『咲くと人が死ぬ花』を、私は知らずに育てていた。
私は花が嫌いだ。
花粉は舞うし、匂いも気に入らない。
茎は持つだけで肌が荒れるし、世話をしても簡単に枯れてしまう。
だから私は、花が嫌いだ。
進級して高校二年生になり、そろそろ進路を考えないといけない時期。
私は学校や家庭に息苦しさを感じていた。
言葉にするのは難しいけど、大人になることを急かしてくるような、追い立てられる焦燥感に毎日襲われていた。
私の心はまだまだ子供で、全然世の中の速度についていけない。
苦しくて、情けなくて、世の中が憎らしくて。
それらが膨れて、胸から零れそうになる。
そんなときは、いつもこっそり、深夜、近所の寂れた公園に向かう。
肌を優しく撫でる夜風を浴びて、月明かりの下、手入れのされていない軋むブランコに乗っていると、少しだけ胸のモヤモヤが溶けていく気がするからだ。
だから、あの花と出会ったときも、私は独りブランコを漕いでいた。
月明かりだけが差し込む公園内で、錆びついたブランコがギコギコと音を出している。
「……あれ?」
ぼんやりと視線を向けていた先に、暗闇の中でも浮かび上がるほど、真っ白な何かが僅かに揺れた。
光っているわけでもないのに、やけに存在を主張している。
私には、迷い人を導く、道しるべのように見えた。
気づけばブランコを飛び降り、誘われるように歩き出していた。
「…………白い、蕾?」
草木に隠れて、夜露に濡れた地面にポツンと一輪だけで揺れている、純白の蕾を持った小さな花。
蕾は小指の先ほどの大きさで、固く閉じ、まだ咲きそうにない。
それでも、夜風に揺れる真っ白な蕾は、見るだけで吸い込まれそうな、不思議な魅力を秘めている。
妙に現実感が薄くて、私はふわふわした気分で蕾に話しかけていた。
「……きみに、仲間はいないの?」
口にしてから、徐々に顔が赤くなっていくのが分かる。
誤魔化すように周囲を見回しても、風が草木をすり抜けるばかりで、蕾と同じような存在感は見つけられない。
「はぁ、私は独りで何してるんだろ」
ため息をついて、私はドサッと白い蕾の横に座り込んだ。
熱くなった顔を手で仰ぎ、これまでより近くで白い蕾を観察する。
蕾は自分より背の高い雑草に囲まれ、窮屈そうだ。
その光景を見ていると……なぜか、息が、苦しい。
「…………」
私は何かをぶつけるように、無言で蕾の周りの雑草を取り除き、言葉にできない思いを抱えたまま、肩を落として家に帰った。
以来、私は公園に行くたび、取り憑かれたように蕾の世話に没頭した。
地面が乾いていれば、たっぷりと水をやり。
蕾が下を向けば、たくさんの肥料をあげた。
蕾のまわりの雑草は、土をひっくり返し、全部綺麗に抜き取った。
それも全て、
「この蕾が咲いてる姿を見たい」
その一心で。
そして、世話を始めて、一週間もしなかったと思う。
――蕾は、枯れた。
蕾の輝くような白さは、泥水が染み込んだかのように変色していた。
『なにが悪かったの……私のせいなの……』と自責の念に襲われた。
『誰のせいだ! 誰がこんなことをしたんだ!!』と他責の念を吐き出した。
知識も、経験も、責任もない私が、関わった結果。
夜の風と、月の光が、慰めるように私に触れる。
深夜の公園で蕾だったものを見下ろし、気づけば私は、静かに涙を流していた。
蕾が枯れてから、私は夜の公園に行っていない。
私にとってあの場所は、もう現実から目を反らせる場所ではなくなったから……。
それに、私が公園に行かなくなってから、あの公園で事件があった。
人が亡くなったらしい。
深夜にパトカーが何台も来て、大騒ぎになっていた。
私の家でも、その事件の話題が上がった。
お母さんが近所の人から話を聞いたみたい。
『死体のそばに、綺麗な白い花が、一輪咲いていた』って。
私は花が嫌いだ。
世話を間違えれば簡単に枯れるし、そのくせ見てないところでは綺麗に咲くのも気に入らない。
花のくせに人を選ぶ傲慢なところなんか、踏み潰したくなる。
なんで、私の前で、咲いてくれなかったんだろう。
私は、花が嫌いだ。




