表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

ミミのごしゅじんさま4

 ベッドで眠るミミの顔。しかし、その寝顔は決して安らかなものではない。時折、呼吸が浅くなり苦しげな顔をする。その表情を見るたびに、心臓が鋼の糸で締め付けられたように痛む。

「ミミ…。」

 呟く声は、空虚に部屋に木霊した。いつも部屋を明るく満たしていたミミの元気な声は聞こえない。

 手を伸ばしミミの小さな手を握る。

「ごしゅじん…さま…。」

 起こしてしまったのかと思ったが、瞳は開かない。寝言なのだろう。包帯に包まれた手は、僕の手を弱々しく握り返してくる。表情が少し安らかになった気がした。

 ガチャリ

 扉を開く音がした。

「ミミちゃんの様子はどう?」

「母上。」

 部屋に入ってきたのはこの国の王妃であり、僕の母であるメリーナさまだった。

「大分落ち着いてきました。しかし、火傷が痛むようで時折、苦しそうな顔をします。」

「そう…。」

 母はベッドで眠るミミに静かに歩み寄ると、その額を優しく撫でた。そして眠っていることを確認し安心した表情を見せた後、その顔つきを厳しいものに変え僕に向かっていった。

「今回の件、あなたにも原因があるわ。」

「はい。」

 今朝、意識を取り戻したミミに、何故あんなことをしたのか理由を聞いた。本当は安静にしてあげなければいけなかったのだが、どうしても自分を抑えることができなかった。

「ごしゅじんさまに何か恩返しがしたかったんです。わたし、ごしゅじんさまになにもできないから…。だから、せめて美味しくたべてほしかったんです…。」

 泣きながら僕を見上げるミミの言葉に、僕の心は震えた。

 何故、ミミの心をもっと理解しようとしてあげなかったのだろう。傍にいたはずなのに、ミミが悩んでいることに気付いてやれなかった。そんな愚かな自分を責める気持ちと共に、どうしようもない衝動が浮かんできた。

 まるでミミが言った通りに、本当にミミを食べてしまいたいような、そんな心が。

 大切な妹のようなものだと思っていた気持ちは消し飛んだ。いや、ずっと前からとっくに心の奥底で自分の気持ちはそうなっていたのかもしれない。

 唇は優しくミミを安心させるように、詐術を呟いた。

「その時が来たら僕がミミをちゃんと食べてあげるから、もうこんなことしちゃだめだよ。」

 ミミがその言葉を聞いて、火傷の苦痛の中からでも安心したように微笑むのを見た。

 それは詐欺師のように相手を騙すための言葉、何も知らない純情なミミを彼女の知らないうちに自分のものにしてしまうための言葉。

 こんな純粋な心を持つミミを騙すのは、大きな罪過なのかもしれない。そのかわり、もう二度と傷つけたりしない。

 母は自分の表情を見て一度だけ頷くと、後は何もいわなかった。

「セルドさま、準備ができました。」

 シュウが部屋に入ってきて、小さな声で僕に呼びかける。僕は名残惜しい気持ちを抑えて、ミミとつながれた手を離し立ち上がる。

「わかった。すぐ戻ってくるからね、ミミ。」

 僕はミミの頭をひとつ撫でて部屋を出た。


***


 シュウに案内された部屋の中にその女はいた。ミミに嘘を教え込み、その命を奪いかけた下働きの女。その顔をみて、僕の胸の中にどす黒い気持ちが湧き出てくる。

 女は僕の表情を見ると少しびくりと震えたが、取り繕うように笑みを浮かべ頭をさげた。

「セルド殿下、ごきげんうるわしゅうございます…。」

 機嫌が良いように見えるだろうか。

「釈明を聞こうか。」

 一言でも余計にこの女の声を聞きたく無くて、僕は挨拶に答えを返すこともなく直接言葉を向ける。

「釈明とはなんのことでございましょうか。」

 しらばっくれるように、女は言葉を返した。何も言わずに切り捨ててしまおうか。そんな冷たい気持ちが心からあふれてくる。しかし、ミミの顔が浮かんできてその考えを押しとどめる。

 これから何度もミミを抱きしめる予定の手を、こんな女の血で汚すわけにはいかない。

「ミミに危険なウソを教えたことだ。」

「ぞ、存じませんが…。」

「これは警告だけど、王族に偽りを言えば罪になるよ。」

 女は僕の言葉を聞き黙り込む。

「…。」

「それに裏はもうとれている。調理場の下女たちも、お前とミミが一緒にいたことを証言している。ミミも今朝意識を取り戻し、何があったのかを話してくれた。」

 相手が口を開く前に僕は言葉を投げた。

 女の顔色は目に見えて悪くなった。しかしその後、口元を歪め開き直った表情になり、僕に対していった。

「冗談だったのでございます!まさか、本気で取るとは思いもしませんでいた!」

「冗談?ミミは死にかけたんだよ。」

「それはあの子が馬鹿だからでしょう。それに例え私のせいで死にかけたとしても、あれは所詮、何の身分もない獣人でしょう。確かに殿下のお気にいりだったかもしれませんが、死んだところで大した罪には問えないはずです!」

 僕はもう少しで自制できず彼女を斬り付けるところだった。今も面倒くさくなって、そうしてしまったほうがいいと思ったが、シュウが耳もとで「ミミさまが部屋で待ってますよ。」と言ってくれたおかげでなんとか我慢している。

 女よ、シュウに感謝するといい。

「残念だ…。」

「そ、そうでございましょう。いくら殿下とはいえ、法を曲げることはできませんよ。」

「いや、うちの法律は獣人相手だからといって罪が軽くなることはないよ。基本的にみんな平等だからね。でも僕は残念なことに、君に最も重い罰を架したいために身分を利用しようと思う。」

「は、はい…?」

「ミミはね、準王族だよ。」

「は?」

「僕の婚約者だからね。」

「そ、そんなこと聞いたことがありません!」

「そうだろうね。でも事実だよ。シュウ。」

「はい。」

 シュウが差し出した紙には、ミミと僕が婚約していることが書かれている。もともとこの婚約は王宮内でミミの身分を確保するためのものだった。だから積極的に外に出したりはしなかった。

 ミミはこの書類の存在を知らないし、ミミがにいつか好きになる人が現れたら、この書類は秘密裏に破棄される。そんなものだったはずだった。

 だけど、そんなこともうできるわけがないよね。

 ミミに好きな人?考えただけではらわたが煮えくり返る。

 僕が間違っていた。この書類はがんがん表にだしていくべきものだった。ミミに悪い虫が一匹たりともつかないように。

「準王族は、王族と同じ取扱いになる。君はミミに嘘をつき、侮辱し、あまつさえ命の危機にすらさらした。今後、まともに日の光を浴びれないと思った方がいいよ。」

 女は真っ青になりがくがくと震えだした。

「あとは頼んだよ。」

「御意に。」

 シュウに言葉をかけると、短く頷く。

 僕は女に対する興味も失せ、それよりもミミと一緒にいるほうが有益だと思い椅子を立ち部屋からでることにした。

 裁判で提出された書類から、婚約は公になっていくだろう。裁判での婚約発表というのが、ちょっと気に入らないが僕のミスだから仕方ない。ミミには全快したらお詫びにケーキを送ろう。

 そんなことを考えながら、ミミのいる僕の部屋に向かう足をはやめた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