望む女 望む男
絶世の、と上につく美貌の人間がいた。
誰からも欲され、誰からも組み敷かれた。
男を歪める美貌だった。
イグナトのラシャの村のマルカ。と名乗ったのは二人だった。彼らだけは正直良くわからない。どちらが本物か、ではない。どちらも本物とするには一歩足りない、だった。
「イグナトのラシャの村出身のマルカです。ヒッズ様とは旅の途中で出会ったのがきっかけで……」
巨乳の女だった。冒険者なのだろう。引き締まった筋肉でかといって蒼炎の女程は野性的でない、どちらかというと戦士と言うより弓や短刀などを使う人種のように見えた。猫のような悪戯めいた、しかしやはり見目麗しい容貌に似合わず丁寧な物言いで彼女は口を開いた。
「なるほど、一緒に冒険などを?」
「はい。彼が前衛で剣を私が弓を使っていました。その頃は他に誰とも組まないで二人で活動していました」
と、言っても本当に辺境で活動していましたから知っている人殆どいないんですけどね。と付け足された言葉が正直信用に足りない。まあ巨乳なのでもう一人に比べたらそこは本物らしい。
「そうですか。いろいろあったのでしょうね」
「はい。何度も関係を持ちました。ヒッズ様はその、胸がお好きなようで何度も……」
そこは本物に見えるんだよな。うん。
「別れる時に言ったんです。もし俺が死んだら『抑止』の魔剣を継いでくれって」
ボロを出した馬鹿がいた。
「そうですか。魔剣を……ですがそれは出来ませんね」
「でも、彼が私に継いでくれって!」
「無いです。それだけは無い」
「ど、どうしてですか?」
「魔剣保持者はですね。基本血筋による相続制なんですよ」
「そ、それは、でも例外が」
「ありますね。確かに血筋が絶えた時ファーフ一族でもない別の誰かが継ぐこともあることはあります。でももう一つご存知ですか? 魔剣保持者の死により主を失った剣は資格者が現れない限り重量が増してとてもじゃないが持てません。それを他の魔剣保持者が回収して、その後返しに行くんですよ」
「……え?」
「魔剣製作者、オル・ファーフにね。ファーフ家始祖。オル・ファーフに一旦返還され、新しい保持者が選ばれる。血筋継承の時もそうですよ。絶対に顔見せに行くんです。絶対ですよ。継承が行われる時、どの場合でも絶対にオル・ファーフを通さずに魔剣が継承されることはありません」
「何を言ってるんですか? 貴方はヒッズ様の叔父でしかなくて魔剣保持者でも何でもないですよね? ヒッズ様のお父様は亡くなられたと聞きました。貴方、本当にヒッズ様の血縁ですか? でたらめか何か言ってるんじゃないですか?」
険しい顔をした誰かが俺を睨みつけて語気を荒くする。
馬鹿が。
「ヒッズみたいな女好きで女遊びが激しい奴でも魔剣の継承関連でそんな事は絶対言いませんよ。だって知ってますから。オル・ファーフの魔剣をオル・ファーフが認めたもの以外の人間にほいほい渡すことをオル・ファーフは許さないと」
「誰だ? お前」
短刀を抜く、室内では弓を使うには狭すぎると判断したのだろう。だが、まあ意味ないよな。
「悟れ。本人目の前にして魔剣下さい何ざ」
俺に勝ってから言え。
「えっと、そこで痙攣しながら倒れてるこの人は? 傷が無いのが逆に怖いですよぉ」
「偽物だった。特に何か組織と繋がりがどうこうという事は無さそうだ。まあただの騙りだな。連れていくことにした」
「え?」
「組織ぐるみの犯行ではないみたいだし、そんなに欲しいんならやろうと思ってな。ただ、最低五年は鍛えないとなぁ」
「す、すごく悪い顔してますよ……殺さないですよね?」
「鍛え終わった時には、敵発見、殲滅するとか片言言い出してるかもしれんな」
「やめてあげてください!」
「僕は偽物、という事に?」
「いえ、まだわかりません。一応お話を聞こうかと。少なくとも開示していなかったイグナトのラシャの村という情報を貴方がだしたから貴方が関係者かも知れないという感想は抱きました。と言うより貴方しかマルカを名乗った人残っていないんですよ。後は皆……」
