『愚神降誕』という二つ名の事
今回は明るく行こうと、と決めたはずだったんです。
「兄貴、兄貴が思ったよりすげえ強くて驚きましたけど何で愚神降誕なんて変な渾名ついたんですか?」
「二つ名と言え。愚神は何となくわかるだろ」
「スゲエつえぇけど頭が悪いってことですね!」
「あってるけど妙にイラッと来るな」
「痛いですって! 八つ当たりじゃないっすか!」
「まあそうだけどな」
「それより渾名渾名」
「二つ名……まあ簡単だよ」
「単純に魔神と同化して新たな魔神になったから降誕ってついたんだよ」
上級上位以上が集まって行われたとある魔神との戦いでな。最終的に俺が勝って魔神が我の力をお前にやろうって言い出したわけさ。で、魔神と俺が融合してぴかーって光ってな真っ黒な人型が新たに生まれたからその時の微妙に禍々しい新たな魔神の誕生の光景から愚神降誕って二つ名がついたんだよ。
「へぇーすげぇー! あれ?」
「ん?」
「上級上位以上の集まりなんすよね。ってことは兄貴その時上級上位だったんですか?」
「いや、その時一応もう欄外だったよ。『万象刻印』って二つ名だったな」
「そっちの方が格好良いじゃないですか」
「……あ、うん。そうだな」
武闘会のあれはむしろ評判が下がった。ファラも少し下がった。なので、やりづらくなった教師生活を捨てファラを連れてもうお家に帰ろう、と思ってそうあいつに言ったのだが
「俺の面子が下がったからってそれで教師の仕事投げ出す馬鹿があるか。あれは俺がまだまだだったってだけだ。教師やって一応自分も大人になったんだって思ってたけどまだまだだったんだなって気づかされたよ。自分が未熟だってんだから生徒と一緒に学んでいけば良いさ。転生チートに胡坐書きすぎて天狗になってたなぁ」
……こういう時俺なら大抵仕方ないさ。やっぱり人と付き合うのは無理だな、なんて言ってスラーとジュタンとの三体、実質ソロに逆戻りするわけだがそれと比べてみて何だか俺が子供のようで微妙な気分になった。
「まあ、お前がそういうなら少しは付き合うさ」
学校に俺の味方は少ないが大丈夫。俺にはスラーとジュタンと一応ファラという信頼できる戦友がいる! それで良い。という思いとともに水椅子を右手で撫でていたらスラーがしっかりしろよと言わんばかりにペチペチ水椅子から伸ばした職種で腕を叩いていた。
「そういやスラー結構生徒に人気なんだぜ。でかいし強いし水で出来た椅子の心地よさ! リピーターも結構いるんだぜ! 夜はお前が帰ってくるからその前に帰っていくからお前知らなかったろうけどさ」
……何故だろう、みんなの距離が微妙に遠い。
一組の奴らが妙に戦いを挑んでくるようになった。あの理事長があの時本名さえ出さなければ仮面か何かつけてばれないように出て行ったのに!
