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第98話 帝都暴走 18

 帰りの車の中


 阿羅業は、助手席で膝の上に、紋田の書き残した紙束を広げていた。

 白衣の袖が薄暗い車内で光った。


 加奈子は運転席にいて、言葉を挟まなかった。


 だんだんと阿羅業の眉間の皺が深くなる。


 紙の上には、紋田の筆跡で、南京錠の掛かったドアの落書きと赤・青・緑の色の異なるフェルトペンで書き綴られたAGCT四つの英文字の繰り返し。


 一色で書いた上から、別の色のペンで英文字が重ね書きされていて、一見、意味不明。


 阿羅業は赤ペンの文字を凝視し、顎の先に指を当てた。


「……鍵のかかったドア、か」


 加奈子がちらりと目を向ける。

「え?」


「奴はそう書いていた。鍵が掛かったドアは開かない……、赤ない⁉」


 そう呟くと、ポケットから赤いセロファンを取り出した。

 紙の上に重ねる。


 赤い文字が、セロファンの下で溶けた。


 代わりに、残った青と緑の文字が浮き上がる


「!」


 阿羅業の眉が僅かに動く。


「3576821、1398729、3546481、1395121」


 車内が静まり返った。


 阿羅業は、スマホの地図アプリを起動させ指先でその数列を走らせた。


「これは座標か。東京の緯度と経度……」


 加奈子の手がハンドルの上で固まった。


「どこ?」


「最初の二つは金町の八つ目科学工場跡地。次の二つは……品川埠頭か……」


 加奈子の顔が引き締まった。


「倉庫街……」


 阿羅業は、にやりと笑った。


「やっと、秘密の扉が開いた」


 *


 警視庁の捜査会議室。


 窓の外では、冷たい雨が本格的に降り出していた。


 蛍光灯の光が、書類の白を刺すように照らしている。


 ホワイトボード上に、紋田の紙束と東京の地図が広げられていた。


 阿羅業が演者として前に立った。


「紋田が書き残した紙切れには、事件を解決する重要な手掛かりが隠されていたことが分かったので、警視庁の皆さんに報告したい」


 刑事たちに紋田の残した紙切れのコピーが配られる。


 白い紙に、南京錠の掛かったドアの絵と、びっしりと続く文字列。


 ATCCATCCCTCCCCAAACATGCGACCCT……。


 英文字の羅列が、三色のフェルトペンで、乱雑にまるで呪文のように並んでいる。


 その文字の下には、震えるような筆跡で一行だけ、「ヤツラハココ」と書かれていた。


「紋田は、優秀な分子生物学者であり、製薬技術者だった。だから、俺は認知症になったとはいえ、彼の脳に残った少ない正常部分がこれを遺書として書き残したのではないかと思った。この遺書はまず、赤、緑、青、三色のフェルトペンで書かれており、一見非常に見にくい。俺はこれは、秘密を守るために敢えて色を変えて書いたのだと考えた。彼の書いた紙には、必ず南京錠で施錠されたドアの絵が描かれていた。なんの意図だろうと俺は首をひねったが、こう解釈してみた。鍵がかかってドアが開かない、開かない……赤ない、かと。ひょっとすると、赤い文字列は、読みにくくするためのダミー文字ではないかとね。そして、試しに赤いセロファンをかぶせてみた。皆さんの分も用意してきたから試しにやってみてくれ。すると、ものの見事に規則正しく書かれた文字列が確認できるわけだ。それを構成するA、C、G、Tの文字は、それぞれ、DNAを形成する塩基の配列。一見出鱈目にみえるが、紋田が書き残したものは……周期的に"A、T"と"G、C"の同じ文字列が繰り返されていた……。これは、科学者が研究の秘密を守るために産み出したDNA暗号だ。"DNA暗号"の記述法をこれから説明する」


 阿羅業はホワイトボードに向かって板書を始めた。


「一般的なDNA暗号では、A=0、C=1、G=0、T=1に定義される。もちろんへそ曲がりな暗号の制作者だと、あえて異なる定義づけをする者もいるがね。ただ、それでも組み合わせは6通りしかない、全ての組み合わせを俺は試してみたのだ。すると……」



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