第14話:隣国の皇帝陛下が『予約』を入れたそうです
あれから数週間。
かつて栄華を誇った王国は、あっけなく地図から消滅した。
魔物の群れに蹂躙され、王族たちは近隣諸国へ亡命(という名の逃亡)。国土は荒れ果てた魔境と化した。
――ただ一点、北の「元廃棄ダンジョン」を除いて。
「いらっしゃいませ。当リゾート『アメリア・パラダイス』へようこそ」
私は営業スマイル全開で、エントランスに立っていた。
目の前に停まっているのは、漆黒の装甲に覆われた巨大な竜車。
側面に輝く紋章は、大陸随一の軍事大国「ガルディア帝国」のものだ。
「……ここか。噂の『地上の楽園』とは」
竜車から降り立ったのは、氷のような美貌を持つ青年だった。
鋭い眼光、隙のない立ち振る舞い。
隣国の若き覇王、ルーカス皇帝陛下その人である。
どうやら、あの「誤配信映像」は国境を越え、帝国でも話題になっていたらしい。彼は崩壊した王国を素通りし、わざわざ「予約」を入れてここへやってきたのだ。
「主よ。……気に入らんな」
私の背後で、執事服を着たフェン(人型)が低く唸った。
その黄金の瞳は、皇帝を明確に「敵」として認識し、殺気を放っている。
「なんだあの男は。やけに顔が良いではないか。主の好みのタイプか? 今すぐ噛み砕いてやろうか?」
「やめてフェン。彼は『VIP客』よ。つまり、凄まじい額の外貨を落としてくれる神様なの」
私はフェンの背中をポンポンと叩いて宥めつつ、皇帝に向き直った。
「旅の疲れもおありでしょう。さっそくチェックインの手続きを……」
「いや、その前に頼みたいことがある」
ルーカス皇帝は、私をじっと見つめ、深く重いため息をついた。
「私は……疲れている」
よく見れば、その美貌には濃い隈があり、肌も荒れている。
肩は石のように凝り固まり、纏っている空気が鉛のように重い。
激務と、愚かな隣国(元・我が国)の尻拭いで、心身ともに限界らしい。
「貴女は『修繕師』だそうだな。……壊れた物だけでなく、人間の『疲労』も直せるか?」
「疲労、ですか?」
私は少し考え、頷いた。
「理論上は可能です。疲労とはつまり、筋肉組織の微細な断裂と、神経回路の摩耗ですから。――『修繕』対象の範囲内です」
「そうか。……頼む」
皇帝はその場にドサリと椅子(ゴローが即席で出した岩椅子)に座り込んだ。
私は彼の背後に回り、その広い背中に手をかざした。
「では、失礼します。……スキル発動『修繕・疲労回復コース』!」
カッ!
私の手から、癒やしの魔力が注がれる。
凝り固まった筋肉繊維がほぐされ、滞っていた血流がポンプのように再稼働し、すり減った神経伝達物質が補充される。
「う……ぉお……っ!?」
皇帝の口から、威厳ある彼には似つかわしくない声が漏れた。
ドス黒いオーラ(過労の瘴気)が霧散し、彼の肌にツヤと血色が戻っていく。
数秒後。
そこには、発光するほど爽やかなイケメン皇帝が座っていた。
目の下の隈は消え、表情は憑き物が落ちたように穏やかだ。
「……信じられん」
皇帝は自分の肩を回し、驚愕の表情で私を見た。
「体が……羽のように軽い。ここ数年、常にのしかかっていた鉛のような倦怠感が、完全に消えた」
彼は立ち上がり、私の手を取ろうとした――が。
バシッ!
横から伸びてきた手が、皇帝の手を弾いた。
フェンだ。
彼は私を背中に隠し、皇帝を睨みつけた。
「気安く触るな、人間。……修理は終わったのだろう? さっさと客室へ行け」
「フェン! 失礼でしょう!」
「フン。……主のその神技は、我だけのものだと思っていたのだがな」
フェンは露骨に不機嫌だ。尻尾が下がっている。
しかし、皇帝は怒るどころか、フッと面白そうに笑った。
「なるほど。伝説の神獣フェンリルを番犬にするとは……。アメリア嬢、貴女は私が想像していた以上に『傑物』のようだ」
皇帝は懐から一枚のカードを取り出した。
純金製の、帝国のブラックカードだ。
「気に入った。このリゾートの『年間パスポート』を購入しよう。……言い値で構わん」
「!! 喜んでー!!」
私が即答すると、フェンが「グヌヌ……」と唸り、皇帝は涼しい顔で笑う。
こうして。
アメリア・リゾートは、帝国皇帝のお墨付きを得て、事実上の「永世中立地帯」としての地位を確立した。
元婚約者が野垂れ死んでいる間に、私は隣国の皇帝と(ビジネスライクな)友好条約を結んでしまったのだった。
第15話予告「ダンジョン・リゾート、本日グランドオープン!」
帝国皇帝のお墨付きで、世界中から予約殺到!ついにリゾートが本格始動。
忙しくも充実した日々を送るアメリアに、フェンリルが跪く。「主よ、我と『永久独占契約』を結んでくれ」
一方、元婚約者は隣国の鉱山で「修理不可」の判定を!? 明暗くっきり、栄光の第15話!




