第70話 医療崩壊都市・熱病地獄の戦慄 23
警視庁特別行動隊の会議室は、夜の底に沈んでいた。
蛍光灯の白い光が机上を照らし、
そこに散らばるのは、報告書、阿羅業のUSBから打ち出した文書の紙束、そして冷めた紅茶。
涌嶋加奈子は、背筋を伸ばしたまま、PCモニターの画面を目に焼きつけていた。
指先でマウスを動かす。
画面には、八つ目科学の企業相関図が広がっていた。
中心には八つ目科学ホールディングス。
その下に並ぶ複数の研究関連会社。
その中の一つに、加奈子は着目した。
――南陽熱帯医学研究所。
六本木ヘッドタウン、センタービル二十六階。
表向きは感染症の基礎研究機関。
だが、阿羅業から渡されたUSBの文書は、それを否定する。
「煉脈連 / The Refinist Network」
その語源、"煉"は錬金・煉獄・精錬の「煉」。"脈"は血脈・情報網・生命線。すなわち「人類の命脈を煉る集団」。
英語圏では Refinist Network ――「人類を再精製する者たち」と訳されている。
組織の理念は、「生命は素材、科学は神の道具」
幹部たちはかつて各国の大学・軍・製薬企業から、人道上、不適切な研究を行ったとして、追放された科学者達。
国際犯罪組織とも癒着し、研究成果を兵器開発・麻薬密造・人体改造の各方面分野に流している。
南陽熱帯医学研究所。そこは、"煉脈連"の生体・生物兵器開発計画の研究を中心とする東京での実験拠点の一つ、
統括する「第七支局・東亜生体系統研究部」は、他に都内に複数の研究拠点を持っている……。
人類を再精錬する――。
その理念を読んだ瞬間、加奈子の背筋に寒気が走る。
東京で起こった、破傷風とマラリアの感染拡大は、偶然じゃない。
東京を生物兵器の実験台にする計画かもしれない。
そう思い至った時、胸の奥で何かがざらついた。
既に二千人を超すマラリア感染者が首都圏、一都三県に溢れている。
最初のマラリア感染者群は、常磐・千代田線、京成線の沿線が中心であったが、数日の間に、首都圏全域に広がりを見せた。
神田川の死体は、八つ目科学金町工場で殺され、ハイエースで運ばれて遺棄された可能性が高い。
事件の起点は、金町の八つ目科学なのか……。
ふっと、榊原の顔が浮かんだ。
榊原も、同じことを考えていたのかもしれない。
手元の電話に目を落とす。
時刻は午前二時。
迷いながらも、受話器を取る。
――榊原。
名前を呼んだ。
声は掠れて、自分の耳にも届かなかった。
電話をかけようとしたが、手が震えて、なかなか番号を押せない。
震えが指先から腕に伝わる。
――プルルル……プルルル……。
榊原の自宅の電話の呼び出し音が空虚に続く。
誰も出ない。
「……お願い、出て……」
発信音が数回鳴り、すぐに切れた。
機械のように、もう一度かける。
それでも同じ。
留守電の音声が流れた。
『榊原です。ただいま電話に出られません――』
途中で指が止まった。
何か熱いものが喉の奥に詰まった。
無意識にもう一度番号を押す。
携帯へ転送されたが、それも応答はなかった。
「……榊原……出なさいよね……」
舌打ちをして、携帯を閉じ、胸ポケットに押し込む。




