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無常堂夜話

無常堂夜話17

作者: 安堂登呂和
掲載日:2026/10/18

瀬緒里からねだられて『神婚旅行』に来た『無常堂』一行。

甘い雰囲気を楽しんでいた空と瀬緒里だが、梅林の里で戻子&鏡子が行方不明になっていることを知る。

二人はこの地で噂される『座敷童』を調査していたことを知り、『無常堂』が動き出す。

【序の段】『梅花の里』での四人



「空《くう》さま、あの花は梅でしょうか?」


 窓の外を流れる景色の中に、薄桃色に切り取られた一角を見つけて、私は向かいの席に座る“我が背”、化野空《あだしのくう》に問いかけます。


「え? ああ、梅の木みたいですね。そう言えば、ぼくたちが宿を取る温泉街も、梅林で有名ですよ。瀬緒里《せおり》さん、昔から梅の花が好きですからね」


 列車の揺れに身を任せて、目を閉じていた我が背は、私が指さす方を見てうなずきます。


「温泉かぁ、いいなぁ……。あ、瀬緒里さん、一緒に露店風呂に入りましょう? 周《めぐる》、言っておくけど……」


 私の隣に腰かけた美人、栗色の髪を紅白の飾り紐で結わえた林樟葉《はやしくずは》どのが、前に座る男性に言いかけるのを、


「俺は樟葉の裸にゃ興味ないぜ。自意識過剰もたいがいにしないと痛いぞ樟葉」


 漆黒の天然パーマに赤いバンダナを巻いた伏周《ふせめぐる》どのが、腕を組んで鼻で笑います。


 言いたいことを途中で遮られた樟葉どのは、ムッとして言い返します。


「あっそ。じゃ、瀬緒里さんのには興味あるんだ。まぁ、そんなことしたら空さんが黙っちゃいないだろうけどさ」


「……あのな樟葉、空さんは俺の恩人、瀬緒里さんはその奥様だ。

しかも瀬緒里さんは瀬織川津媛《せおりかわつひめ》様と仰る地祇でもある。変なことを考えるだけでも畏れ多いぜ。

まったく、樟葉は俺より年上なんだから、もっと落ち着いたらどうだ」


 腕を組んだまま伏どのが言うと、樟葉どのも負けじと言い返します。


「何よその態度!? アタシのこと年上って思うなら、ちゃんと敬ったらどーお?

言っときますけどね、アタシはまだ23で、あんたとは一つしか違わないんだからね?」


「それを言うなら、空さんに弟子入りしたのは俺の方が1年先輩だからな。兄弟子として敬ってくれよな?」


「くぅ~っ、口の減らない男だわねまったく。瀬緒里さん、このバンダナキザ男に何か言ってやってください!」


「まぁまぁ、樟葉もそう熱くなるな。周はいつもお前のことを『気が利く』と言っているし、樟葉だって、こいつが気のいい男だって知ってるだろう?」


 我が背が穏やかに言うと、樟葉どのはちょっと赤くなって


「……ま、まぁ、頼りにはなるけどさ」


 そう言い、伏どのも、


「……樟葉の心が綺麗なのは認める……」


 反対側の車窓から外を見てそう言った後、急に我が背を振り向いて心配そうに聞きます。


「それはそうと、空さん。本当に俺たちまでついて行っていいんですか?

