三文芝居
『まあまずは穴をこじ開けることだね』
『彼女は防御に関してのみは僕でも手が出せない。さすがは引きこもりの女神様、だよ』
『まあ大丈夫だよ。僕が行ったら怯えて引きこもって手が出せなくなるだけだけど』
『人間の彼なら上手く彼女の感情を引き出してくれるよ』
『彼は、本当にこうと決めたら頑固それを貫き、そして人を怒らせることなら天下一品だよ』
評判は酷く悪くなった気がする。だが、問題ない。俺と戦う事になる主人公と和解したのだ。後はリースと争うことなくあいつが卒業すれば、原作ブレイクはたぶんなる。いや、まあどう見ても後ろで手を蠢かせている女神様を殴るという目的がある。結局リースと和解したのはただの保険に過ぎないだろう。神を殴るときに神の味方をされては敵わない。
おかしい。と思った。和解、したはずなんだがリースの目が妙に冷たい。いや、確か数日前は
『おはようございます。今日は馬鹿な事しないでファラ先生に苦労かけないでくださいね』
という嫌み交じりだがそれなりに友好的な挨拶はあったはず。それは昨日から恐ろしく冷たい目をするようになった。何をしたわけでも無い。だからこの豹変は不可解だ。
どうしてもそう持っていきたいのか。正直三文芝居過ぎて馬鹿か、と思った。
「アクリタ、ウィリア、アーシュがね、沢山の人に乱暴されたよ」
「俺が黒幕だという疑いは晴れたはずだが? というより渡した伝達石はどうした。何かあったらあれで呼べと」
「茶番はやめろ」
酷い笑い話だ。笑みがこぼれた。
「その不快な笑みを止めてやる。オル・ファーフ」
操り人形のようだ、と思った。怒りに燃えていても、嫌悪の感情があってもどこか滲ませていた人の良さが微塵も見えない。まるで誰かに感情を塗りつぶされたようだ、と思った。間違いなく、リース・クリスナーラは俺の浅い性格をきちんと分かっていたはずなのに。
自分が言っていただろう。オル・ファーフという男は誰かを手下にするより自分が動く性質だと。ファラに教師を任せるなんてこともしているが。
俺は誰かに殺意を持った時、その殺意を晴らすのを他人に任せない。
リースは左腰に下げていた剣を抜いて構えた。オーソドックスな正眼の構え、というやつだったか。まあ剣の腕なんて分かるはずもない。それよりも前に力を持って粉砕する脳筋スタイルだ。
「君はやはり邪悪だったよ」
「わざわざ人と敵対するような真似は控えてきたはずだがな」
「自分は裏表はありません。ただの馬鹿です、という演技をして近づいてきておいて? 邪悪でないと?」
「むしろ俺がそんな真似が出来るほど頭が良いと見えるならお前は今すぐ目を調べてもらえ。俺は生まれてから今までろくに頭を深く使った覚えは無い」
「へぇ」
動いた。
斬るというより刺し貫く、つまり狙いは心臓か……まあこれなら良いか。
「な!」
避けずに受けた。真っ二つになるようなら避ける事も考えたがこれなら再生能力で問題……あ? これは
「良いか。俺は基本人を信用しない性質だ。それなりに長い付き合いで、これはというやつしか信用しない」
「何を」
引き抜こうとする剣をその手ごと掴む。動きを止めた。
「俺は、お前のその正義感を信用している。正直ファラに次いでまだ二人目だよ。だから俺はお前に今力を振るってお前との縁を切るつもりなんて、ない」
不快な感覚がする。再生がろくに働いていないことではなく、血が圧迫している苦しさでもなく
「魔神の、名において、宣言、する。俺は、お前の仲間に、暴力をけしかけた、事は、ない」
ここで倒れろという神の意思が不快で仕方ない。
「あ、え、、これ」
目に憎悪が抜けた。憎悪はまだ残っていたが、いつも見るどこかに含まれる人の良さが見えた。
『騙されてはなりません。演技です』
光り輝く女が虚空から現れた。
『オル・ファーフ。忌まわしき魔神よ。彼女をそれ以上追い詰めるのは止めなさい。惑わし、魂を壊すのが貴方の目的なのでしょうが、私がさせません』
双月の夜の魔力が満ちた夜に降ろそうと思っていた。
馬鹿が。
自分から神が下りて来た。
血を吐く、吐く、空になる感覚がするまで吐く。ふらっとする。この人生でこんな経験一度もしなかったなと懐かしい感覚をしながら立ち上がった。妙に身体が重い。
「俺はただ言葉をこいつに叩きつけただけだ。無実だと訴えただけだ。魂は言葉くらいで壊れるものなのか? この世界の女神様よ」
光り輝く裸の女神。美人なんだろうがそれが何か意味があるのか。殴る。最初からそう決めていたし、やめる気も無い。殴る。顔面をとにかく殴る。
『繊細で善良な魂に邪悪な力を吹き込む貴方の姿に見ていられなくなりました。邪神オル・ファーフよ。貴方は私の手で終わらせます』
「お断りだ」
殴った。いつかどこかでしたようなそれは見る影も無い。ああ、そうかこの力も最初からラスボス役として与えられた物だったのか。
まあ、だろうなとは思っていた。知っていて借り物だから使わないという道理も無いと判断して無双していたわけだが。この場面で取られたのか。
そんな事は今は良い。俺は最初から決めていた。
こいつを殴ると。
殴る。
『この世界の神である私はこの世界のあらゆるものの力を受け付けません。貴方の力も、です』
哀れな者を見る目で俺を見る。致命傷。力を、再生能力を失った以上もうどうにもならないと思っているのだろう。避けもしない、だが障壁か何かでさえぎられているのか固い感触に阻まれた。
「おいリース。こいつ邪神呼ばわりしてるくせに自分で俺にわざわざ力与えてたんだと」
顔を殴る。ちっ目の前に拳が来ても恐怖は無いか。どこぞの中年は目を瞑ったのに腐っても神様か。
『……そんな事一言も言っていませんが?』
「この世界のすべての力はお前の物、なんだろ。邪神呼ばわりしておいて何でそんな邪悪な性格をしている俺に自分の力の一部を分け与えてるのか理由を聞きたいもんだがな」
殴る。避けない。目も閉じない後ろにも下がらない。
『奪われただけです、取り戻そうと努力はしていました』
「おーい。神様の仕事が遅いせいでお前の仲間が傷ついたんだとさ」
殴る、効果が無い。
『……これ以上口を開くな、汚らわしい人間が』
身体が動かない。糞女神が。俯せに倒れ…踏みとどまれなかった。
『リース。良くやりました。貴方のお陰で世界は魔神の手から救われたのです』
意思だけはあった。この猿芝居好きの馬鹿女神を殴ろうという意思が。
「オル!」
聞き覚えがありすぎる、うちの同居人の声が聞こえた。
ここで俯せに倒れたままでいられるかよ。
絶対にこの女神の面に一発入れてやる。
『頑張りなよ、大丈夫。君は死なないよ。気の済むまでそこの引きこもり女神を殴ってやりなよ』
誰かの声が聞こえた。