第六話 敵国との交流と侵略
「私と弟も、夜会に出席するのですか?」
「ああ、ドラブル侯爵家の関係者は全員出席する。夜会といっても始まる時間は午後からで、パートナーは特に必要ない」
フィリップは、父親のポター伯爵からの連絡に、少し期待した。
「それではミラベラは……」
「出席しないそうだ。そんなあからさまにほっとした顔をするな」
侯爵が猫かわいがりしているミラベラだが、他になにか後ろ盾があるわけではない。百歩譲ってそれはいいとしても、ミラベラ本人も特筆すべき能力がなく、尊敬できなかった。侯爵はミラベラと、養子になるフィリップを結婚させる気でいるし、それ以外に道がないのはわかっている。だがドラブル侯爵家という大きな家を、ミラベラが運営できるとは、ポター伯爵家には思えなかった。ミラベラが他の男性に目移りして、フィリップとはまだ婚約をしたくないと言うのを幸い、距離を取っている。
当日、夜会の控え室に通されると、アリステアとフレデリック、シェルティとルイスがいた。恐る恐る尋ねる。
「……ミラベラは本当に」
全員が少し目を見張ったあと、軽く笑った。
「ややこしくなるから連れてこないよう、侯爵閣下に厳命してある」
「聞きますかね」
「陛下からの命令だから聞かざるを得ない」
そう言いながら第二王子チャールズと、婚約者のコーディリアが入ってきた。
「フィリップ。それとあまり話したことがなかったが、弟のパトリックだね。よく来てくれた。今日は隣国の使節団と交流するから、よろしく頼む。特に前衛のブラックウッド家と、その後ろ盾のドラブル家関係者は今後、直接会う機会が多い人物が参加している。なるべくたくさんの者と顔をつなげてくれ。まあ、そうは言っても、若者たちが親睦を深めるのが目的でもあるんだ。前線で相まみえた時、挨拶くらいはできるようになってみてはどうだ」
隣国エイルとの国境線は常に緊張状態で、いつ戦争が始まってもおかしくないほどだ。隣国は四方を強大国に囲まれており、つねに侵略の恐怖にさらされている。そんな隣国が、喉から手が出るほど欲しがっているのが、目の前にぶら下げられているブラックウッドだ。広大な黒い森と、長大なコルム山脈に囲まれた独立自尊の地。そして国境線を挟んだ隣国の地を支配するのが、マーフィー伯爵家だ。
そのマーフィー家と、ブラックウッド家は、むしろ仲は悪くなかった。命令するだけのお気楽な首脳部と違って、実際に戦わされるほうはたまったものではない。本国よりもまめに情報をやり取りし、様々な問題を前線で上手くやり過ごしていた。今回も巨額の費用がかかる戦争を回避しようと、国同士の定例の交流を図るのが目的だ。郊外の闘技場に特別に作られた、夜会の会場には大勢の人が集まっていた。
「シェルティ様。お久しぶりです」
「ウーナ様。お元気でしたか」
隣国の守備の要と言われるマーフィー家の懐刀ウーナが、シェルティを見て駆け寄ってきた。ウーナは真っ黒な髪を後ろに流し、真っ赤な紅をさした妖艶な少女で、年の近いシェルティと仲が良い。シェルティは同じように長い黒髪を、頭の後ろに高く結っているし、今日は紅もさしているが、どうしたわけかあふれ出る健全さが二人を対照的に見せていた。
「ウーナ様。愛用の短剣がまた新しくなりましたね。背も伸びたようで」
「ええ、身長に合わせ新しくしましたの」
嬉しそうにウーナは髪を振った。どんな式典に出る時も、ブラックウッドに連なるものは武器を携行するのが礼儀とされている。当然、対するマーフィー家もだ。そのため平和な交流を図る場にもかかわらず、ほぼ全員が武器を下げていた。
ドラブル侯爵に、跡継ぎになるフィリップは紹介されてまわるが、年配の首脳陣相手に可愛がってはもらえるものの、とくに会話も盛り上がらない。その内、第二王子チャールズに連れられて、フレデリックのところへ行くと、マーフィー家と話に花が咲いているところだった。
