第8話:襲ってきた魔物は『修理』して従業員(スタッフ)にします。
「……手が足りないわ」
優雅な朝食の席で、私はぽつりと呟いた。
目の前には、焼きたてのパンと、フェンリル(人型モード)が森で狩ってきてくれた高級ベーコンのエッグベネディクト。
完璧な朝だ。しかし、私の表情は曇っていた。
「どうした、主よ。背中が痒いのか? それとも、あの太陽が眩しいか? ならば我があの恒星を消し飛ばして……」
「だからスケールが大きいのよ、フェン。違うの、家事の話」
私はカップを置いた。
このログハウスでの生活は快適だ。しかし、快適さを維持するためには労働が必要である。
庭の雑草抜き、水源のフィルター掃除、そして広すぎるダンジョンの整地。
これまでは私が魔法でこなしていたが、リゾート地として拡張するには、私一人の手では限界がある。
「従業員が欲しいのよ。文句を言わず、力持ちで、できれば私の『修繕』を手伝ってくれるような……」
ズズズズ……ッ!
その時だった。
私の願いに応えるかのように(あるいは最悪のタイミングで)、テラスの向こうから地響きが聞こえてきた。
『ガガガ……ギギ……ッ』
『ボゴォ……ジュル……ッ』
現れたのは、二体の魔物だった。
一体は、廃棄された鉄くずや岩石が無理やりくっついたような、全長三メートルの「ジャンク・ゴーレム」。
もう一体は、ヘドロのような毒々しい紫色をした「ポイズン・スライム」。
どちらも殺気立っている――ように見える。
「主よ、下がっていろ!」
フェンが瞬時に立ち上がり、殺気を放つ。
彼の指先に圧縮された魔力が集まる。一撃で塵にする気だ。
「待って、フェン!」
「何故だ? 主の安眠を妨げる害虫だぞ」
「よく見て。……あのゴーレム、右膝の関節が錆びついて、一歩歩くたびに軋んでるわ。きっと凄く痛いのよ」
私の『解析眼』には見えていた。
ゴーレムの赤い目は、怒りではなく、激痛によるSOS信号を発していることを。
そしてスライムも、体内に有害な廃液が溜まりすぎて、苦しんでいることを。
「可哀想に。このダンジョンの劣悪な環境の被害者ね」
私はフェンの制止を振り切り、魔物たちの前へ歩み出た。
ゴーレムが巨大な腕を振り上げる。フェンが息を呑む。
けれど、私は逃げない。
その腕が振り下ろされる軌道を見極め――すっと懐に潜り込み、その「錆びついた肘」に手を添えた。
「痛かったわね。今、楽にしてあげる」
スキル発動――『修繕』!
カッ!
閃光がゴーレムの巨体を貫く。
錆が剥がれ落ち、摩耗したギアが新品に換装され、歪んでいた骨格が矯正される。
同時に、私は背後のスライムにも左手をかざしていた。
「あなたもよ! 『濾過』!」
スライムの体から、黒い汚泥が分離され、蒸発していく。
数秒後。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
鉄くずの塊だったゴーレムは、継ぎ目のない滑らかな装甲を持つ、銀色の「ミスリル・ガーディアン」へ。
ヘドロまみれだったスライムは、陽光を透かすほど透明で美しい「クリスタル・スライム」へと変貌していたのだ。
『……? ……!?』
ゴーレムが自分の手を見つめ、恐る恐る関節を動かす。
無音だ。油を差したばかりの機械のように、驚くほど滑らかに動く。
スライムは自分の体が軽くなったことに歓喜し、プルプルと私の足元で跳ね回っている。
「ふふ、よかった。もう痛くないでしょう?」
私が微笑むと、二体の魔物は顔を見合わせ(スライムに顔はないが)、そして――。
ザッ!
ゴーレムが美しい姿勢で膝をつき、騎士の礼をとった。
スライムは私の靴を、丁寧に(そして汚れ一つ残さず)磨き始めた。
「……フェン。どうやら彼ら、働く気があるみたい」
「……呆れたな。魔物を修理して手懐けるとは」
フェンは呆れつつも、尻尾を揺らして感心している。
「では、面接を行いましょうか」
私は彼らに向き直り、咳払いをした。
「我が『ダンジョン・リゾート』へようこそ。あなたたちを従業員第1号、第2号として採用します」
「主な業務は、警備と清掃、そして土木作業。ただし……」
私は人差し指を立てた。
「ブラック労働は禁止よ。三食魔力付き、週休二日制、そして毎日私がメンテナンスを行います。……どう?」
その条件を聞いた瞬間、ゴーレムの目が『カッ!』と輝き、スライムが『ピキーッ!』と嬉し泣きのような声を上げた。
どうやら、前の職場(野生)は相当過酷だったらしい。
こうして。
力仕事担当の「ゴロー(ゴーレム)」と、清掃担当の「スー(スライム)」が仲間に加わった。
ゴローは人間十人分の速さで岩を運び、スーは廊下をピカピカに磨き上げてくれる。
私の理想とする「優雅なスローライフ」のピースが、着々と埋まっていく。
――だが、私はまだ気づいていなかった。
スーが磨き上げたこの「クリスタル・スライム」の体が、光を反射するあまりに高性能なレンズとなり、あの「誤作動中の配信水晶」の映像を、より鮮明に、より広範囲へ拡散してしまうことになるなんて。
王都の広場では、巨大スクリーンと化した空に映る映像を見て、民衆がざわめき始めていた。
『おい見ろよ……あの令嬢、伝説のゴーレムを庭師にしてるぞ?』
『すげえ……王城の近衛兵より強そうじゃねえか……』
私の知らないところで、ダンジョン・リゾートの評価(株価)は爆上がりし、逆に私を追放した王国の評価はストップ安になろうとしていた。
第9話予告 「温泉を掘り当てたので、魔導風呂を作ろう」
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