せっかくの旅行だ、瀬緒里さんと二人きりの方が良いんじゃ?」


「そうそう、アタシたちはお邪魔じゃない? なんか神(・)婚(・)旅行に押し掛ける小舅、小姑みたいでさ、気が引けちゃうのよね」


 樟葉さんもそう言って遠慮します。私はにっこり笑って答えました。


「今回の旅行は、お二人について来てもらうよう、私が空さまに頼んだんです」


「瀬緒里さんは自分の領域から出ると、神力が使えない。今回の行き先は領域外なんだ。

完全にぼくや瀬緒里さんの事情で来てもらったんだから、君たちには経済的な負担はかけないよ」


 我が背がそう言うと、お二人は顔を見合わせてうなずきました。


「分かりました。じゃ、お言葉に甘えて、お二人の邪魔にならないところから見守っていますよ」






「わぁ、綺麗な里ですねぇ……」


 瀬緒里さんが僕に腕を絡めて言う。宿の部屋からは、この梅花の里が良く見渡せた。

 確かに、この里は一面に梅の林が広がり、今の季節は舞い散る花びらがまるでぼくたちを祝福する花吹雪のようだった。


「……どことなく、月宮の里に似ていますね」


 ぼくがそう言うと、瀬緒里さんはうっとりした顔でうなずき、くすっと笑いをもらす。


「どうしました?」


 ぼくが聞くと、瀬緒里さんはうるんだ瞳でぼくを見つめて、


「いえ、宿帳に名前を記入する時、我が背が瀬緒里のことを『化野瀬緒里』と書いてくださったのが、ちょっとうれしくて、照れくさくて……」


 瀬緒里さんの顔は耳まで真っ赤だが、それはぼくも同じだったに違いない。現に瀬緒里さんはぼくの顔をじっと見て、


「……お互い、早く慣れましょうね? 空さま」


 そう言って微笑んだ。




 今回の旅行は、瀬緒里さんの発案……というか希望だ。


 ぼくが月宮の里から瀬緒里さんを無常堂に迎え入れて3年。その間、瀬緒里さんとは一度だって二人きりの旅行をしたことがなかった。いや、樟葉の言葉を借りて言えば、


『恋人同士のデートのような、甘ったるい時間を二人で過ごす』


 ……ことすらなかったと言える。


「空さんってば、釣った魚にはエサをやらないタイプ? そうだったら、アタシは空さんの義妹《いもうと》ポジションに甘んじてよかったって思うわ」


 ジト目で樟葉が言うと、瀬緒里さんもうなずいて、


「……自分から言い出すのもはしたないかなぁって思って我慢していたんですが、瀬緒里だってお洋服を着て、我が背と夫婦らしく出かけたいなあと思っていたんです。

だめ、でしょうか? これってやはり、瀬緒里のわがままでしょうか?」


 瀬緒里さんはぼくをじっと見つめてそう言う。


 横から樟葉が、ジト目でぼくに決断と返事を促す。


「店のことが心配なら、アタシと周で店番をしとくから。早く義姉《ねえ》さんと遅ればせの新婚旅行をやっちゃいなさいよ」


 そう言われると、ぼくも返す言葉もない。それに茜のことで、瀬緒里さんには心配と苦労をかけたこともある。


「……そうだね。近頃は大きな案件もないし、瀬緒里さんにもいろいろ心配かけたから、埋め合わせってことでどこかに行ってみましょうか。

ちなみに、瀬緒里さんはどこか行きたいところはありますか?」


 すると、瀬緒里さんは思いもかけない地名を口にした。


 ぼくは少し考えて、気になるところを微笑んで聞いてみた。


「もちろん、瀬緒里さんの希望ならそこにしてもいいです。

でも、石見の国となると瀬緒里さんの管轄外でしょう? 神力が使えない場所に行って大丈夫ですか?」


 すると瀬緒里さんは、すすすっと膝を滑らせ、ぼくの近くに寄って来て言う。


「瀬緒里が神力を使えなくても、我が背が守ってくださるでしょう?

それに瀬緒里、ずっと金屋媛《かなやひめ》命様から『遊びにおいで』と誘われていたんです。


里のことについては、昨月の里帰り時に父から『月宮の里については気にするな』と言われましたし、この辺りも四辻之《よつじの》巌命《いわおのみこと》が御嵩《みたけ》祝子命《ほうりのみこと》の指導で頑張っていますから、瀬緒里が居なくても1~2週間くらいは大丈夫だと思うので……」


「あ、瀬緒里さんって、この辺りの地区マネージャーって感じなんだ?」


 樟葉が目を丸くして言う。




 その時、部屋の戸が開いて周が声をかけて来て、ぼくを回想から引き戻した。


「空さん、風呂に行きましょう」


 露天風呂は、男湯だけでも5百坪(約千6百平米)ほどの広さがあった。女湯との間は、2間(約3・6メートル)ほどの板塀が立てられている。

 源泉の温度が高いのか、あちこちのお湯の噴出し口からは白い湯気が立ち上っていた。


 そして、宿の建物よりも高い位置にあったので、眺望は一段と素晴らしい。宿とその周辺の小路、麓の町並み、あちこちにある梅林……そして遠くに青く輝く山並み。

 それが一望できるのだ。


「おお、すげえや!」


 めったに感情を動かさない周が、遠くの景色を眺めて子どものような声を上げる。そして、ほしいものを手に入れた子どものように、ぼくを振り返って言った。


「空さん、早いとこ浸かりましょう。いい命の洗濯になりますよ」


 はしゃいでお湯に入る周に、思わず小学生の頃を思い出す。そういえば、彼とは兄の昌《あきら》も含めて、よく一緒に風呂に入ったものだった。


(それに、茜も一緒だったな。茜のやつ、5年生くらいまでは一人でうちに泊まりに来て、一緒に風呂に入って、一緒に寝ていたな)


 思い出すと、少し胸の奥がちくりと痛む。でも、茜もきっとどこかでこの空を見上げているだろう……そう思うと、心に刺さったとげが温かな膜に包まれてゆっくりと小さくなっていくようだった。