「オーラも剣を新しくしたのか?」
「いいや。身長の伸びがウーナよりもゆっくりだし、最初から長めに作っているから」
ウーナの双子の兄オーラも二刀流で、二人は攻撃に特化し、今もそれぞれの剣を自慢げに腰に下げていた。
「フレデリックはどうなんだ」
「私は体の変化は落ち着いているが、本音を言うともう少し身長が欲しかった。あと一、二年で少し伸びを期待している」
「体が大きいのはそれだけで有利だからな」
「まったく」
「フレデリック。いいかな」
チャールズが、フィリップとパトリックを連れてきた。
「ああ……」
「皆様にご紹介します。ドラブル侯爵家の跡継ぎになる、ポター伯爵家の長男フィリップ。それとその弟のパトリックだ」
「昨年も出席しましたが、初めての方も多いと存じます。フィリップと申します」
「パトリックです」
「フィリップはとても優秀で……」
チャールズと、フレデリックの紹介が続くが、その場にいた人々は腰の剣に注目し、それが飾りであることにあたりをつけると、悪気なく関心を失ったようだった。
一人を除いて。
「シェルティ様。あの方は?」
「今、ご紹介したフィリップですか」
「なんて素敵なの」
「はい?」
「ちょっと陰のある落ち着きある佇まいに、精霊のような薄い髪色、真っ白な肌。エキゾチックで人目を引かれますわ」
ウーナは背筋をぞくぞくとさせていた。
「お話しなさいますか」
「無理です。そんな。緊張して話せません」
元気いっぱいで押し出しの強いウーナの、めずらしい態度にシェルティは戸惑っていたが、それを為政者のチャールズとフレデリックは見逃さなかった。
「フィリップ。こちらはウーナ嬢。シェルティと仲が良くて……」
フィリップの明るい水色の瞳に見つめられたウーナは、うまく話せずもじもじしている。横で見ていたシェルティは、そういうこともあるんだと驚いていた。この国の首都では、フィリップの外見は普通だ。だがブラックウッドや隣国ではめずらしい。その上、やかましいほどに陽気な人々に囲まれていると、フィリップが目に止まるのかもしれない。
「……そういうこともあるんですね」
「どうしたの? ルイス」
「今日の話しを聞いて、敵と交流するというのがよくわからなくて、緊張していました」
「それでそんなに武装を」
「ええ、ですが本当に友人のように話されていて」
「戦場で殺戮を行っているわけではないわ。弱っているものをいたぶったりはしないし、停戦すればそれ以上、攻撃しない。捕虜だって大切にすれば労働力になってくれるし。お互いに同じことをして前線で顔を合わせていれば、知り合いになってしまうものだから」
「おおげさだったようです」
「ルイス。そんなにたくさんの武器を使えるんだ。最近、身のこなしも軽くなったし、なにか特訓しているの?」
「学園でシェルティごっこが……いえ、様々な動きに挑戦しようという変化がありまして、私もいろいろ試しているのです。基本は大事ですが、新たな経験も必要かと」
「そうなんだ、学生さんたち皆、熱心だね」
「ええ、手強い目標が身近におりまして、いつか絶対に勝ってやると志を高くしております」
「目指すものがあるとやる気が出るよね」
「はい、とても」
素直に応援するシェルティを見て、やる気に燃えるルイスは、次の休みを楽しみにしていた。
◇◇◇◇◇◇
使節団が帰国し華やかな式典が終わりを迎えた頃、フレデリックたちは春の休暇にブラックウッドに帰郷した。ドラブル侯爵はミラベラも行きたいと言っていると言い張っていたが、シェルティの件を持ち出して断った。それでも「妹になるのだから」と粘ったが、ルイスが同行するから許可できないと押し通した。
もうけじめをつける時が来ているのだ。
ルイスはシェルティに負けてから、ブラックウッドをこの目で見たいと言っており、この度の帰省に同行している。あまり遠出したことがなかったらしく、人々の顔つき、服装や建物、植物まで王都とは違う風景に感心し、ブラックウッドの肥沃な大地が広がる平原を見て歓声を上げていた。ルイスに後ろに乗せてもらっていたフィリップも、初めて見る光景に感激している。
