないんです。こう展開させてきたのか。
「何のことかな」
目の前の金色の少女に向かって俺は言った。
正義感の強そうな目だ、と思う。だから主人公なのか、と思う。これが敵か、と思う。まあ罪は無い。というより殺すことに意味が無い。というより嫌いじゃないのだ。ヒーローは。
子供の頃見た何度やられても諦めずに立ち上がって最後には敵を討つ。テレビ番組で見たそれはコミュ障で陰気になった今でも俺は好きだ。ついでに言うなら実はバッドエンドよりハッピーエンドが大好きだ。
「正直覚えが無い。君ももう俺の評判は知っていると思うが最悪でね。近づいてくる奴なんて馴染のファラくらいしかいないものさ。その生徒とやらは関係も無い俺の名前を出して脅した材料としただけではないか?」
まるで悪役の物言いだ、と言ってから反省した。
「そう、でしょうか。少なくとも僕には貴方は危険に見えます。もし、貴方がアクリタを傷つけた張本人であるのなら、僕は貴方を許しません」
「一つ、言っておこう」
「はい」
「自慢じゃないが俺は生まれてこの方女を抱いたことは無い、童貞だ」
「は?」
信じたのかどうかは分からないがドン引きはされたようだった。印象がさらに悪化したかもしれん。この身の潔白を訴えればもしかしたら何とかなるかも、とは思ったがちょっと間違えたか。そもそも武道大会であんな目立つような事をしなければ……仮面をつけて行けばまだましだったかもなぁ。
まあまずは、その俺の名前を出したという阿呆を締めておこう。
口封じなのだ、という噂が流れた。あの男子生徒は証拠を消すようにオル・ファーフに消されたのだ、と。
「締めたのが裏目に出た……悪い。殺してはいなかったんだが、誰かが殺したのか」
「……これは酷い糞修正力だよ。この世界は馬鹿みたいなことしやがって、世界皆が敵です、って言いたいのか? は? ふざけんな」
俺の事なのに本気で怒ってくれる目の前の同居人を見て、やっぱりここに残って良かったとは思う。
スラーにもジュタンにも嫌がらせで迷惑をかけたと思う。
仕方ない。言い訳が出来ない状況に持っていけば良い。良く考えたら今の俺が授業に同行する意味無かったわ。
スラーとジュタンは1年だけ姿を凝縮して腕輪にすることにした。左右に一つずつつける。
ファラは不安だが教師寮に預ける。
そして、俺はリースに四六時中同行することにした。つまり、主人公に潔白のアリバイを作らせる。それが目的だった。
「正直僕は嫌で仕方ないんですけど、まあ目の届くところで監視しておけば安全というのも事実ですし。まあ襲われたら成す術ないですけどね」
嫌そうなな、本気で嫌そうな顔をしたがまあ怪しい男を監視する、というのはありか、と判断したようで了承してくれた。
「その無い胸を膨らませてから言え」
「余計なお世話です!」
気にしていたのか口から泡を飛ばしながら貧乳少女は怒鳴る。なら男子生徒服着て男装するなよ、と言いたい。女の服が気に入らないから男装をしているのか、女が好きだから男として振る舞っているのか。まあ後者だろうな。
「…まあまずはそのお前の大事な友人とやらに一人でいる時間を作らせないことだな。勝手に俺の名をだした阿呆は締めたが殺してはいない。誰か別に奴が殺したのは間違いない。信じないだろうが」
「言っていることは間違っていないですが胡散臭さが凄いです」
「言われ慣れている。後、別の奴が殺したのならまああのモヒカンは何かの集団にいた可能性もあるな」
犯罪組織的な何かが生徒の間にあってもおかしくない。つまり
「……まだ危険はある、と」
「今年はな。見目麗しい新入生がわんさか来たんだよ。去年までは成績は優秀でも容姿は平凡な奴しかいなかったからな。お前も一応含めてお前と仲良しの三人が狙われてもおかしくは無い。まあお前は大丈夫そうだが」
