表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/105

第91話 帝都暴走 11

 涌嶋加奈子の携帯が鳴った。


 ディスプレイの名前を見て、眉が動いた。


 ――阿羅業。


「刑事さん、今どこにいる」


 声は低く、鋼のように張っていた。


「捜査車で移動中。何かあったんですか」


「時間がない。来てくれ。埼京医大だ」


 受話口から聞こえる声は、低く張り詰めていた。


「刑事さん、聞こえるか。柘植達郎が……目を覚ました」


 加奈子の手が止まった。


「……本当ですか」


「間違いない。意識は戻った。まだ言葉は出ないが、呼びかけに反応はある。すぐに来てくれ」


 通話が途切れた。


 加奈子はしばらく携帯を見つめたまま動かなかった。


 頭の中で、個々では断片的でしかない散らばった情報のピースがまとまり、ひとつの結論に結ばれる事がある。


 柘植達郎はまさに散らばったピースの全てに繋がる位置にいた。


 すべての線が再び達郎の証言で交わる可能性が高い。


 加奈子は、ハンドルをきり、大久保通りに入った。 


 ――埼京医大へ。


 その背後で、同じ音を聞いていた男がいた。


 刑事、萩枝。


 加奈子の車には、あらかじめ萩枝が、無線式の高性能盗聴器をこっそりと取り付けていた。


 加奈子が駐車場を出ていくのを、窓の影から見ていた。


 その顔に浮かんだ表情は、笑みと呼ぶにはあまりに歪だった。


「紋田の口を封じとくなら、今いっとかねえと間に合わないか……」


 机の上の灰皿には、火の消えた煙草が一本。


 萩枝はそれをつまみ、指で潰した。


 ポケットから車のキーを取り出し、駐車場のゼロクラウンへと向かった。


 キーをひねりエンジンが低く唸りを上げる。


 バックミラーに、加奈子の車が遠ざかっていく。


 逆方向。


 加奈子は"生"に向かい、


 萩枝は"死"に向かう。


「……今度こそ、片をつける」


 独り言のように呟く。


 口の中に鉄錆のような苦みが広がった。


「少々、汚れ仕事を喰らいすぎたのかもな……」


 ゼロクラウンは、霞が関から首都高に滑り込む。


 首都高四号線は、珍しく空いていた。


 高井戸出口を降り十分も走ると、フロントガラスの向こうに、薄靄に沈む森が遠くに見えてくる。


 ――武蔵野精神神経研究センター。


 そこが、紋田人志が「生かされている」場所。


 アクセルを踏み込むと、車のボディがうなるように震えた。


 加速するたび、萩枝の胸の奥の澱んだものが削れていく。


 罪を重ねる心の重さが、目的地に近づくにつれ、不思議と軽くなっていった。


 心臓の鼓動が早い。


 まるでエンジンの回転数と同調しているようだった。


「八つ目科学の線はちょん切って、捜査も終わらせてやるぜ……」


 金町工場での犯罪の証拠、殊に、マルタの死骸は舞龍権の半グレが完全に完全に焼却したからあそこから足が付くことはない。


 そして、今後のM計画第四ステージを完遂するために必要な、スーパー・タイガー・モスキートの繁殖プラント、黒毒絞蜘蛛の毒、まだ殺してないマルタの身柄など、直に犯罪に繋がる悪事の証拠は、金町工場から秘密の第二拠点に丸ごと移送済みだ。


 八つ目科学の重要証人の泡渕は、M計画の進行に合わせて、株価下落前に空売りをかけていたTOPIXを底値状態で買い戻し、数百億の利益を懐に入れ、舞龍権の庇護のもとドバイに逃げた。


 あとはもう一人の証人、認知症で呆けた紋田を消せば、八つ目科学のラインから事件の解明は不可能になる。


 低い呟きが、狭い車内に残った。


 空は曇り、太陽は見えなかった。 


 どこかで雲の切れ間に淡い光が射していた。


 その光は、紋田の人生にはもう届かない。


 半グレのイカさまポーカーに身代を溶かしたのが奴の運の尽きだったのだ。


 萩枝の額を汗が伝う。


 エアコンの設定温度を二目盛り下げた。


 車内のエアコンの音が大きくなり、


 まるで遠い潮騒のように耳の奥で鳴った。


 街が流れていく。


 信号が青から赤へ、赤から青へ。


 萩枝は止まらなかった。


 ゼロクラウンは、武蔵野の森へと飲み込まれていった。


 車内に冷たい風が吹き抜ける。


 その風の中に、策謀と死の臭いが混ざっていた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