ぐんぐん背が伸びた少年少女たちの中で一人だけ小柄なアリステアは、いまだに小柄なデューイに乗っていた。一日、乗って移動するのに、圧倒的に楽だったからだ。デューイは大きな馬たちに囲まれて緊張しているが、知り合いも多くなんとかやっていた。
「その馬、どうするんだい。アリステア」
「もちろん嫁ぐ時にブラックウッドに連れて行くわ。フレデリック。相棒だもの」
「でもその頃には小さくて乗れないんじゃないか。ブラックウッドは広いし」
「大丈夫よ。そうなったら私たちの子どもが乗るから」
その日、フレデリックは上機嫌で、わざわざ手に入れたリンゴを、デューイに上げた。デューイは特にお腹は空いていなかったが、可愛がっているアリステアと、仲良くしてくれている人間の男の子の親切を無駄にできず、気を遣って食べてあげた。確かに愛情深いデューイなら、子どもの面倒も見てくれるだろう。
「ようこそ。ブラックウッドの地へ」
叔母のジェイドが歓迎してくれたが、待っていたのは手痛い洗礼だった。
「どうしたの、ルイス。その怪我」
「なんでもありません。転んだだけです」
フレデリックの右腕になるとされる、シェルティの護衛を務めているルイスの腕を見てやろうと、連日、この地の若者たちが腕試しを申し込んでいた。それなりにいい線までいくのだが、何分、数が多く、また王都出身に対する偏見が根強く、容赦なくやられていた。
「……ルイス。いいのか」
フィリップが心配そうに聞いてくる。
「望むところだ。ブラックウッドの民と戦うために来たのだから」
シェルティの異次元の強さに衝撃を受けたルイスは、この休暇を利用して腕を磨く心構えだった。しかし覚悟していたよりも遙かに手強く、本心では気後れしていたが、歯を食いしばって自分を叱咤激励していた。
「フィリップ。紹介する。こちらが軍師ギャレッド殿だ」
「初めまして。フィリップ殿」
「よろしくお願いします」
戦士が尊ばれる地だったが、八十年前に一角の戦績を残した軍師アーサーの功績で、今のブラックウッドでは戦士以外の職業も認められるようになっていた。
ギャレッドの案内で、コルム山脈の麓の別荘に移動した一行は、そこで首脳陣と引き合わされていた。とくにブラックウッドを後見する、ドラブル侯爵家を継ぐ予定のフィリップは、引っ張りだこだ。
「シェルティ。まだルイスは戻ってこないの?」
「ちょっと心配だよね」
「いつも傷だらけで」
「なにか考えがあるんだろうけど」
「いつもこの時間ぐらいには戻ってこなかった?」
「うーん。心配だからちょっと見てくる。アリステア」
気になって街を見下ろす城郭の上で見張っていると、下の少年たちのおしゃべりが上に登ってきた。
「王都からきたへなちょこ野郎を到頭やってやったぜ」
「今頃、泣きべそでもかいているだろう」
「あいつ生意気なんだよ。弱いくせになかなか負けを認めないし」
「言われたとおりに、黙って王都に逃げ帰れば、見逃してやったものを」
「これで身の程を知るだろう」
「帰って来られたらの話しだがな」
下品な笑い声が響いた。
シェルティはブラックウッドを愛しているが、もちろん欠点だってある。それは王都やそこの民に対する偏見だ。強さを尊ぶあまり、国境線から離れた首都の民を蔑んでいる。それはルイスやフィリップ、ひいてはアリステアを見下す態度につながっていたが、一線を越えてしまったようだ。
少年たちの元へ走って行ったシェルティは、手加減なく彼らを打ち据え、リーダーのカナルの胸ぐらをつかんだ。
「ルイスをどこへやった」
「あんな弱い奴を護衛にして、なんの意味があるんだ。俺のほうがずっと……」
カナルの胸を石突きで強く突いた。ぐっと黙る。
「武力を振るってくるだけが敵ではない。ルイスの強さをそんなものではかるな。ルイスはどこだ」
