第10話:王都はパニックですが、私は絶品シチューを煮込み中
コトコト、コトコト。
重厚な鋳鉄の鍋の中で、スープが踊る音がキッチンに響く。
漂ってくるのは、赤ワインとフォンドボー、そして炒めた香味野菜の芳醇な香りだ。
「うん、いい匂い。まさかゴミ山から『特級保存食』が出てくるなんてね」
私は鍋の中を木べらで混ぜながら、恍惚のため息をついた。
今日、ゴローが瓦礫の中から見つけてきたのは、古代帝国の軍用糧食――それも、将軍クラスが戦地で食べるための高級缶詰だった。
当然、千年の時を経て中身は炭化していたが、私の『修繕』にかかれば関係ない。
【修繕完了:帝国軍式・極厚ビーフシチュー(製造直後の状態)】
缶を開けた瞬間、千年前の料理人が閉じ込めた「美味」が蘇ったのだ。
私はそこに、自家栽培(スーが作った畑)で採れたジャガイモとニンジンを加え、さらに煮込んでいるところだ。
「主よ、まだか? 我の腹が、雷のような音を立てているのだが」
ダイニングテーブルでは、フェン(人間姿)がナイフとフォークを握りしめて待機している。その横では、ゴローとスーも専用の皿を前にソワソワしていた。
「もうちょっとよ。お肉がホロホロになるまで待って」
私は味見をする。
……衝撃。
口に入れた瞬間、牛肉の繊維が舌の上で解け、濃厚なデミグラスソースの旨味が爆発した。
「おいしーい!! 何これ、王城の晩餐会より美味しいじゃない!」
* * *
パリーーーーーーンッ!!
同時刻。王都の上空で、世界が割れるような音が響き渡った。
「な、何だ今の音は!?」
王城のテラスで、カイル殿下は夜空を見上げて絶叫した。
彼が見たのは、王都を覆っていた虹色のドーム――『広域防御結界』が、ガラス細工のように砕け散る瞬間だった。
キラキラと降り注ぐ魔力の破片。それは美しい光景だったが、意味する事実は絶望的だ。
「へ、陛下! 大変です! 結界が消滅しました!」
「東の森から、ワイバーンの群れが接近中!」
「北門にはオークの軍勢が!」
騎士たちが顔面蒼白で駆け込んでくる。
街からは、市民の悲鳴が上がり始めていた。
「なぜだ!? なぜ突然結界が消える! 聖女リリナの祈りがある限り、永遠に不滅なはずだろう!?」
カイル殿下は、隣にいるリリナを睨みつけた。
しかし、その聖女様は震えながら首を振るばかり。
「わ、私じゃありません……! 私が祈っても、全然結界が直らないんですぅ……!」
「くそっ、どうなっているんだ!」
その時、殿下の脳裏に、数日前の記憶がフラッシュバックした。
追放される直前、アメリアが淡々と言った言葉。
『結界のコア、あと二十四時間で割れますけど?』
「あ、あいつ……! あいつが言っていたのは、本当だったのか!?」
殿下は膝から崩れ落ちた。
アメリアが毎日、人知れず修繕していたからこそ、この国は守られていた。
その事実に気づいた時には、もう遅い。
頭上の空には、ワイバーンの影が旋回し、不気味な鳴き声を上げている。
「寒い……ひもじい……怖い……」
城内はボイラーの故障で極寒。
食料庫の冷蔵魔導具も壊れ、食材は腐り始めている。
そんな地獄絵図の中で、ふと、空に浮かぶ「誤配信映像(アメリアの日常)」が目に入った。
* * *
「さあ、召し上がれ!」
湯気を立てる皿がテーブルに並べられた。
ゴロッとした大きな牛肉。艶やかな茶色のソース。鮮やかなニンジンのオレンジ色。
「いただきます!」
フェンが肉を口に運ぶ。
カチャリ。
音もなく肉が切れ、口に含んだ瞬間、彼の琥珀色の瞳が見開かれた。
「……美味い。なんだこれは。口の中で溶けたぞ?」
「でしょう? 千年前の熟成肉よ」
私たち家族の、温かい食卓。
外では微かに遠雷のような音(※王都の結界が割れる音)が聞こえた気がしたが、私は気にせずパンをシチューに浸した。
「ん〜っ、幸せ……。ねえフェン、明日はこのお肉を使って、サンドイッチを作ってピクニックに行きましょうか」
「良かろう。主となら、地獄の果てまでもお供する」
笑顔で食事を楽しむ私たち。
その様子が、崩壊する王都の空にデカデカと映し出され、絶望する市民と王族たちに「最大の精神攻撃(飯テロ)」を与えていることなど、私は知る由もなかった。
こうして、王国の崩壊と、私の優雅なディナータイムは、同時に進行していくのだった。
第11話予告「『今すぐ戻れ』? 嫌です、家庭菜園が忙しいので」
崩壊する王都で、ついに国王が叫ぶ。「アメリアを連れ戻せ!」
派遣されたのは国最強の近衛騎士団。しかし彼らを待ち受けていたのは、強化された防衛システム(ゴロー&スー)と、激怒したフェンリルだった。
「我が主のティータイムを邪魔するな」
一方アメリアは、完熟イチゴの収穫に夢中で彼らに気づきもしない。圧倒的戦力差で門前払いする、痛快な第11話!




