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第96話 帝都暴走 16

 

 阿羅業は白衣の襟を緩め、机の上に広げた資料の束に目を落として、思索を続けている。


 加奈子が対面に座り、両手を膝に置いていた。


「……結論から言おうか」


 阿羅業の声は低かった。


「スーパー・タイガー・モスキートは、やがて滅ぶ。柘植が仕込んだ"性比歪曲因子"が作用して、数世代のうちに全個体が雄化する。性科学としては、美しい自滅だ」


 加奈子は頷いた。


「でも問題は、"今"。既に生を得たスーパー・タイガー・モスキート。鍬形大臣のように刺されれば、人間の命も持たない」


 阿羅業の指が机を叩いた。


「一匹でも、十分に兵器になる。あれが都市部に適応すれば、東京そのものが大量殺人兵器の実験場に成り得る」


 加奈子の視線が鋭くなった。


「最初の拠点は葛飾区の八つ目科学金町工場。けれども煉脈連は、捜査の手が及ぶことを恐れて、榊原の命もろとも、そこを捨てた。新しいアジトが存在するはず。どこかに繁殖施設を持っている……」


 阿羅業は腕を組み、沈黙した。


 空調の音だけが二人の間を流れた。


「警察上層部から、やっと八つ目科学本体への捜査許可が降りたわ」


 加奈子の声は疲労を帯びていた。


「幹部たちへの聞き込みを進めてる。元社長・紋田人志の入院先には、萩枝刑事が行っている。あの人は今、榊原の後任に私の相棒にしているけど……正直、動きが読めない」


 阿羅業が顔を上げた。


「萩枝……あんたの話からすると、餌の臭いに金の臭いを嗅ぎつけるのが旨そうな老犬のようだな」


「犬でもいい。情報を持ち帰ってくれれば、まだ救いがある」


 その時、加奈子の携帯の着信音が鳴った。


 乾いたベル音が、部屋の空気を裂いた。


 加奈子が受話器を取る。


「――はい、涌嶋です」


 数秒の沈黙。


 その後、彼女の顔色が変わった。


「……何ですって?」


 阿羅業が椅子を引く音が、やけに大きく響いた。


 加奈子は携帯を押さえたまま、小さく息を呑んだ。


「萩枝刑事からです。入院中の紋田が……急変したみたい。"容体が悪化、詳細は現場で説明する"って」


 阿羅業は立ち上がり、白衣の胸ポケットから煙草を取り出したが、火はつけなかった。


「……早いな。まあ、誤嚥性肺炎で認知症患者が命を落とすことは珍しくもないが……、何かが早すぎる。強制捜査の許可が下りて、すぐに逝っちまうってのは、タイミングも良すぎないか」


 加奈子は受話器を置いた。


 声は、氷のように冷たくなっていた。


「行きましょう。武蔵野精神神経研究センター、紋田が入院している病院です」


 阿羅業は頷いた。


「死者が出れば、真実も出ようが、だが、都合よく"死"を利用するのに長けてる奴もいるからな」


 二人は無言で部屋を出た。


 廊下の向こうで風鳴りが聞こえる、遠くの空が、不穏な何かを孕むように暗く沈んでいった。


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