抗議ついでにどうして口止めして秘匿していたはずの情報を知っていたのかを聞いてみた。
「先々代のギルドマスターですから。私がマスターやってた時は欄外の暴力だけで恐怖を以って支配していたようなものでした。冒険者の質も悪くてね、だからある一定の教育を施す機関を創設して冒険者の質を高めようと思ったんですよ。その時建てたのがこの学園というわけですな」
だからある程度ギルドの機密のあれこれは把握しているんですよ、と人の良さそうに見える老人はにこりと笑って言った。この人の良さそうな笑みはむしろ隠そうともしていない胡散臭さだ。まあ各国と政治戦か何かやってるだろうギルのトップに相応しいともいえる。
「欄外の力を見て、皆の心から驕りは消えるでしょう。それはきっと得難い財産になる」
「確か一応欄外だという事は触れ回って欲しくない、と言ったはずですが?」
「いい加減欄外と呼ばれる自分に慣れろ。中級冒険者に偽装するのは終わりしておけ……と私の孫が言っていました。会ったことがあるはずですが、欄外専用の受付をやっていてですね」
「あいつはお前の孫か」
いかん。敬語らしき何かが抜け落ちた。というより直に会ったら一応は敬語なのに他人経由だと口の利き方が横暴すぎんぞ? 他人経由ならため口をきいているあの女の姿がありありと浮かんだ。直に会うと慇懃無礼な態度をとるんだろうが。
「いやあ、ここより給料が良い所に出会いに行く! なんて言ってこの国から出た時はどうしようかと思いましたが最後はちゃんとこの国に戻ってきてくれましたよ」
戻ってこなくてよかったです。とは祖父馬鹿そうなこの老人には言わない方が良いだろう。
「まあ孫の言う事はさておき実のところですね。抗議が出ていたんですよ。貴方は人とはろくに交流は持っていませんでしたが力は大して隠しておかなかったじゃないですか? いや、大雑把で隠蔽が下手だ、が正しいんでしょうが。貴方がいくら欄外であることを隠そうとしても、貴方が気まぐれで一度だけ組んでいた相手は言ってましたよ。あの力で中級なのはおかしい。上級たりえなくても欄外たり得るはずだ、と」
そう言われて思い出す。面倒だからと迷宮に穴を開けて下に潜ろうとしたことを、面倒だからと決死の表情をしているパーティ仲間の横で100万の蟻の群れを地中に埋めた事を。お前の武器ボロボロだな、気になるから強化してやろうと四大属性の刻印を埋め込んだらこんな物使ったら武器の力に溺れるからもうこの武器は使えないな、と封印されてしまったことを。パーティだから助けるのがある程度必要だろう、と。
確かに対応が雑だった気もしないではない。ただのバ火力だけで上に行けない中級冒険者という評価で大丈夫だとは思ったんだが……そうだった。言われてみれば上級たりえ無くても欄外たり得るのか。力と人望と礼儀を併せ持った上級にはなれなくとも力だけで上に立つ欄外たり得るな。
「まあ抗議が沢山来ていたわけですし、この機会に正式に欄外として未来の冒険者にお披露目しようかと」
有望な生徒を探しに来た冒険者もみていることですしね、と続けた学園長は納得しましたか? と言って来た。
「まあ一応」
「出来ればあなたの持つその付与の技術。生徒に分け与えてもらいたいものですが」
技術ではなく感覚で動いている貴方には誰かに教える、という事は期待できそうにないですな、と少しだけ溜息をついた。
「まあそこはファラさんに期待ですか。あの子は幼くとも教師としては優秀です。戦闘者としては甘い面が目立ちますが」
「……まあ」
「あの大会で貴方達に風向きが悪くなってきたことは感じていますが、帰られないことを願っています。技術は共有されるべきだ」
「共有、か」
「ファーフさん、私がこの学園をどうして作ったか言いましたっけ?」
「え? 冒険者教育のためとか何とかってさっき言ってたじゃないですか?」
「冒険者同士で協力する、という当たり前の意識を作るためですよ」
昔は本当に皆ガラが悪かったものですから。
まあ正直ファラの評判はすぐに回復したのだ。自分の未熟を生徒の前であっさり認め、教師として情けない姿を見せた事を謝罪しつつだからこそこれから共に学んでいくのだ、とあいつは皆に語った。10歳なんだからまだまだ頼りなくて当たり前、むしろ素直にそれを認めた事に大部分が好感を持ったのだろう。一部はまだ不満を持っているだろうが成長した姿を見せればたぶん認めるだろう、そう思えた。
俺の方は正直アウトだ。凄い力を持っていたんですね、と嫌みも多い。ついでに面と向かっては言えないので陰口も多い。
原作の嫌われ教師、に恐ろしく近づいた気がする。何か嫌な予感がするのは気のせいか。
配役通りの位置に近づいたような。
いや、大人げない真似をしたのは俺の判断だ。操られた覚えも無いし大丈夫のはず。が、このやりづらさ。俺だけでも帰った方が良い、そうは思うんだがファラがどうにも気になって仕方ない。大会の時はもう俺は帰っていいって思ったんだけどな……
でも今だと俺だけでも帰る、と言ったらあいつはそうだな、と俺の環境を配慮して認めてしまいそうなので帰る、とはあいつの前で口に出さないようにしよう。
悪い癖が出た。