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ミミのごしゅじんさま

 森で出会った兎は、純粋で可愛い獣人の女の子だった。


***


 その日、僕はいつも通り馬で森を散歩していた。

 午後からはメイ先生の授業があるので、もうすぐ城に戻らなければならない。

 メイ先生は良い先生だ。王子である僕にも、遠慮せず厳しく教えてくれる。内容の質も高く、本当に勉強になる。だからこそ、さぼりたくなってしまうのは人の性じゃないだろうか。

「う~ん、何かないかなぁ。」

「何かって何ですか。何もありませんよ。ここは平和な森ですからね。」

 僕がさぼりたい気分になっていることはわかっているのだろう。側近のシュウは僕を少し睨んでいる。まあ、ここで僕を拘束してしまわない点が甘い男だと思う。

 かといって僕の方もいい加減さぼろうとしすぎて、母上に今度さぼったら部屋に一ヶ月缶詰にすると言われているのだ。さぼるためには何か正当な理由を考えなければならない。

 その時だった。

「たすけて!」

 そう声が耳に届いた。後から考えると小さい声だったのかもしれない。でもそれは、はっきりと聞こえた。

 その声が聞こえた瞬間、僕は馬を走らせた。

 目に映ったのは、この平和な森では珍しい野犬の姿。

 犬は飼いならされてるイメージがあり危険なものと認識されることは少ないが、野犬の犠牲になる人間は狼などの犠牲になるものより多い。

 弓を背中から出し、即座に矢をつがえる。

 狩りはあまり好きではないが、王族として身をまもるため常に腕を磨いている。

 野犬は獲物に狙いを定め今にも飛びかかろうとしている。つるを引きしぼり狙いを定める。

 だが、先に野犬が動いた。地面を蹴り、弧を描き、獲物に飛びかかる。

 僕は小さく息を吸い、すぐさま射線を横にずらすと、野犬の進行方向に矢を解き放った。

 間に合え!

 風切音と共に、矢が木々の間を突き抜けていく。

 スタンッ

 放った矢は野犬の首を貫き、その体を横に吹き飛ばした。

「大丈夫かっ!」

 そのまま馬を走らせて、野犬のいた場所までたどり着く。野犬は自分の一撃ですでに絶命していた。しかし…。

「あれ?」

 あたりを見回すが、誰も被害者らしき人は見当たらない。おかしい。確かに声が聞こえたはずなのに。

 その代わりにと言ってはなんだが、何故か震えている兎が一匹いた。小さいからだでぴくぴく震えているのに、僕が近くにいても逃げようとしない。不思議な兎だった。

「セルドさま、急に駆け出されてどうしたのですか!」

 後ろからかなり遅れてシュウが馬を走らせやってくる。あの声は、確実に僕が逃げ出そうとしたと思っている。

「いや、悲鳴が聞こえたんだよ。それで野犬の姿が見えたから、きっと人が襲われているにちがいないと思ったんだ。」

「人…?うさぎしかおりませんが。」

 シュウの言うことは事実だった。そして確実に僕を疑っている。だが、僕が言っていることも事実なのだ。

「うーん、確かに聞こえたんだけどなぁ…。」

「また適当に理由をつけて勉強の時間をさぼろうとしたのでしょう。メイ先生には報告させていただきますからね。きっときつい罰をくださいますよ。」

 メイ先生の罰といえば、王国史一冊分書き写しや膨大な量の算術の問題だった。さぼる方法が無いか考えていたのは事実だが、実際にさぼろうとしたわけではないのでちょっと不条理な気分だ。