「空さん、背中流しますよ」


 周の声を聞いて、ぼくは目を開ける。心配そうな周の顔を見て、ぼくはにこりと笑ってうなずいた。


「そうだね。昔みたいに洗いっこしようか」


 そう言って立ち上がった時、女湯の方から瀬緒里さんと樟葉の声が聞こえてきた。


「わぁー。やっぱ瀬緒里さんって神様だけありますね。すごく肌が滑らかでうらやましいなぁ。結構スタイルいいし」


 樟葉は興奮すると声が大きくなる。つまりは本気で羨ましがっているようだ。


「そ、そうですか? む、胸なんかは樟葉さんの方が大きいと思いますが?」


 瀬緒里さんの声がやけに自信なさげだ。これは後で安心させてやらないといけないんだろうな。


 そう思ってクスリとした時、背中を流している周が、低い声で聞いて来た。


「空さん、もしよかったら申非五蝿《サルヒサバエ》を問い詰めていた時のことで、聞きたいことがあるんですが?」


 ぼくはうなずいて言う。


「ぼくの周りに神気が立っていたことかな?」


「いえ、それもありますが、素戔嗚命様が仰った『蕃《そと》の神』についてです。

いったい『蕃の神』とはどういう含みなんでしょうか?

あのときの空さんの神気、人間の量じゃありませんでしたし、まるで巨大な竜のようにも見えました。そのことと関係があるんでしょうか?」


 ぼくは首を振って答えた。


「いや、ぼくにもよく分からない。あの後、月宮の皇子様にも聞いてみたが、皇子様は薄く笑うだけで何も答えていただけなかった。

神気が立っていたのはぼくも感じていたが、それほどのものとは思っていなかったし。

ありがとう周。今度はぼくが背中を流そう」


 そう言って、ぼくはこの話を切り上げた。




 部屋に戻ると、瀬緒里さんは先に上がって浴衣姿になっていた。


「あ、遅れてすみません。周とつい、いろいろ話していたんで」


 ぼくがそう言うと、瀬緒里さんはジトーっとした目でぼくを見る。頬は赤いが、目がちょっと怖い。うーん、何か瀬緒里さんのご機嫌を損ねるようなことがあったのだろうか?


 ぼくは微笑んで呼び掛ける。


「あの、瀬緒里さん?」

「つん」


 瀬緒里さんはそう言ってそっぽを向く。やはり、瀬緒里さんがすねるような何かがあったんだろう。


「瀬緒里さんはぼくにとって、理想の女性ですよ? 内面も、外面も」


 そっぽを向いている瀬緒里さんの口元が、わずかに緩んだ気がした。

 しかし、瀬緒里さんはつんとしたまま言う。


「で、でも。樟葉どのの話では、中学・高校時代の我が背は、お胸の発育がよろしい女性ばかりが載った本を、何冊も部屋に隠していたとか」


「樟葉……あいつ……」


 ぼくの脳裏に、てへ顔した樟葉の顔が一瞬だけ浮かんで消える。


「瀬緒里は地祇なので、最初我が背と別れてから千年、次に我が背を失ってから5百年の時をさまよいました。

我が背が月岡円空《つきおかえんくう》様と仰っていた最初の結縁の時も、黒見原空也《くろみはらくうや》様であった2度目の結縁の時も、瀬緒里は正式に我が背の隣に立てる立場になる前に我が背を失いました。


ですから、妻と名乗れる立場になったのは今回が初めて……。それで、我が背を三度《みたび》あんな形で失いたくはない、今度こそ我が背を守らねばならないと決心しました……」


 静かにぼくの目を見て瀬緒里さんは続けた。


「……此度、我が背が黄泉の国に行かれたと知って、またも我が背を失うのではないかと、怖くて、悲しくて、悔しい思いでいっぱいになりました。


だから瀬緒里は、せめて我が背と二人きりの時は、自分に嘘を吐かず、地祇・瀬織川津媛ではなく化野空の妻・瀬緒里として素直になることにしたんです。


わがままかもしれませんが、瀬緒里は我が背の一番……いえ、たった一人の特別な女性でないと嫌なのです」


 ぼくには最初の縁も、二度目の縁も、詳しい記憶はない。けれどだからこそ、別れの痛みを一人で抱えて千5百年もの時を歩いて来たという瀬緒里さんの気持ちに寄り添わねばと思った。