「怒りますよ。男は嫌いですけど、可愛くないと言われて良い気分はしないです。童貞なのはそういう気づかいのなさが原因だと僕は思いますね」
「正直人間づきあいなんてどうでも良いからなぁ。社交性皆無なのは自覚しているし仲良くできる気もしないから基本人には関わることはしないんだよ。良くも悪くも、な」
「……まあ、そんな雰囲気出してますよね、うん」
何故か目を伏せた。悪いと思っているのか同情しているのか。少し虚しい。
「まあそれでも俺が女子生徒を襲う鬼畜だ何だ言われて犯人扱いされるのもなんだしな、晴らせる物なら晴らしておこうと思って、これだ」
「僕の追っかけを?」
「まあ清廉潔白正義感が強い、って評判のお前の近くにいておけば無関係を証明できるかな、と」
短い間に何度も見た溜息をまた吐きながらリースは言った。
「お手洗いもついてくるんですか?」
「外で待ってるさ。証人がいるように人がいる時間にしてくれると助かる」
「なんだその羞恥責めは」
「じゃあファラ、絶対に一人になるなよ。確か仲のいいミレ先生と可能な限り一緒にいるように。あと」
「分かった分かった! お前の言いそうなことは大体わかったから! 一人で行動しない。気を抜かない。人のいないところは行かない、だろ」
「……まあそうだけどな」
ふふ、と笑い声が聞こえた気がした。振り向いてみるとすぐに仏頂面をされた。だが、今笑っていたのは確かだとは思うが。
「じゃあ気をつけろよ。危なくなったら大声を上げて俺を呼べよ あるいは伝達の刻印使え」
「だから子ども扱いすんな!」
また笑い声が聞こえた。
「ちゃんと人間なんですね」
女子寮に向かう途中、リースはそんなことを言って来た。
「は?」
「いえ、正直人嫌いで人の事なんてどうでいい、という人だと思っていたので」
「ファラ以外は基本そうだぞ」
正直割と生徒思いのファラの意思を汲んで死んだり怪我しないようにフォローはしてるがあいつがいなかったらたぶん割とドライだ。
「でもファラ先生は大切にしてるんでしょう?」
「……何だかんだで三年は同居人やってるからな」
「まあその人らしいところは悪くないと思いますよ?」
生徒に上から目線で褒められる俺はもう少し人間力を磨かないと駄目かも知れないと一瞬だけは思った。
取りあえず監視兼護衛という事で何とか女子寮の住人を説得してくれたリースには感謝している。ただ罵声を浴びせる女子生徒にそんな貞操の心配をするならもっと美人になってから言って来い、と大人げなく言ってしまったので評判は最悪だ。数日の間ゴミを見る目をリースはしていた。まあエロ云々の心配は無いと大部分には納得してもらったはずだ。
三人以外は。アクリタ・リズリー、ウィリア・ストマトス、アーシュ・ロッグ・ジャックハートの三人は絶対碌な事が起きないよやめようよ、と最後まで必死に説得していた。
だが、一応性関係はリースに信用されたらしく大丈夫、でももし何かあったら助けに来てね、と言って何を言っても俺の事で考えを変えることは無いと分かったのだろう。こちらを三人ともが睨み付けてリースをよろしくお願いしますね、と心にもない事を言って去って行った。
リースの事は嫌いではないが好きでもない。が、別に助けない道理も無い。別に目の前で犯されたりしているのをただ見て楽しむ、なんて趣味も無いので危険が迫ったらまあ力があるんだから助けるに決まっている。
伝達の刻印石を一応渡そうと思ったが断られた。何か細工していると思うのもまあ仕方ない。
取りあえず、やれることはやったと思う。ただ評判が更に下がったのが気になるところだが。
主人公の傍にいれば否応なく犯人候補から外れてラスボスになることは無い、と信じたい。