 見ると兎は真ん丸の瞳でこちらを見ている。その瞳を見ると、まあ仕方ないかと思えた。被害者はいなかったのだが、被害兎はいたのだ。それを救えただけ良しとしよう。

 そう思って重い罰が待つ王城に、ちょっと憂鬱な気分で帰ろうとしたとき、後ろから声が聞こえた。

「あ、あの、ひめいをあげたのはわたしです。そのひとのいってることはうそじゃないです。」

 幼く必死なで、僕を助けてくれようとする声。振り向くと兎がしゃべっていた。呆気にとられると共に、その兎がただの兎でなかったことを悟る。

「獣人だったのかっ!」

 ぼくたちの驚いた声に、その子の体はびくりと震えた。そして悲しそうな寂しそうな瞳で、ぺこりと頭を下げる。

「たすけていただいて本当にありがとうございました。このごおんはわすれません。」

 そう言って足を引きずってさっていく兎の子。僕はその子を抱き上げた。じたばた暴れだす。

「こらっ、暴れないで。うん、怪我してるね。」

 足は痛々しく出血している。でもそれほど傷は深くないようだった。

「シュウ、この子は連れて帰るよ。」

 この子を連れて帰りたいと思った。何故か、森に帰してしまいたくないと思えた。うちの城ならば、この子も危ない目にあったりしないだろうと思った。

 シュウは溜息をつきながらも、同意をくれる。

「はぁ、セルドさまの気まぐれをいちいち止めるなんて無駄な苦労はいたしませんよ。ご自由にどうぞ。」

 その返事に満足すると、僕は兎の子をもう一度見た。

「ねぇ、君。僕がメイ先生の罰をのがれるには、君の証言が必要なんだ。僕と一緒に来て、メイ先生にさっきのことを説明してくれるかい?」

 実際、証言してくれるのはシュウで良かったけど、こう言った。この子は少し人間に怯えているようだったから。

「君の名前はなんて言うの?」

 名前を聞いたけど、なかなか答えはかえってこなかった。言いたくないのかもしれない。

「いや、僕が名前をつけよう。きれいなかたちの耳をしているし、ミミなんてどう?」

 名前を言いたくなさそうだったから言った言葉だけど、少し独占欲も交じっていたかもしれない。ミミという新しい名前を付けてしまう。

 ミミもこくりと頷いてくれた。

「そうか。じゃあ、君は今日からミミだ。よろしくね、ミミ。」

 それが僕がミミとはじめて会った日だった。


***


 ミミを城に連れて帰ると、目を開いて驚いている様子だった。兎だけど、表情は豊かだ。

 城にミミを連れていくと、侍女にとられてしまった。洗って傷を治療して返されたけど、僕がやってあげようかと思ったのに。

 きれいになったミミはうすい桃色をしていた。

 そういえば、獣人は人間にもなれるんだっけ。そう言った僕に、ミミは人間の姿になってみせた。毛並みとおなじ薄いうす桃色をした綺麗な髪の可愛らしい少女。でも裸だった。

 そのまま無邪気な笑顔で首をかしげる少女に、侍女が慌てて飛んでくる。また連れて行かれるミミ。帰ってきたときは綺麗なドレスを着ていた。良く似合っている。

 やっと僕がミミをかまえると思ったら、メイ先生に呼び出しをうけた。すっかり忘れていたが授業だ。しかも遅刻確定だ。

 今日はミミのことがあるし、シュウも言い訳に協力してくれるだろう。そう思って安心していったら甘かった。

 出てきたのは膨大な量の課題。これを解くまで授業は終わらないという。明らかに罰だったが、今日の授業内容と言い張るメイ先生にはかなわなかった。

 結局、部屋に戻れたのは日が沈みきったころ。ミミは元気にしてるだろうか。

 部屋に戻ってくると、ミミは大人しく椅子に座ってくっきーを食べていた。とても幸せそうな顔をしていて、見ているこっちまで幸せな気持ちになってくる。

「おいで、ミミ。」

 そう言うと、とてとてとこちらに駆け寄ってくる。それを抱き上げて腕に収める。兎のときもちっさかったけど、今でも腕に収まってしまう程小さい。

「ぼくがいない間、暇じゃなかったかい?」

「だいじょうぶでした。」

 くっきーがとても美味しかったという。よし、毎日食べさせてあげよう。

 家族はどうしたのだろう。獣人だから、たぶん捨てられたのだと予想はつく。それでも、一応聞いておかなければならない。もし、この子を心配している家族がいるのなら帰してあげなければいけない。

「ミミはどこから来たの?」

「森です。」

「森に来るまえはどこにいたの?」

「村にいました。」

「ミミはその村に帰りたい?」

「帰ってきちゃいけないと言われました。」

 ミミの答えを聞いて心が痛む。こんなに小さいのに、捨てられてしまったのか。そういえば兎の姿も随分汚れていた。ずっと森の中で暮らしていたのかもしれない。

 獣人への待遇を良くしようとこの国はいろんな変革を行ったが、未だまったく根付いてないことがわかる。

 この子を助けられて良かった。

「そっか。じゃあ僕と一緒にいる?」

「はい、一緒にいたいです。」

 たずねる僕に、ミミは迷うことなく頷いた。

「じゃあこれからはずっと一緒だよ。よろしくね、ミミ。」

「はい、よろしくおねがいします。ごしゅじんさま。」

 ごしゅじんさま?

 もしかして、僕に飼われると思ってるのだろうか。そんなつもりは無かったんだけどなぁ。

 でも城での立場も曖昧だし、説明も難しいからそういうことにしておいたほうがいいかもしれない。

 僕はその日、嬉しそうに笑うミミと一緒に寝床についた。

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