第6話:庭に落ちていた「大きな犬」を拾う
チュン、チュン……。
小鳥のさえずりで目が覚める――なんてことは、地下ダンジョンなのでありえないのだが、私の作った『環境音魔石』が爽やかな朝の森の音を再生してくれていた。
「んん……。よく寝たぁ……」
私は世界樹の枝で作ったベッドの上で、思い切り伸びをした。
体が軽い。羽毛布団のようにふかふかの苔(洗浄・乾燥済み)を詰めたマットレスが、私の体を優しく包み込んでくれていたおかげだ。
王城での万年睡眠不足が嘘のようである。
「さて、今日の予定は……特にないわね。最高」
私はあくびを噛み殺しながら、リビングへ降りた。
システムキッチンで『湧き水』を沸かし、ハーブティーを淹れる。
優雅な朝の一杯を片手に、私は玄関のドアを開けた。
「おはよう、私の世界」
目の前に広がるのは、薄暗いダンジョン――ではなく、結界によって守られた私の「庭」だ。
昨日のうちに整備した大理石のテラスが、照明魔導具の光を反射して輝いている。
そのテラスの端に。
何か、巨大な「モップ」のようなものが落ちていた。
「……あら? 昨日、あんなところに掃除道具を置いたかしら」
私は首を傾げ、近づいてみた。
近づくにつれ、その大きさが異常であることがわかる。モップではない。馬車ほどの大きさがある、銀色の毛玉だ。
そして、鼻をつく鉄錆の臭い――いいえ、これは血の臭いだ。
「!!」
私は駆け寄った。
それは、巨大な狼だった。
美しい白銀の毛並みを持っているが、今はドス黒い血と、タールのようなドロドロとした黒い霧に覆われている。
腹部には、何か鋭利な刃物で抉られたような深い傷があり、息も絶え絶えだ。
『グルッ……ゥ……』
狼は私に気づくと、弱々しく牙を剥いた。
普通なら、腰を抜かして逃げ出す場面だろう。この威圧感は、間違いなくダンジョンの主クラスだ。
けれど、私の目には違って見えた。
私の『解析眼』が、彼のステータスを弾き出したのだ。
【個体名:フェンリル(幼体)】
【状態:重度破損、呪詛汚染、機能不全寸前】
【耐久値:残り2%】
「……フェンリル?」
聞いたことがある。神話に出てくる、神さえも喰らう最強の魔獣だ。
でも、今の私にとって重要なのは、そこじゃない。
重要なのは、彼が「破損」しているということ。そして、「修理可能」であるということだ。
「かわいそうに。こんなに壊されて……。メンテナンス不足なんてレベルじゃないわ」
私は恐怖を感じるどころか、技術者としての使命感に燃えた。
私の前で「壊れたもの」を放置するなんて、私のプライドが許さない。たとえそれが、生物であっても。
「大丈夫よ。じっとしててね」
私は躊躇なく、その血まみれの体に手を触れた。
狼が驚いて身を固くするが、構わない。
「スキル発動――『修繕』!」
私の手から、かつてないほどの奔流となって黄金の魔力が溢れ出した。
光は狼の巨体を優しく包み込む。
ジュワアアアッ!
黒い霧(呪い)が、光に触れて蒸発していく。
裂けた皮膚がジッパーを閉めるように塞がり、折れていた骨がパキパキと正しい位置に戻る音がした。
失われていた血液は魔力によって生成され、ドス黒く汚れていた毛並みは、洗いたてのシーツのように純白に輝き始める。
「……よし、内部機関(内臓)も正常化。魔力回路も繋ぎ直したわ」
数秒後。
光が収まると、そこには神々しいまでに美しい、銀色の巨狼が横たわっていた。
さっきまでの瀕死の状態が嘘のように、その胸は規則正しく上下している。
「うん、完璧な仕上がり。……それにしても」
私は思わず、その首元の毛に顔を埋めた。
「すっごいモフモフ!!」
最高の手触りだ。
王城で使っていた最高級のシルクよりも滑らかで、陽だまりのように温かい。
私は修理の達成感と、極上の触り心地に酔いしれて、夢中でその体を撫で回した。
「わあ、耳の裏も柔らかい……。肉球もプニプニだわ……。これは良い素材……じゃなくて、良いわんちゃんね」
私が堪能していると。
不意に、視線を感じた。
顔を上げると、いつの間にか目を覚ました狼が、至近距離で私を見つめていた。
その瞳は、透き通るような黄金色。
暴れる様子はない。ただ、信じられないものを見るような目で、私を凝視している。
『……人間、よ』
頭の中に、直接響くような低い声が聞こえた。
『我が呪いを解き、あまつさえ我を……「撫で回す」とは。……其方は、何者だ?』
「え? 私?」
私は狼の首に抱きついたまま、ニコリと笑って答えた。
「通りすがりの修理屋よ。……それよりあなた、ここが凝ってるわね。直してあげましょうか?」
狼――フェンリルは、呆気にとられたように口を半開きにした。
そして次の瞬間、その黄金の瞳に、奇妙な熱っぽい光が宿るのを私は見た。
それが「執着」と「崇拝」の始まりだとは、まだ気づかずに。
第7話予告 「犬だと思ったら、伝説の神獣フェンリルでした」
修理した狼が光り輝き、絶世の美青年へと変身!?「我が身も心も貴女のもの」伝説の神獣による、重すぎる忠誠と甘々な溺愛生活が遂に始まる。もふもふ兼イケメンな最強の相棒誕生の第7話!




