第9話:温泉を掘り当てたので、魔導風呂を作ろう
「……これよ」
私はシャベルを片手に、感動で声を震わせていた。
場所は、ログハウスの裏手に広がる岩場エリア。
新入社員のゴロー(ゴーレム)に掘削してもらった穴の底から、もうもうと白い湯気が立ち上っている。
鼻をくすぐるのは、微かな硫黄の香り。
そして肌に感じる、むせ返るような熱気。
「温泉……! まさか、ダンジョンの中に源泉掛け流し物件が埋まっていたなんて!」
私は小躍りした。
前世の記憶を持つ私にとって、お風呂――特に足を伸ばして入れる温かい湯船――は、人生における幸福度の50%を占めると言っても過言ではない。
王城での生活は酷かった。
予算削減の煽りで、使用人用の浴室はいつもお湯が出ず、真冬でも冷え切った水を被っていたのだから。
「ゴロー、ここをもっと広げて! スーは岩の表面を研磨して頂戴!」
『ガガーッ!』『ピキーッ!』
私の指示に従い、従業員たちが動き出す。
ゴローが軽々と巨大な岩盤をくり抜き、浴槽の形を整えていく。
スーがその表面を這い回り、自身の粘液(研磨剤)で大理石のようにツルツルに磨き上げる。
「私は給湯システムの構築ね」
私は『修繕』スキルで、古代の水道管を即席のパイプラインに作り変え、源泉を浴槽へと引き込んだ。
さらに、ただのお風呂では面白くない。
私は鞄から、以前拾っておいた「光の魔石」と「風の魔石」を取り出した。
「埋め込み完了。スイッチ・オン!」
ボコボコボコ……ッ!
岩で作った浴槽に、透明なお湯が満たされていく。
底に埋め込んだ魔石が淡いブルーの光を放ち、水面を幻想的に照らし出す。さらに風の魔石が微細な気泡を生み出し、水面が心地よく波打つ。
「完成……! 『天然温泉・魔導ジャグジー付き大露天風呂』!」
天井の岩盤には『修繕』で開けた通気孔があり、そこからダンジョンの発光苔が星空のように瞬いているのが見える。
完璧だ。王都の高級ホテルにも、こんな設備はない。
「さあ、一番風呂よ!」
私は脱衣所(もちろんこれも即席で作った)で服を脱ぎ捨て、湯船へと足を踏み入れた。
「……あぁ〜〜〜〜……」
声にならない声が漏れた。
熱すぎずぬるすぎない、絶妙な41度。
ジャグジーの気泡が、労働で凝り固まった腰や肩を優しくマッサージしてくれる。
ダンジョンの魔素を含んだお湯は、美容液のようにトロリとしていて、肌に吸い付くようだ。
「極楽……。ここが私の到達点だったのね……」
お湯に浸かりながら、私はふと、フェンリルのことを思い出した。
彼は脱衣所の前で「主の入浴中は我が護衛する」と座り込んでいるはずだ。
「フェン! よかったらあなたも入る? そっちにもう一つ、大きい浴槽を作ったのよ!」
私は壁の向こうに声をかけた。
大型犬用の専用バスだ。
『……主と同じ湯に? し、しかし……』
「遠慮しないで。気持ちいいわよー」
しばらくの沈黙の後、ザブーン、と隣から豪快な水音がした。
壁の隙間から覗くと、巨大な銀狼姿のフェンが、お湯に浸かって目を細めているのが見えた。
『……ほう。これは……悪くない』
「でしょう?」
『温かい水に身を包まれるのが、これほど心地よいとは。……主よ、感謝する』
フェンはうっとりとあくびをし、耳をぺたりと寝かせている。その顔は、伝説の神獣の威厳など微塵もなく、ただの「お風呂大好きワンコ」だった。
* * *
――その頃、王城。
「冷たいっ! なんだこのシャワーは!?」
カイル殿下の悲鳴が浴室に響いた。
蛇口から出ているのは、氷水のような冷水だけ。
彼はガタガタと震えながら、バスタオルを巻き付けて飛び出してきた。
「おい! ボイラーはどうなっている! リリナも風邪を引いてしまうだろう!」
「も、申し訳ありません殿下! 技師たちに見せているのですが、『構造が複雑すぎて直せない』と……!」
侍従が青ざめた顔で報告する。
当然だ。その魔導ボイラーは、アメリアが独自の回路で改造し、効率化させていた特別製。彼女以外に触れる者はいない。
「くそっ、アメリアめ! あいつが日頃の管理を怠っていたからこうなったんだ!」
殿下は濡れた髪をかきむしり、怒鳴り散らす。
その頭上、浴室の換気窓から見える夜空には、奇妙な映像が浮かんでいた。
それは、どこかのダンジョンから誤配信されている映像。
幻想的な青い光に満ちたジャグジー風呂で、極上の表情でくつろぐ美女と、気持ちよさそうに目を細める銀色の神獣の姿。
湯気越しに見えるその肌は艶やかで、ここが地獄(冷水シャワー)であるのに対し、そこは紛れもない天国だった。
「な……なんだあれは……?」
カイル殿下は呆然と空を見上げた。
その映像が、自分が追放した元婚約者の「現在」であるとは、まだ信じたくなかった。ただ、無性に、どうしようもなく――羨ましかった。
王都の民衆もまた、空を見上げていた。
『おい見ろよ、あの風呂……ジャグジー付きだぞ?』
『俺たちの家よりいい暮らししてねえか?』
『ていうか、あの狼……まさかフェンリル様じゃ……?』
アメリアの知らぬ間に、王都の「世論」は、急速に彼女の側へと傾き始めていた。
彼女が「いいお湯だな〜」と鼻歌を歌っている、まさにその瞬間に。
第10話予告「王都はパニックですが、私は絶品シチューを煮込み中」
ついに王都の守護結界が崩壊!魔物の侵入に怯え、カイル殿下たちが悲鳴を上げる中、アメリアはダンジョンの「古代保存食」を『修繕』して最高級食材へ。
「あら、何か割れる音がした?」外の騒ぎはBGM。とろけるお肉と野菜のビーフシチューに舌鼓を打つ、優雅で残酷なディナータイムが始まる第10話!