 ぼくはゆっくりと瀬緒里さんの側に行き、しっかりと抱きしめる。瀬緒里さんの身体は、ぼくが幼い頃に感じた時と同じく早春の風のような香りがした。


 瀬緒里さんは目を閉じ、ぼくの背中に手を回すと、安心したように深いため息を吐いた。




「……今、空さんたちを夕飯に誘うのは無粋ってもんだな」


「……だね。じゃ、しばらく部屋に戻ってようか」


 樟葉と周は、ぼくたちの様子を見て、そう言いながら部屋に戻ったんだと、後から樟葉がこっそりと教えてくれた。



★ ★ ★ ★ ★


【破の段】消えた二人



「空さん空さん! 大変よ!」


 次の朝、樟葉は血相を変えて空と瀬緒里の部屋にノックもなしに飛び込む。


「きゃっ!」

「あ、瀬緒里さん。す、すみませんっ!」


 ちょうど寝間着を脱いだ瀬緒里とぱったり目が合い、樟葉は慌てて後ろを向く。

 瀬緒里は手早くスカートを穿き、ブラウスを羽織ると聞いた。


「ふぅ……。で、樟葉さん、いったい何事ですか? ノックくらいしてください」


「す、すみません。ノックもなしにドア開けちゃって」


 謝る樟葉に、瀬緒里は優しい笑みを向けて、


「……それはもういいです。こんな朝からあなたがこれほど慌てているということは、それなりの理由があるのでしょうから」


 そう言うと、樟葉はバツが悪そうに頭を掻き、


「ええ、まぁ……。あの、空さんと周は?」


 そう聞く。


 瀬緒里は首をかしげて答える。


「我が背と周どのなら、朝早く散歩に出かけましたが? 周どのが気になる場所があるとかで」


「えっと……実はアタシの捲《けん》ちゃんも、少し落ち着きがないんです。で、崑《こん》ちゃんに周囲を視てもらったんですが、結構“歪み”が出ているんですよね。

空さんと周は大丈夫でしょうか?」


 瀬緒里のいつもと変わらぬ態度に、樟葉は少し不安が増す。ここは地祇である瀬緒里の管轄外、神力が使えないのだ。


 樟葉の不安と戸惑いの目を見て、瀬緒里はくすっと笑う。どこか困ったような笑いだった。


「我が背のことです、無理はなさいません。それに周どのもいますし……。

まったく、我が背はこうと思ったら聞かないお方ですから。少しは私たちの心配も考慮してくださるといいのですが」


(瀬緒里さんは、不安の中でも空さんを信頼しているんだな。アタシも、二人のためにできることをしなきゃ)


