おやすみ
掲載日:2025/10/31
審判の夜。部屋の闇から悪魔は囁いた。冷たい息のように、耳の奥をなぞる声。
救済の夜。白い壁越しに天使は告げた。祈りのように穏やかで、子守歌のような声。
平凡の夜。ベッドの横に腰掛ける彼女は言った。小さな欠伸をかみ殺しながら、何気ない声で。
「「「おやすみ」」」
──同じ言葉なのに、意味はどれも少しずつ違う。
胸の奥に、恐怖も安堵も懐かしさも、
すべて溶け合って沈んでいく。
薬がじわじわと血に広がり、
思考は水底に引き込まれるように鈍っていく。
モニターの赤い明滅が眩しい。
口の奥に引っかかっていた言葉は、結局ひとつしかなかった。
僕は無理に口角を上げ、かすれ声で言った。
「今まで、ありがとう」
唇が閉じ、瞼もゆっくりと落ちる。光が遠ざかる瞬間、何かが途切れた気もしたし、ただ同じ夜が続いていく気もした。