「……しばって死者の階段に置いてきた」
「あんなところに?」
シェルティは彼らを放って、馬で別荘を飛び出した。
目の前にそびえる、コルム山脈に向かう。ブラックウッドの地を守るコルム山脈の峰には、天にそびえる切り立った尾根があり、その中で最も鋭い刃のような渡り部分を、死者の階段と呼んだ。この尾根のおかげで、ブラックウッドは隣国からの侵略を免れていた。
今から向かっても、着く頃には日が沈んでしまう。右も左もわからない土地の山奥に置き去りにされ、しかも縛られたままだなんて……。焦って馬を飛ばしすぎ、途中でへばってしまいそうになった。
「ごめん、無理させて」
冷静と言われる自分が常になく動転しているのがわかり、馬を休ませ、深呼吸した。狼狽しても仕方がない。それは頭ではわかっている。でも……。
険しい山道を登ると、死者の階段が見えてきた。鋭い峰には樹木さえ生えていない。その取り付きにルイスが、なぜか隠れるようにうずくまっていた。無理に縄抜けをしたのか、手首から血が出ている。ほっとして大声で呼びかける。
「ルイス!無事だったんだね」
真っ青な顔で振り返ったルイスは、人差し指を口の前に立て、静かにするようにと身振りで示した。しかし遅く、その途端、ルイスと、シェルティに矢が飛んできて、シェルティの馬が驚いて立ち上がった。体をかばいながら馬にしがみついていたシェルティは、矢に当たらないよう姿勢を低くするので精一杯だ。
隠れようとしたルイスの動きを制するように矢が飛び交い、反射的に後ろの崖の縁ぎりぎりまで下がったところ、右足に矢を受け、悲鳴と共に深い谷底へ落ちていった。
「ルイス!」
ルイスがいなくなり矢の集中砲火を浴びる中、シェルティは手綱を操り、馬を藪の中に飛び込ませ、斜面を下りだした。下の森はもう薄暗く絶望的な気持ちで探したが、どこにも見当たらない。
「やつらマーフィー家の房飾りをつけていた…………」
誰もが通り抜けができないと考えていた、死者の階段からの敵国の侵入。すぐに報告しなければならない。だがどうしても、置き去りにできなかった。今、見つけなければ、手遅れになるかもしれないからだ。やみくもに歩き回っていたが、馬がどうにも落ち着きがなく、何度も後ろ足で空を蹴ろうとする。
「矢が刺さっているじゃない。気が付かなくてごめんなさい」
泣きそうにぷりぷりと怒っている馬から、中途半端に刺さっていた矢を抜き取ると、やっと落ち着いて、水の匂いを感じたのか川に向かって歩き出した。辺りを見回しながら追いかけると、水を飲み終わった馬が、気を失って流れ着いたルイスの臭いを嗅いでいるところだった。
「ルイス!」
運良く木にでもぶつかったのか、上手く川に落ちたらしく即死は免れたようだ。頭を打ったのか、大量の血を流していて意識はない。慎重に体を調べると疑わしい箇所はあるものの、深刻な骨折もなさそうだ。脱臼している左肩を固定し、背中に背負って藪の中に運び入れる。すぐ近くに敵がいるが、もう日は暮れていて、動くことができない。
「……ルイス。こんなことに巻き込んでごめん」
暗闇の中、ルイスの右手を握り時間が過ぎるのを待つが、一向に意識が戻る気配はなかった。不安になる自分を励まし、脈と呼吸に意識を向ける。考えても仕方がないことだとわかっているが、あの時、声をかけなかったらという後ろ向きなことばかりが頭に浮かぶ。
(今は終わったことより、敵国の侵入を考えないと)
こんな時、いつものシェルティなら、終わったことをくよくよ考えないし、すぐに城に連絡する手段を考える。そしてなにもすることがないのなら、ぱっと仮眠をとれるが、今はどうしてもそれができなかった。
そんな状態でもいつのまにか眠ってしまったらしく、黒歌鳥の鳴き声で目を覚ました。辺りはまだ真っ暗だが、うっすらとものの形が見て取れるくらいにはなっている。
「ルイス……」