 そう思った樟葉は、


「……そ、そうですよね。じゃ、アタシたちは先に朝ごはんでも食べてましょうか?」


 笑ってそう言う。いつもの整った冷たい笑顔ではなく、ひびの入った仮面のような笑顔だったが、瀬緒里はいつもどおり微笑んでうなずいた。




 空と周は、温泉街から少し離れた梅林に来ていた。川を挟んで対岸に、空たちが泊っている旅館が見える。


「……空さん、もうすぐです」


 周はバンダナを左手首に巻いている。これは、彼が仲間である狗神を呼び出していることを意味する。


 空は半眼になって、朝風に散る梅の花弁を見ている……のではなかった。彼は周の言葉に対し、小さく言い返す。


「これは、だいぶ因果が深いな。時間をかけてゆっくりと場を歪ませてきたようだ。

時間がかかっている分、これを塞ぐのも、解除するのもかなり苦労しそうだな」


 空がそう言った時、梅の木陰から制服姿の警官が二人出て来て、彼らの前に立った。


「君たち、すまないが、ちょっと話を聞かせてもらっていいかな?」


 中年の警官が手帳を提示する。本物だった。


「俺たちは散歩していただけだ。別に話すことなんてないぜ」


 周が空の前に出てそう言うと、もう一人、青年の警官がムッとして聞く。


「まだ朝の5時半だ。散歩にしては早過ぎはしないか?」


「何時に散歩しようと俺たちの勝手だろう?」


 食って掛かろうとする周を、空はやんわりと押し留め、


「まあまあ、周。この人たちも仕事なんだ。こんな朝早くからお疲れ様ですが、何か事件でもあったんですか?」


 青年の警官に向かって聞く。警官は空に向かって、ムッとした顔のまま聞いた。


「その前に、名前と住所を教えてもらおうか」


「てめぇ、何があったか知らないが、俺の空さんを容疑者扱いするんじゃねぇ!」


 ブチ切れ寸前の周に、空は優しく声をかける。


「おいおい、怒ってもらうのは嬉しいが、もう少し冷静になってくれよ。

ぼくは化野空、いま、あそこの旅館に妻や友人たちと宿泊しています」


 空が指さす旅館をちらりと見て、中年の警官が微笑んで聞く。


「ほう、旅行かね? この温泉は気に入ってもらえたかね?」


「ええ。妻も友人たちもすっかり気に入ってますよ。なあ周、露天風呂からの眺めは最高だったな」


 空の目配せを受けて、周はうなずく。


「ええ。なんかすごすぎて、空さんや兄貴と一緒に風呂に入っていた頃を思い出しましたよ」


 中年の警官は周と空をじっと見ていたが、ふっと顔をほころばせると、


「……いや、朝から声をかけて済まなかったね。気を付けて散歩を楽しんでくれ」


 そう言うと、青年警官を連れて歩き出そうとした。


「あ、ちょっと」


 空がやんわりと引き留めると、中年の警官は振り返り、穏やかに聞く。


「何だね?」


「差し出がましいとは思いますが、どんな事件が起こっているのかを聞かせてもらえますか? ぼくはあの旅館に四・五日逗留しますので。あ、これ名刺です」


 中年の警官は、『合名会社無常堂 代表社員 化野 空』と印字された名刺を見て、


「事件性の有無を調査している段階なので、事件のことは話せないが、もし妙な話を聞いたり、怪しい人物を見かけたら、すぐに情報を提供してもらえると助かるよ」


 そう言いながら、名刺を差し出した。


 空は警官の名刺を受け取り、ニコッと笑ってうなずく。


「分かりました。本当にお疲れ様です」


 空はそう言って二人を見送ると、周に向かって言った。


「帰って、何があったのかをこの名刺に聞いてみよう」






 その二日前、梅の林の中を二人の女性が歩いていた。


 一人は、うらやましいくらいに整った、背中まである黒髪と鳶色の瞳が印象的だ。

 彼女は、周囲の梅の花をうっとりとした表情で眺めていた。


 もう一人、地図とにらめっこしている女性は、金髪ポニテでやや小柄だが、きびきびとした動作に元気があふれていた。


「おかしいなぁ、金野はんの話では、ここらにあるはずやで。『座敷童を閉じ込めた蔵』っちゅうもんが。戻子《れいこ》、何も見えへんか?」


 戻子は、ほわほわした声で答えた。


「うーん、それらしいものは見当たらないなぁ。蔵っていうからには平らな所に建てられているだろうし……。もう一つ上の林じゃないかなぁ?」


「まったく、梅ちゃんはうちらを便利屋思うてへんか? 犬神の時も狐憑きの時も怖い思いしたのに、今度は座敷童やで? うちがお化けや幽霊が苦手なこと知って、わざとやってるんちゃうやろな?」


 鏡子《きょうこ》がぶつぶつ文句を言っている。まぁ、私もその気持ちは分からないでもない。今まで梅ちゃんが持って来た話で、ろくな目にあっていない私は、正直この話を聞いた時、


(あぁ、どうせ何を言っても私たちで調査することになるんだろうなぁ……)


 と、心のどこかで悟ってしまっていた。


 それは鏡子も同じだったようで、梅ちゃんの研究室に呼び出された瞬間、


「戻子ぉ、今度はどないな怖い目に遭うんやろなぁ……」


 遠い目でそう言ったものだ。


 案の定、今度は『座敷童が出る』という蔵の調査で、地域の話も取材してその話の成立過程を明らかにする……というものだった。


「鏡子、今度の調査目的は『成立過程の推論』だから、座敷童の存在を確認する必要はないんだよ?

だから、民話や証言を集めて、現場を見て地理的な条件を確認すれば現地調査は終わりだよ」


 私は、過去の経験からすっかり震えあがっている鏡子をそう言って励まし、ここ、梅林の里にやって来たのだ。


 大学を出る時は梅ちゃんへの呪詛や自分の運命を呪って悲劇のヒロインムーブをしていた鏡子だが、いざ電車に乗って駅弁を食べ、梅林の里で温泉に浸かったらすっかりいつもの元気を取り戻していた。


 それでも、こうやって調査対象を見つける段になると、梅ちゃんへの恨みつらみが口を衝いて出るのだった。


「あかん。うちもう疲れた」


 鏡子がギブアップを宣言する。しかし、調査日程もあと二日、移動を考えると実質今日が最終日だ。


「鏡子、後は現地を確認して、写真撮影と測量すれば遊べるよ? だから最後のひと踏ん張り、頑張ろう?」


 私がそう言った時、急に


 ザザザーッ!


 強い風が吹いて、地面を彩っている梅の花弁を巻き上げる。まるで、時間を巻き戻して見る花吹雪のようだった。


「うひゃっ! なしてこないな強い風……」


 腕で顔を覆っていた鏡子の声が途切れる。と共に、不意に風はやみ、辺りを静寂が包んだ。


 私は、突然訪れた静けさに、気味の悪さを感じながら目を開ける。


 そして、私は……いや、私たちは見たのだ。白塗りの土蔵を。


「……なんやこれ?」


 しばらく私たちは呆けていた。だって、さっきまでこんな土蔵、影も形もなかったのに、風が吹いて、梅の花弁を巻き上げて……で、唐突に現れたんだもの。


 法神流剣術の目録持ちで剣道6段の鏡子も、さすがに『なんやこれ』としか言えなかったのも分かる。


 けれど、これが鏡子の凄いところで、ただ呆けているわけではなかった。

 彼女はすぐに鋭い目つきで周囲を見回し、


「そこに居るのは誰や!? 姿を見せんかい!」


 土蔵の陰になっている部分に斬り付けるように声を投げつけた。


 すると、空気がぞわりと重くなる。一瞬で重くなるのではなく、影のところにいる“何か”を中心に、どろりとした空気が流れてくる……そんな感じだった。


「鏡子」

「うん、うちから離れんといてや。戻子はうちが守るさかい」


 鏡子は私を後ろ手に守って、“何か”の前に立ちはだかる。

 狐憑きの調査の際に、『黒い狐さんの方が頼りになる』って思っちゃってごめん鏡子……私は何故か、こんな時にそんなふうに思っていた。だから私は鏡子から“鈍感で天然”って言われるんだろうな。


