第94話 帝都暴走 14
加奈子の尋問が進むにつれて、病室の空気は、息苦しいほどに澱んでいた。
空調の気温はかなりの低温に設定されているはずなのに、加奈子の額に汗が滲んだ。
医療器械の作動音が壁に反射し、沈黙を守っていても、白い空間全体が静かに鼓動を続けている。
加奈子は、柘植のベッドの横で深く息を吸った。
胸の奥の鼓動が喉元迄ゆっくりと上がり始める。
その鼓動を押し殺すように、声を出した。
「達郎さん、最後に……あと一つだけ、聞かせて」
柘植の視線が動いた。加奈子の瞳を真正面からじっと見つめる。
肉体は弛緩していたが、達郎の目だけは、生きているのがわかる。
「李雪蘭から依頼された研究を続けるうちに、あなたは気づいたはず。これは、ただの科学じゃない。怖ろしいものを作らされていると。……禍々しいその結果を、回避しようとしたんじゃないんですか?」
沈黙が、血のように濃く流れた。
柘植のまぶたがゆっくり一度閉じ、そして開く。
その答えは――イエス。
阿羅業が息を止めた。
加奈子と視線が交わる。
その眼差しの中に、予想していた、理解と衝撃が同時に宿った。
「……やはり、そうだったのね」
加奈子の声がかすれた。
「あなたは悪魔を産み出したんじゃない。実は悪魔を滅ぼそうとしていた……」
阿羅業が低く呟く。
「それは、真っ当な科学者の本能だ。破壊の中にも、救いを紛れ込ませる――それが彼らのやり方だ」
柘植の瞳が微かに揺れた。
加奈子はもう一歩、ベッドに近づいた。
「分かったわ。あなたの“正義”を確かめる。参考にした論文と文献、一切と、研究に使っていたノートと、PCを見せてもらうわ。あなたが正義を果たそうとした努力の軌跡を、証拠として残したい」
柘植のまぶたが、再び一度だけ閉じた。
イエス。
阿羅業が深く頷いた。
「……奴は、自分の手で産み出した悪魔の始末を、俺たちに託してくれた……」
加奈子は静かに立ち上がった。
窓の外では、朝の光が雲の切れ間から差し込み、病室の中の命をはぐくむ器械のボディの白銀色の管をまばゆく照らしていた。
その光の中で、柘植の顔は一瞬、安らかさを取り戻したように見えた。
「ありがとう。必ず、真実は見つける」
加奈子は阿羅業と共に病室を出た。
廊下の空気は冷たく、清潔すぎる匂いが鼻を刺した。
綾香と片山が待っていた。
「どうだったのだ?」片山の声は低い。
加奈子は短く答えた。
「彼は、まだ善意を保った人間だった。――それだけで十分」
手に握ったメモ用紙に、柘植の一連のまばたきの記録が残っていた。
わずか数行。だがその中に、科学の罪と贖罪が同居している。
「捜査令状を請求する。柘植達郎の自宅と研究室を押さえるわ」
「令状? 何を掴んだ?」
「真実の入口。彼の正義の痕跡の端緒を……」
加奈子は携帯を取り出し、
執務課に令状請求を打電した。
その瞬間、阿羅業の背後で窓が光った。
冬の陽射しが、入り込み、刃のように鋭く病院の壁を切り裂いていた。
「片山、綾香、外出の準備を頼む。これから神に抗った科学の墓場に向かう行く」
阿羅業が白衣のポケットに手を入れ、低く呟いた。
「墓場に、残った善意の残り火を捜しに行く」
四人は無言で病室を後にした。
背後で機械の呼吸が、まだ静かに続いていた。
柘植達郎は、目を閉じたまま微かに笑ったように見えた。




