第99話 帝都暴走 19
皆が椅子を引き寄せ、配られたコピーを覗き込んだ。
「A=0、C=1、G=0、T=1。
二つの塩基を組み合わせて二進数に変換、
それを十進数に置き換える。
結果、七桁の数字が四つ得られた。3576821、1398729、3546481、1395121。七桁の数列四つが、延々と繰り返し、書き綴られていたのだった」
萩枝が息を呑む。
「……これは、数字じゃねえ。座標だと俺はふんだ。俺は即座に地図を開いた。北緯35.76821度、東経139.8729度。そこは、東京都葛飾区金町6、八つ目科学金町工場の場所だった」
ホワイトボードにスクリーンとして映し出された地図の画面がズームアップされる、東京都葛飾区金町6――かつて八つ目科学のハイエースが目撃された旧倉庫群のひとつ。次の瞬間、画面上に赤いピンが落ちた。
加奈子の手が、わずかに震えた。
「紋田……あなた、最後にこれを残したのね」
彼の精神は崩壊していた。
だが、理性の底に、まだ科学者の魂が生きていた。
言葉を奪われ、声を封じられ、
それでもDNAの配列という形で真実を遺したのだ。
加奈子は、紙束をそっと胸に抱いた。
絶句した、萩枝が窓の外を見た。夕暮れの空が赤く染まり始めている。
「残ったのは3546481、1395121。これも座標で間違いないだろう。八つ目科学と煉脈連の新拠点は、おそらく、ここだ。北緯35.46481度、東経139.5121度。品川埠頭の貸倉庫……」
会議室の空気が変わった。
長谷川警視正が立ち上がり、「その倉庫の借主は?」と問う。
阿羅業が書類をめくり、一枚の紙を掲げた。
「契約名義人――紋田仁」
ざわめきが広がる。
加奈子が小さく息を吐いた。
「……仁。紋田人志の"人"を反転させた偽名……」
その瞬間、椅子がひとつ軋んだ。
萩枝刑事だった。
顔色がわずかに変わっている。
額に浮いた汗が、会議室の蛍光灯の白い光で光った。
彼はポケットから携帯を取り出し、
「ちょっと外に」と呟き、
廊下へ出た。
ドアが閉まる音。
会議室の中に、再び静寂が戻った。
*
廊下は暗い。
蛍光灯の明滅の下、
萩枝は携帯を握り締め、震える指で番号を押した。
「……もしもし、俺だ。萩枝だ。やばいことになった。本庁が動いてる……」
そのとき、背後で声がした。
「どこへ電話してるのかしら、萩枝さん」
彼は振り返った。
そこに立っていたのは加奈子だった。
その隣には、丈二――"ジョージ"の姿。
背の高い体が廊下の光を遮っていた。
加奈子の目が冷たく光った。
「榊原の遺品の手帳の最後のページに走り書きがあった。"ハギエダニヤラ……"とね」
萩枝の唇が乾いた。
携帯が手から滑り落ち、
床に当たって鈍い音を立てた。
加奈子の声は、刃物のように静かだった。
「あなたを泳がせていた。真実を引き出すためにね」
丈二が一歩前に出た。
その巨体が、逃げ道を塞いだ。
「おじいちゃん、もう逃げられないわよ」
残酷な笑顔を見せる丈二。
萩枝は後ずさりし、
壁に背を押しつけた。
廊下の蛍光灯が、また一度、
短く明滅した。
その光の中で、萩枝の顔が蒼ざめ、
唇がかすかに震えた。
「まさか、とは思ったけれど……」
加奈子の目の奥に、榊原慶介の無念が燃えていた。
東京の夜が、ゆっくりと沈んでいく。