 重い空気の渦が、少しずつ近付いて来る。冷気をまとった“何か”は声も出さず、ただひたひたと軽い足音だけを立ててこっちに向かってくる。


「……戻子、ゆっくり下がるんや」


 鏡子は小声でそう言うと、私を守りながらじりじりと“何か”から距離を取る。そして20メートルほど離れた時、急に、


「今やっ! 逃げるで戻子!」


 そう叫ぶと、私の手を取って一目散に駆けだした。


「どこに逃げるの!?」


「どこでもええ! とにかく麓まで駆け下りるんや!」




 私と鏡子は、駆けに駆けた。こんなに走ったのは高校時代のマラソン大会以来だ。ちゃんと日々の運動を続けていればよかったな……熱い息を吐きながら、私は日頃の運動不足を反省する。


 たっぷり10分は走った。もう息が続かない……私が限界を感じた時、鏡子が不意に立ち止まった。


 どしんっ。

「あ痛っ!」


 私は勢い余って鏡子にぶつかったが、武道で鍛えた体幹を持つ鏡子は、私より小柄なのにもかかわらずびくともしなかった。


「……どうしたの鏡子?」


 鼻の頭を押さえながら聞くと、鏡子はただ一言、


「あかん……」


 そう言って前を指さす。絶望がしゃべっているような声だった。


 私は鏡子が指さす方に視線を向けて、息をのんだ。同時に鏡子と同じくらいの絶望を感じた。だって、そこにはあの白壁の土蔵が立っていたのだから……。


★ ★ ★ ★ ★


【急の段】囚われの二人



 あれだけ必死に走ったのに、白壁の土蔵は目の前にある……どういうことだろう?


 道がループしている?……いや、私たちはずっと下り坂を走っていた。


 土蔵が追いかけて来た?……ふつうはあり得ないけど、一応考慮する価値はある。ソラさんの言葉じゃないけれど、何らかの拍子に私たちがこの土蔵との縁を結んでしまったなら、“追いかけてくる”というのも荒唐無稽な話じゃない。


 それと、最後はもっともあり得そうな仮説……“ここは異世界である”。異世界なら、方向や高低差などの物理的法則はあんまり関係ない気がする。


 私が頭の中で、いろんな仮説を考えていると、不意に鏡子が言った。


「見てみぃ戻子。あれが怪異の正体やで!」


 鏡子の声にハッとして私が前を向くと、ちょうど“何か”が土蔵の陰から出てくるところだった。


「鏡子、あれって……」


 私は思わずつぶやく。鏡子も、“何か”の正体を見て声を無くしていた。


 それは、5歳くらいの女の子だった。


 泥まみれの素足に擦り切れた草履をつっかけ、細くて青白い脚。


 ほつれた赤いスカートに、あちこちに破れが目立つ白いブラウス。


 そして、その顔には表情がなかった。光を失って焦点があっていない目、薄く引き結んだくちびる、ボブカットにした黒髪が、やけにつやつやしていたのが、かえって不気味だった。


 しかし、これらのことを差し引いたら、この子はとても顔かたちは整っている方だろう。そんな子がなぜ、座敷童と呼ばれ、これほど冷たく、重い空気を引きずっているのか、それが不思議だった。


(なぜだろう、あんまり怖くない。ううん、怖がらなきゃいけないんだろうけれど、この子は何故か、放っておけない気がする……)


「戻子、どないしてん?」


 鏡子の声が聞こえているが、なぜか私はその子に目を奪われていた。


 その時の私は、“怖い”より“悲しい”という感情の方が強かった気がする。


「戻子、返事してや。戻子、悪い冗談はよしこさんやで?」


 鏡子が何か言っている。でも、もう私は自分の考えに囚われてしまっていた。


(なんか、私の子どもみたいな気がする。ふふっ、そんなことないよね。だってあの子が5歳だとしたら、私は中学生の時に……!)


 その時、私の背中に悪寒が走る。身体中の毛穴がぎゅっと引き締まる。いろんなところを撫でまわされる、ぬちゃんとした感触が、私の嫌悪感を刺激する。


 息が早くなる。肩が激しく上下するのに、息が苦しい。酸素がない空間で息をしているみたいだ。


 頭の中を、一つの言葉……いや、一つの名前がぐるぐる回っている。


 “黒見原空也”……これは誰の名前だろう?


 そして再び、私の身体を何かが執拗に撫でまわす。虫唾が走る。吐き気がする。頭が痛い。


 そして、身体が裂けるような鈍く、熱い痛みが襲ってくる。


『黒見原空也さま……わたしはもう、二度とあなた様の前には……』


 誰の泣き声? これは、私の?


