第15話 共に縛られる枷
氷室グループ本社ビルは、雲を衝くように聳え立ち、冷たいガラス張りの外壁が都市の空を反射する。
その姿は、まるで鋼鉄の城塞——外界を寄せ付けぬ圧倒的な力を示していた。
篠塚澪は、氷室晶のベントレーの後部座席に座っていた。
彼との間には、もう一人分の空虚な距離が横たわる。車内の空気は鉛のように重く淀んでいた。
窓の外を流れる街並みを見つめ、澪は自分が黄金の檻へ護送される囚人であるかのような感覚に捕らわれる。
晶はタブレットに視線を落とし、淡々とメールを処理している。その横顔のラインは冷徹そのものだ。彼女に向けられる言葉は、一言もない。
澪は背筋を伸ばし、深く息を吸った。
──単なる運ばれる「物品」ではない。
彼女の胸に、苛烈な自覚が走る。
地下の専用駐車場に滑り込み、エレベーターは最上階の社長フロアへ直行した。
ドアが開き、晶が先に降り立つ。その半歩後ろを澪が追う。
フロア全体の空気が、一瞬で凍りついた。
忙しく動く社員たちが、一斉に手を止め、視線を集中させる。
驚愕、好奇、探求、疑念──無数の針のような眼差しが、澪を刺す。
誰もが知っている。氷室社長は女性を寄せ付けない。
その彼が、女性を専用エレベーターに同乗させ、会社に連れてくる——この女は、並の者ではない。攻撃的な美しさと冷艶な佇まいを放つ。
澪は視線を全て無視し、ただ晶の踵だけを追った。
ここで弱さを見せてはならない——身体の芯に、鋭い覚悟が走る。
晶は社員の波紋に気づかない。いや、最初から眼中にない。
彼が通る道で、社員たちは紅海のように頭を下げ、道を空け、息を殺す。
夏目秘書が社長室前で待機していた。
澪は、その瞳に一瞬走った驚きの色を見逃さなかった。
「氷室社長、リネア様」
夏目秘書が軽く会釈する。「プロジェクトチームの責任者が、会議室でお待ちです」
晶は足を止めず、淡々と告げる。
「彼女を連れて行け」
一瞥もせず、オフィスへ直行する背中。澪の胸の奥で、冷笑が生まれた。
──これが、彼の言う「参加」か。
疑念に満ちた幹部たちの前に、展示物のように放り出すということか。
会議室では案の定、鋭い眼光を持つ幹部たちが待ち構えていた。
視線が一斉に集まり、隠れもない品定めの空気が漂う。
質問は次々と鋭く繰り出される。収益モデル、市場見通し、統合策——
熟練の古強者たちの言葉には、試探と微細な罠が潜んでいる。
澪は一瞬の緊張のあと、職業的本能と五年間の海外での鍛錬が勝った。
彼女は晶の存在を意識から切り離し、全身全霊でプロジェクトに没頭する。
淀みなく答え、データを自在に操り、大胆な統合提案を行う。
会議室に漂っていた軽視の空気は、次第に真剣さへと変化する。
幹部たちの視線も、品定めから驚きへ、そして認めざるを得ない色へと変わっていった。
彼らは、この女が花瓶でもコネでもないことを理解し始める。
会議終了後、王ディレクターが自ら握手を求める。
「リネア様、噂に違わぬお方でございます」
廊下に出たその時、社長室のドアが開いた。
晶が立っていた。
彼の視線が澪を上から下までざっと掃く。
まるで、物品の状態を確認するかのように。
「慣れたか?」
天気を尋ねるかのような淡々とした口調。
澪は爪が掌に食い込む思いで、「はい、何とか」と答える。
平静を装うが、心臓は張り裂けそうに高鳴る。
晶は返事に興味なさそうに、視線を夏目秘書へ移す。
「午後のM&A会議に、彼女も同席させよ」
夏目秘書の瞳に、再び驚きが走る——核心的機密に触れる会議。
晶はそれだけ告げると、アシスタントを連れて去っていった。
夏目秘書の声が傍らで響く。
「リネア様、オフィスは私の隣にご用意しました。それと昼食は社長室でお取りください」
澪の心臓が、ドクンと沈む。
──職場での監視と、私的な近接。
彼は、また何を仕掛けてくるというのか。
澪は感じ始めていた。
晶が自分を会社に連れてきたのは、単なる監視ではない——
壊そうとしているのか、それとも残酷な方法で急速に適応させ、成長させようとしているのか。
この認識は、単純な監禁よりも戦慄をもたらし、かすかな高揚感を与えた。




