甲斐の虎
甲斐国躑躅ヶ崎館のトイレでその男は考えていた。
甲斐の虎、武田信玄である。
この男は大事な考え事や、書状などを見る時にトイレに籠る癖がある。
彼の最大の懸案事項は『織田信長』であった、彼は信長と言う男を買っている。
いや、正直見事だと思う。
自身がもう少し京に近く、都の政変に巻き込まれにくい土地に居たならば天下も取れたであろう。
だが、時と場所は信玄に味方をしなかった。
義昭より届いていた過去の書状を思い返す・・・・・。
「信長非道なりて、比叡山を焼き討ちにするらしい、一刻も早く兵を率い上洛致すべし」
確かに信玄は信長が叡山を焼き討ちなどしようものなら一気に攻め込むつもりであった。
事実浅井、朝倉勢や、三好、本願寺などの勢力と連動して抑え込むつもりでもあった。
流石の信長もこれだけの勢力に抑え込まれれば一気に攻め落とせると踏んでいた。
「見事・・・」
と改めてつぶやいた。
この頃の織田家と武田家は決して険悪な関係でもないのである。
と、いうより信長は西方を向いており、東方は正直徳川家、水野家に任せていた。
信長は決して不必要な敵を作らなかった、特に東方の強国である北条、上杉、武田には気味が悪いくらいへり付くらい多額の貢物を送っている。
あまりに弱腰な態度の織田家を見ている重臣達は『織田家などその気になれば一ひねりよ』との思いが蔓延するぐらいである。
そんなこんなで気付いてみると織田家と、武田家では石高にして4倍、経済規模にすれば10倍近くの格差がついていた。
現在の強国達と共闘出来れば対抗出来ないでもないが、その強国同士で争っているのであるからどうしようもない。
そうこう考えているうちに信玄は激しくせき込む。
鮮血が口から飛び散る・・・・。
『結核』である。
そのほかにも体のいたるところにがたがきているのを信玄自身が痛感している。
『人生50年』の時代である、自身も小僧とどこかで侮っていた信長とは13歳も年が違う。
信玄の最大の武器である情報収集能力によると、家臣団も綺羅星のごとく国主クラスの実力を持つ柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀、そして、農民より大名に取り立てられたという羽柴秀吉などなど、集められた情報によりこれら織田家の重臣たちの特徴は政治、軍略、戦術、経済、戦闘どれもそつなくこなしていく者達との判断を信玄は下していた。
これらの家臣団、織田家の巨大化、自身の老い・・・・。
そして信玄の心を曇らせる報告が舞い込んできた。
「北条相模守ご逝去!!!!」
相模の獅子北条氏康の最後を告げる報告である・・・。
武田信玄は織田家に敵対するのは、比叡山の法主が亡命してきたからと言われています。
では、比叡山が存在している世界では攻め込む名目も存在しません。
じゃあ、敵は?と思われますが、意外な強敵を考えています。