 私は不意に頭を抱えて、地面に突っ伏した。


「戻子、どないしたんや!? 戻子!?」


 鏡子の声を聞きながら、私は意識を手放した。






「一条戻子さんと貴家鏡子さんが、この里で行方不明に? 我が背よ、それは本当のことですか?」


 瀬緒里さんが眉を寄せて聞いて来る。ぼくはスマホを切るとうなずいて答えた。


「うん。樟葉の“共観”で見えたそうだ。今、梅ちゃんに確認した。この里で座敷童が出るって噂があって、その経緯を調査しに来ているそうだ」


 その時、宿を調べに行っていた樟葉が帰って来た。


「空さん、戻子さんたちは3泊4日の予定で宿を取っていたわ。今日が最終日なのに、昨日から宿に戻っていないから、今朝早く警察に連絡したそうよ」


「よく旅館が連絡してくれたね。まだ今日一日は止まる権利はあるんだから、チェックアウトの時間まで待つんだろうけど」


 ぼくが言うと、樟葉は目に怒りの色を浮かべて吐き捨てるように言った。


「それがさぁ、宿代を踏み倒されるのが嫌だったからだって。あのオーナー、すんごいきもかったよ。生理的に無理って感じ」


 樟葉がこれだけ毛嫌いするのは珍しい。こう見えても彼女は誰の心にもすっと入り込める特技がある。

 その樟葉がこんな言い方をするのなら、よほどその主人の態度が鼻持ちならないものだったのだろう。


「とにかく、戻子さんたちがどんな様子だったかを知る必要があるね。それは樟葉にお願いできるかい?」


「ええ? アタシ、あの主人は苦手だなぁ。それって周に頼めない? アタシはさ、戻子ちゃんたちがどこを調査していたかを調べるからさ。ね、空さん、お願いっ!」


 樟葉が拝むようにぼくを見てそう言う。ぼくはため息をついてうなずいた。


「……分かった。じゃ、宿の方は周に頼もう。ただ樟葉……」

「うん。何、空さん?」


 ホッとする樟葉の目を見て、ぼくは悟った。


(なるほど、座敷童だけじゃないのか。だったら樟葉に現場を見せた方がいいな)


 キョトンとして首をかしげる樟葉を見て、ぼくは樟葉がなぜフィールドに行きたがるかをまだ自覚していないと確信する。


「……これは忠告だ。お前は“隠れ里”に呼ばれている。勝手に飛び込んだり、取り込まれたりするような無茶な真似はしないでくれ」


「あはっ、空さんったら……」


 樟葉はぼくの目を見て、茶化そうとした言葉を飲み込む。

 そして一瞬真剣な顔になった後、にっこりと笑って人差し指を自分のくちびるに当て、それをぼくのくちびるに当てて言った。


「……分かった、約束する。心配しないで、『お兄ちゃん』」


 そう言うと、サッと身をひるがえして部屋を出て行った。


 樟葉がいなくなった後、ぼくは自分のくちびるにそっとふれる。人差し指のキス……それはぼくが高校2年、樟葉が中学3年の時から続く、“本気の約束”としての儀式だ。


「……『お兄ちゃん』か……」


 ぼくはその言葉と樟葉の笑顔に少しの不安を覚える。これは早く周に宿を確認してもらったがいい。


 そう思ったぼくが、ドアの方へ顔を向けた時、笑顔で頬をぴくぴくさせている瀬緒里さんと、その後ろで『あちゃ~』と頭を抱えている周が立っていた。


「ちょうど良かった。周、お願いがあるんだが……」


 ぼくがそう言うと同時に、周が親指で瀬緒里さんを差しながら、


「空さん、今のはマズいっすよ。あれが空さんと樟葉の“儀式”だってことは知ってますけどね、瀬緒里さんの前でやっちゃマズいっすよ」


 そう言ってくる。


 瀬緒里さんは、冷ややかな声で


「……こんな時に“義兄妹恋愛ごっこ”ですか。いいですねぇ~……つん」


 そう言って横を向いた後、青くなったぼくの側まで来て、じっとりとした視線を向けて、


「……まぁ、いいです。言い訳は後でたっぷりお聞きしますので、せいぜい頑張って私の機嫌を取る方法を考えておいてください。

それより月宮の坊、これからどうしますか?」


 そう聞いて来る。


 とりあえずぼくは冷や汗を拭いて、一つ深呼吸をして言った。


「周、さっきの頼みって言うのは……」






 俺(周)は、一条さんや貴家さんが泊まっていたという宿に足を向けた。俺たちが逗留する旅館の少し上流にあり、この界隈では最も古くから宿屋をやっているという。


「……なるほど、確かに歴史だけはありそうだな」


 俺は、木造2階建ての旅館の前でそう独り言ちる。早速玄関に向かおうとして、俺の相棒である狗神たちがそわそわしだした。


「……なんだスケキヨ。何を気にしている?」


 こいつらが俺の呼び出し以外で姿を現すことはまずない。あるとしたら緊急事態ってことだ。そしてこの場合もやはりそうだった。


 俺がバンダナを外すや否や、スケトモが本館の横へと駆けだす。俺はスケトモに指示を飛ばす。


(スケトモ、スケキヨと一緒に先に行け。俺は後から追いつく)


