第7話:犬だと思ったら、伝説の神獣フェンリルでした
「――主よ」
私の頭の中に、低く甘い、チェロのような声が響いた。
次の瞬間。
私が抱きついていた巨大な銀狼の体が、再びまばゆい光に包まれた。
「えっ、嘘。また故障? 接触不良?」
私が慌てて手を離そうとすると、光は収束し、狼のシルエットが人の形へと変わっていく。
ふわり、と風が舞った。
光が晴れた後に立っていたのは、一人の青年だった。
月光を紡いだような長い銀髪。
琥珀と黄金を混ぜ合わせたような、神秘的な瞳。
鍛え上げられた長身に、ボロボロだった毛皮が変化したのか、黒を基調としたシックな軍服のような衣装を纏っている。
ただし、その頭にはフサフサの獣耳があり、お尻からは立派な尻尾が生えていた。
「……ええと」
私は瞬きをした。
王城の舞踏会で何百人もの貴公子を見てきたけれど、目の前の彼ほどの美貌を持つ人間は見たことがない。カイル殿下が霞んで見えるレベルだ。
彼は私の目の前に優雅に跪くと、そっと私の手を取った。
「我が名はフェンリル。太古の神々に創られ、そして『制御不能』として廃棄された兵器だ」
彼は熱っぽい瞳で私を見上げ、私の指先に口づけを落とした。
「数千年の間、誰もが我を恐れ、封印し、あるいは殺そうとした。……壊れかけた我を『直した』のは、貴女が初めてだ」
「は、はあ……。どういたしまして?」
私が戸惑いながら答えると、彼はうっとりと目を細めた。
「ああ、その魂の輝き……。貴女こそ、我が待ち望んだ唯一の主。我が身も、我が心も、今この瞬間から全て貴女のものだ」
【システム警告:対象からの好感度が測定不能です】
私の脳内スキルが、聞いたことのない警告音を鳴らしている。
どうやら私は、ただ狼を修理したつもりが、伝説の神獣(しかも激重感情持ち)をテイムしてしまったらしい。
「えっと、フェンリルさん?」
「フェンでいい。貴女になら、なんとでも呼ばれよう」
「じゃあ、フェン。とりあえず立って。その……顔が近すぎて、目のやり場に困るから」
私が言うと、フェンは立ち上がった。
背が高い。私より頭二つ分は大きい。
彼は私を見下ろし、何かを期待するように尻尾をパタパタと振っている。
「主よ。我に何か命令を。敵を滅ぼすか? 国を一つ消し飛ばしてくるか? それとも、あの空に浮かぶ月を落としてこようか?」
「スケールが大きすぎるわ! やめて、穏便に生きたいの!」
私は慌てて止めた。
この人(狼?)、放っておくと本当にやりかねない。
私は咳払いをして、努めて冷静に言った。
「私の望みは一つだけ。ここで静かに、快適なスローライフを送ることよ。……だから、そうね」
私は彼を見つめ、少し残念そうに言った。
「その『人間の姿』も格好いいけど……さっきのモフモフした姿の方が、枕にするには最適だったわね」
フェンはきょとんとした。
そして、ふっと柔らかく笑った。
「クク……。伝説の神獣を前にして、望むことが『枕』とは。やはり貴女は面白い」
ボンッ!
煙とともに、彼の姿が再び巨大な銀狼へと戻った。
彼は伏せの姿勢を取り、私に背中を差し出す。
『さあ、存分にモフるがいい、我が主よ。この毛並みは、貴女のためだけに整えられたものだ』
「わぁ! 最高!」
私は歓声を上げて、その極上の毛並みにダイブした。
顔を埋めると、陽だまりのような匂いがする。
フェンは喉をグルグルと鳴らし、私のなすがままになっている。
(……すごい。神獣って聞いてたけど、意外とチョロ……いえ、忠誠心が厚いのね)
私は彼の背中の上で、至福の時間を過ごした。
彼が「実は最強の戦力」であり、私の身に降りかかる全ての敵(主に元婚約者たち)を物理的に排除してくれる最強のセコムになることは、まだ深く考えていなかった。
今はただ、この温かい「家族」ができたことが嬉しかった。
「よろしくね、フェン」
『ああ。我が命に代えても、貴女の平穏は我が守ってみせる』
そう誓う彼の尻尾が、ブンブンと音を立てて振られているのが背中に伝わってきて、私は思わず笑ってしまった。
――こうして。
ゴミ捨て場だったダンジョンに、最強の「番犬」が加わった。
私のリゾート計画は、盤石なものとなった……はずだった。
翌日。
私が何気なく設置した「防犯カメラ代わりの水晶」が、とんでもない事故を引き起こすまでは。
第8話予告 「襲ってきた魔物は『修理』して従業員にします」
快適な生活には人手が足りない!そんなアメリアの前に現れたのは、凶暴なゴーレムやスライムたち。普通なら戦闘開始だが、彼女は「あら、関節が錆びてるわね」と瞬時に『修繕』!
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