第13話:玄関に『元婚約者』が落ちていますが、拾いますか?(いいえ)
ピンポーン。
軽快なチャイムの音が、暖炉の薪が爆ぜる音に重なった。
私は編み上がったばかりの「神獣セーター」を着て、チーズフォンデュを楽しんでいたところだ。
「……あら? こんな時間に誰かしら」
私はフォークを置き、壁に設置したモニター(元は遠見の水晶を『修繕』して液晶化したもの)を覗き込んだ。
そこには、吹雪の中で結界の壁を叩く、薄汚れた集団が映っていた。
ボロボロの服。煤と泥にまみれた顔。
かつての煌びやかな面影は見る影もないが、見間違えるはずもない。
カイル殿下と、聖女リリナ、そして数名の近衛兵だった。
「……うわぁ」
私は思わず、汚いものを見る声を出してしまった。
モニター越しでもわかる。彼らは寒さと飢えで限界だ。
私の(フェンの)結界の中が、常春の楽園に見えているのだろう。必死な形相で何かを叫んでいる。
「主よ、羽虫か? 焼き払ってこようか?」
膝元でくつろいでいたフェンが、殺気を漲らせて立ち上がろうとする。
「待ってフェン。せっかくだから、お断りの挨拶くらいはしてあげるわ」
私はモニター横の「通話ボタン」を押した。
「はい、どちら様でしょうか?」
スピーカーを通じて、私の声が外へ響く。
すると、カイル殿下がモニターに齧りつくように叫んだ。
『アメリア! 私だ、カイルだ! 生きていたか!』
『アメリアぁ! 開けてぇ! 寒いの、死んじゃうぅ!』
リリナの泣き叫ぶ声も聞こえる。
私は冷静に、事務的なトーン(営業スマイル声)で答えた。
「これはこれは、殿下に聖女様。このような辺境のゴミ捨て場に、何のご用でしょう? ここは貴方たちが追放した『無能女』の住処ですが」
『い、今はそんなことを言っている場合ではない! 王都は壊滅した! 今すぐ結界を開けろ! これは王命だ!』
殿下はまだ状況が分かっていないらしい。
相変わらずの命令口調。私はため息をついた。
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
『な、なんだと!?』
「当施設は現在、従業員と関係者のみの『完全会員制リゾート』となっております。会員証をお持ちでない方の立ち入りは、固くお断りしているんです」
『ふ、ふざけるな! 私は王太子だぞ! 国の主だぞ!』
「いいえ、殿下」
私は声を冷たく低めた。
「貴方は私を『役立たず』と言って捨てた。そして今、貴方たちは自分たちの力不足で国を失い、逃げてきたただの難民です。……私が『修繕』するのは、直す価値のあるものだけ。貴方たちの壊れたプライドや人生までは、面倒見きれません」
『っ……! 頼む、アメリア! 私が悪かった! 謝るから! 中に入れてくれ! 温かいスープの一杯だけでいいんだ!』
プライドをかなぐり捨て、殿下が泣き崩れる。
リリナも『今までごめんなさいぃぃ!』と絶叫している。
モニターの中の彼らは、本当に哀れだった。
以前の私なら、情にほだされて助けていたかもしれない。
でも。
私はチラリと横を見た。
そこには、心配そうに私を見つめるフェンと、私のために薪を運んでくれるゴロー、床を磨くスーがいる。
今の私には、守るべき「家族」がいるのだ。
害をなす可能性のある「異物」を、招き入れるわけにはいかない。
「残念ですが、定員オーバーです」
私は通話ボタンに指をかけた。
「どうぞ、他の場所をお探しください。……まあ、この吹雪の中で見つかればの話ですが」
『待て! 待ってくれアメリア! アメリアァァァッ!』
プツン。
私は通話を切った。
モニターの電源も落とす。
静寂が戻った部屋に、薪の爆ぜる音だけが優しく響いた。
「……さて、チーズが焦げちゃうわね」
私はフォークを持ち直し、トロトロのチーズをパンに絡めた。
口に入れると、濃厚なコクと香りが広がる。
「主よ。……良いのか?」
フェンが静かに尋ねてくる。
私は彼に向かって、最高に晴れやかな笑顔を向けた。
「ええ、もちろん。だって今日は、私の人生で一番ご飯が美味しい日だもの」
外では、絶望の吹雪が彼らを飲み込んでいく。
けれど、このログハウスの中だけは、春のように暖かかった。
こうして私は、過去の因縁を(物理的に)シャットアウトし、真の自由を手に入れたのだった。
第14話予告「隣国の皇帝陛下が『予約』を入れたそうです」
王国が崩壊し、地図から消滅。しかしアメリアのダンジョンだけは、各国から「地上の楽園」として熱い注目を浴びていた!
記念すべき最初のVIP客は、冷徹で知られる隣国のイケメン皇帝。「……私の疲れも『修理』できるか?」
フェンリルが嫉妬で唸る中、最高級のおもてなしと、まさかの国交樹立(?)が始まる第14話!