 スケトモはこっちを見て2・3度尻尾を振り、スケキヨと共に別館の方へと駆けだす。


「こっちはこれでいいな。俺は主人に会いに行くか」


 そうつぶやいて、俺は旅館の中へ入った。そして早速受付に名刺を提示する。


 『合名会社無常堂 専属ライター 伏 周』


 これが空さんがくれた俺の肩書の一つだ。


「……つまり、わたくし共の旅館を取材したいと?」


 俺の話を聞いたこの宿の主人、金野成木《こんのしげき》は、あからさまに不審そうな眼を向ける。なるほど、樟葉がこの男を嫌う理由が分かった。


 樟葉は、この男が脂ぎっていて、瞼と下唇が腫れぼったくて、息が臭いから嫌っているんじゃない。だいたい樟葉はそんなことは余り気にしないし、したとしてもそれで人の好悪を決める女じゃない。


 問題は、この男が持つ雰囲気……正確に言えば腰の辺りにがっちりと絡みついた黒い靄が、明らかに誰かの怨念だったからだ。それもかなり強力な。


(スケトモの動きから考えると、こいつは座敷童と嫌な因縁で結ばれていそうだぜ)


 そう思いながら、俺は金野氏に説明する。


「ええ。座敷童は岩手県を中心に、主に東北で見られる伝承です。それが山陰地方で見られるのは非常に珍しい。これが伝承の伝播なのか、それとも自然発生的なものなのか。そうだとしたら東北と似たところがあるのか……非常に興味深いんです」


 そう言いながら、俺は自分の記事が載ったオカルト専門誌や論文が載った建築学術誌を見せる。『科学的心霊研究家』と『伝統的土木建築研究家』、これが俺のいくつかある世間的な肩書の一つだ。


「そうですね。うちも宣伝になりますし、研究のお役に立てればうれしいです。

では、ご案内いたしますので、こちらにどうぞ」


 金野氏は何か決心したように急に態度を改めて、俺を座敷童がいるという蔵に案内してくれた。




「ここです」


 案内されたのは、別館のさらに奥、周囲をうっそうとした木々に囲まれた土地だった。


 そこに、白壁の土蔵が建っていた。不思議なことに、窓は全部扉に鎹が打ち付けられている。ただ一つ、10メートルほどの高さに開けられた天窓は、扉が開けられていた。


(これじゃ、中の空気は澱んじまってるだろうな)


 俺がそう考えた時、


『クン』


 俺の隣でスケタケが小さく鼻を鳴らす。これは俺に注意を促しているのだ。


 ギイイッと軋みながら重々しく蔵の戸が開く。中は想像どおり真っ暗で、戸口から差し込む光が闇を四角く切り取っている。


「どうぞ。暗いですのですぐ電気を点けます」


 金野氏はそう言って出入口の横にあるスイッチを入れる。ぼやっとした裸電球が奥をほの明るく照らした。


 俺はゆっくりと足を踏み入れる。数歩入ったところで奥に気になるものを見つけた。


 そちらに歩いて行った時、不意に蔵の戸が閉められる。ガシャンという音が、金野氏が俺をここから出すつもりがないことを物語っていた。


「すみませんが、あなたにはしばらくそこに居てもらいます」


 戸の外から、金野氏の平板な声がした。




「……おいおい、冗談じゃないぜ。俺が何か気に障るようなことをしたのか?」


 俺が少し怒気を込めて聞くと、金野氏はせせら笑うように、


「おやおや、思ったより度胸がある方ですね。

いいえ、あなたは何も悪くありませんよ? しいて言えば、ここの座敷童に興味を持ったという運の悪さですかね。

あの二人の女子大生のように」


 やはり、こいつが一条さんたちの失踪に関係していたのか……俺はそう思いながら聞く。


「運が悪いって言い方で閉じ込められちゃ割にあわねぇぜ。

何故、座敷童に興味を持つことがいけない?」


 すると金野氏は、ねとりとした声で答えた。


「ご存じでしょう? 座敷童は悪霊なんですよ。わたしに幸運をくれる死霊……ふふ、手ばかりかかったあの子も……」


 そこで不意に口をつぐみ。また平板な声に戻って言った。


「あなたは、座敷童への“お供え物”です。あの二人と同じ」


 そう言って、高笑いを残し、去って行った。


  【無常堂夜話17 強欲と怒りの物語 後編へ続く】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ここに来て、空と瀬緒里がやっと『夫婦らしい』形になっているなと思います。

しかし、戻子&鏡子は気の毒というか、やはりこの二人がトリガーにならないと話が面白くないですね(鬼畜)

周くんが捕まってしまいましたが、後半はどうなるのでしょう。お楽しみに。

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