「そうですか。でも良いですよ? 偽物という事でもう。僕男ですし」
「まあ絶世の美貌、つくでしょうけどね」
「やめてください。その言葉、嫌いなんです」
奴隷の首輪をした銀髪の絶世の美少女めいた容貌をした少年、マルカは心底嫌そうに言った。
「あ、ごめんなさい。奴隷の癖に」
「生意気ではありませんから大丈夫ですよ? 言葉は気にする必要などありません。私だってこうやって敬語を使っていますが正しいのか間違っているのか分からない偽物敬語ですしね」
と言うと彼は薄くだが笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。あの、その財産は……」
「渡すとしても『貴方に』です。貴方の主ではないのでそこをご承知いただければと」
「え、っとでも」
「おい、ふざけた事をいうな! この子は間違いなくお探しのマルカだ! 良いから勇者様の遺言通り財産を!」
「『マルカさんに』です。どうも渡したら横取りなさるつもりに見えて仕方ないのでですね、冒険者ギルドに申請して貴方のマルカさんに対する所有権を強制的に買い取らせてもらえるように申請する、と言う手も必要かもしれない、と今思いました。後、入室は許可しておりませんよ? マルキナ伯爵。御退室お願いします」
「……おい。勇者の叔父か何か知らんがな。ただの平民の分際で」
「私、こう見えても欄外の一人でして。欄外冒険者は伯爵家を取り潰して無かったことにする、という事も出来るという事を貴族の方ならご存知ですよね?」
「は? ら、欄外?」
「……まあ一応自己紹介しておこうか。マルキナ伯。欄外の一、『愚神降誕』のオル・ファーフだ。最近はこちらの名前では呼ばれなくなったが、な。本物だと見せた方が良いか?」
敬語をやめたのはヒッズの叔父では無く、オル・ファーフとして名乗ったからだ。伯爵にオル・ファーフが敬語は使うのは止めた方が良い。
ついでに刻印石を10ほど取り出した。
「な、あ」
「そもそも気づくべきだ。ヒッズ・アクスターは『魔剣保持者』つまりオル・ファーフの関係者だ。俺がここにいてもおかしくない、よな?」
「あ、ら、欄外だと」
「分かりやすく言った方が良いか? 街一つ消し飛ばせる剣を13本作ったのが俺だ。剣より弱いわけがない、と思わないか? 体で覚えるという手も無いわけでは無い」
「……ははは。そ、そうですね。あ、貴方がまさか魔神、オル・ファーフとは、ははは」
「良い良い」
どうせ顔を忘れるからな、と小さく付け加えた。
とりあえず鈴を鳴らした後、お帰り願った後マルコに改めて向き合った。
「凄いんですね」
「まあ、そうですね」
「今更敬語必要ですか?」
「あ、ああ」
分からん。睨み付けては来ている。ただ憎悪、って感じじゃないんだが。
「僕弱いから羨ましいです。そうやって権力すら蹴散らせる強さ持ってるの」
「まあ代わりに社交性とか無いがな。何となく長生きして浅知恵だけはついたような気はしないでもない」
気のせいかも知れないが、というとまた薄く笑った。
「無くても力で大丈夫でしょう?」
「まあな、特に困ってはいない。強いて言うなら」
極偶にくるギルドの依頼が面倒なことくらいかな、というとまた笑った。
「あーあ。理不尽だな。こんな身体いらなかったのに。羨ましいなぁ」
……正直、イラッと来るわけだが。
「なら俺の元に来るか」
丁度新しくとった弟子の鍛錬相手が欲しかったんだ。と言ったらうん、小さく頷いた。
「終わりました?」
「終わった、終わった。結構かかったな」
「153人も来たからなぁ。良く来たものだよ」
「もうちょっと私多いと思ってましたねぇ」
ふざけんな、これ以上多くてたまるか、と言った後
「さて、帰るか」
「帰りましょうか」
と支度を始めることにした。