第5話:野宿は嫌なので、廃材で豪邸を建てます
古代の結界装置を起動させ、とりあえずの安全地帯を確保した私は、腕を組んで唸っていた。
「……安全なのはいいけれど」
洞窟の中は、ひんやりと冷たい。
結界が魔物は防いでくれても、隙間風や湿気までは防いでくれないのだ。
地面はゴツゴツとした岩場。こんなところで寝たら、翌朝には背中がバキバキになり、公爵令嬢としての肌艶も台無しになるだろう。
「野宿なんて、絶対に嫌」
私は固く決意した。
カイル殿下は「絶望の中で朽ち果てろ」と言ったかもしれないが、私は快適に長生きするつもりだ。そのためには、雨風を凌ぎ、温かいベッドで眠れる「家」が必要だ。
「材料は……うん、選り取り見取りね」
私は『解析眼』を発動させながら、周囲のゴミ山を物色し始めた。
* * *
「あった。これなんて最高じゃない」
私が目をつけたのは、洞窟の隅に積み上げられていた、腐りかけた木材の山だ。
表面はカビに覆われ、触れればボロボロと崩れそうな惨状である。
だが、私の目には真実が見えていた。
【解析結果:世界樹の枝・加工材】
【状態:腐敗進行度80%】
【特性:絶対防腐、魔力断熱、癒やしの芳香】
「世界樹の木材をゴミ扱いなんて、バチが当たるわよ……」
世界樹といえば、その枝一本で「国宝級の杖」が作れるほどの超高級素材だ。それが建材として使えるほどの量、無造作に捨てられている。おそらく、数百年前に滅びた古代帝国の宮殿の残骸だろう。
「スキル発動――『修繕』!」
私が手をかざすと、腐った木材が黄金の光に包まれた。
カビが消え去り、スポンジのようになっていた繊維が引き締まり、瞬く間に琥珀色に輝く新品の角材へと生まれ変わる。
ふわっと、森の清涼な香りが漂った。これだけでマイナスイオン効果が凄そうだ。
「よし、次は土台ね」
私は地面に散らばっていた瓦礫を集めた。
ただの石ころに見えるが、これは古代の「大理石」と「ミスリルコンクリート」の欠片だ。
これらを『錬金術』で融合させ、地面に敷き詰める。そして『修繕』で表面を平滑化にする。
ズズズ……ッ!
重低音と共に、岩場だった地面が、鏡のように美しい大理石の床へと変貌した。王城のダンスホールよりも水平で、継ぎ目一つない完璧な基礎だ。
「あとは組み立てるだけ!」
ここからは、まるでパズルだった。
世界樹の角材を組み合わせ、『修繕』で接合部を分子レベルで融合させる。釘など一本もいらない。
壁を作り、屋根を乗せ、窓枠には割れていた「強化クリスタルガラス」を修復して嵌め込む。
作業開始から、わずか三時間。
殺風景な洞窟の中に、忽然と「ログハウス」が出現した。
琥珀色の木肌が美しい、二階建ての邸宅だ。世界樹の特性である「癒やしの芳香」が周囲に漂い、近づくだけで体力が回復していく気がする。
「外観は合格。でも、家にとって一番大事なのは……」
私は玄関を開け(ドアノブはオリハルコン製だ)、中に入った。
そう、インフラである。
見た目が良くても、トイレもお風呂もない生活なんて文明人としてありえない。
私はキッチンスペースに向かうと、拾ってきた二つの魔石を取り出した。
一つは、青白く光る「水精霊の核」。
もう一つは、赤く脈動する「火竜の心臓石」。
どちらもヒビが入って廃棄されていたのを、私が新品同様に直したものだ。
「これを、こうして……配管に接続!」
キッチンの蛇口を捻る。
ザアァァッ!
澄み切った、冷たい天然水が勢いよくほとばしった。アクア・コアが空気中の水分を無限に濾過・生成してくれるおかげで、断水の心配はない。
続けて、コンロのスイッチを入れる。
ボッ!
フレイム・ハートの熱源により、安定した高火力の青い炎が灯る。火力調整もつまみ一つで自由自在だ。
「完璧ね。これならお風呂も沸かせるし、水洗トイレも完備できるわ」
私は満足げに頷いた。
王都の一般家庭では、水汲みは井戸まで行かねばならないし、薪を割るのも重労働だ。王城ですら、お湯が出るのは王族の部屋だけだった。
それがどうだ。
この「ゴミ捨て場」の家は、全自動給湯システム付きのシステムキッチン完備である。
* * *
夜になり、洞窟の外は完全な闇に包まれた。
けれど、私の家の中は明るい。
天井のシャンデリア(『光ゴケ』を封入したガラス球)が、優しい光を投げかけている。
私はリビングのソファ――魔獣の毛皮をなめして作った極上のふかふかソファ――に身を沈め、淹れたてのハーブティーを一口啜った。
「……ふぅ。極楽……」
静かだ。
理不尽な命令を叫ぶ王子の声も、嫌味なリリナ様の笑い声も、終わらない業務連絡の足音もしない。
聞こえるのは、微かな風の音と、お湯が沸くコポコポという音だけ。
ふと、王城の方角を思う。
今頃、あの城はどうなっているだろうか。
「確か、私の計算だと……今夜あたり、ボイラー室の温度調整機能がイカれて、シャワーから冷水しか出なくなるはずだけど」
カイル殿下は寒がりだ。冷たいシャワーを浴びて、さぞかし不機嫌になっていることだろう。
想像すると、ハーブティーの味が一段と美味しく感じられた。
「ま、私には関係ないわね」
私はカップを置いた。
今日はもう寝よう。この世界樹の木材で作ったベッドは、安眠効果が抜群らしいから。
私は知らなかった。
この快適すぎる環境が、洞窟内の生態系にとって「異常事態」であり、ある強力な存在を引き寄せようとしていることを。
玄関の外で、巨大な影が音もなく近づいていることに気づかぬまま、私は追放後、初めての深く安らかな眠りについた。
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