第54話 医療崩壊都市・熱病地獄の戦慄 7
第54話 医療崩壊都市・熱病地獄の戦慄 7
上野駅、広小路口前には、臨時の診断所がすでに建てられていた。
白いテントの下、机に並んだ迅速検査キットと試薬。
集められた、埼京医大の職員たちの声が飛び交い、場はちょっとした混乱の只中だった。
「こっち、陽性よ! 隔離搬送お願い!消防署につないで!」
「経路の記録をとって、急いで!」
診断所にはたくさんの検査希望者が集まるものと思われた。迅速検査といっても、結果が出るまで二十分は必要だ。それによる混乱を避けるための、手順確認のリハーサルが続いている。
奥に入った事務室で、赤嶺丈二――ジョージは巨体を畳に沈めるように椅子へ腰掛け、奈々男を鋭い眼で見据えた。
「……で、段取りはどうなのかしら、奈々男ちゃん?」
口調は柔らかく、だが声音には鋼のような重みがあった。
奈々男は額に汗を浮かべながらも、にやりと笑った。
「ジョージさん。診断所はすでに山手線の七か所で、稼働中ですぜ。山手線外の主要駅にも次々と開設を進めています。緊急輸入した迅速診断キットも在庫十分。これで東京も救えるし、金も回る」
ジョージは唇に笑みを浮かべ、指で煙草を弾いた。
「ふふん……やるじゃないの。伝染病なんかに好き勝手はさせないわねぇ」
その時、よろけた男が診断所の扉を開き、酔客のように入ってきた。
「おい、ここ……おねえちゃんを紹介してくれるとこでねえのか?」
一瞬、場の空気が凍り、職員たちが怪訝な目を向ける。
ジョージの瞳が鋭く光り、声が低く響いた。
「ここは酔っ払いがお遊びにくる場所じゃないの。出直しなさぁい、ね?」
男はへらへら笑いながら退散した。
だが、その足取りは酔客のものではなく、妙に確かな均整を持っていた。
診断所を出ると、男は雑踏の陰に紛れ、携帯を取り出す。
電話の相手は、葉烈峰。
葉烈峰は八つ目科学の金町工場長室で、部下達からの報告を待っていた。
街の状況によって、バイオテロ作戦の段取りを逐一変更させなければならない。
彼らからの連絡を首を長くして待っていたのだった。
「……葉様。もうすでに上野では診断所は稼働準備に入っています。埼京医科大学が指揮を執っております」
「ふむ、医者共もあながちバカではないな、分かった。お前は、蚊群の放出に戻れ、場所は浅草がいいだろう」
「了解しました、浅草の仲見世通りに向かいます……」
これまで数回、この金町工場で、育てたマラリア原虫を孕んだ蚊群を、葉烈峰は部下に命じて、都内の繁華街や駅のターミナルに放させていた。
無論、全ての蚊が人を襲い、マラリアを流行させられるわけではない。
幾度かの不発を経てやっと今日、一人目の犠牲者が出現したのだった。
更に怖ろしい第二波の蚊群攻撃の準備が進んでいる。
作戦の責任者は李雪蘭。
「李雪蘭をここに」
葉烈峰の前に呼び出された李雪蘭は、液晶プロジェクターをタブレットにつないだ。
葉烈峰のソファの正面に大型のスクリーンパネルが広げられ、これまでの作戦の進行経過を示す動画の再生が始まった。
動画には、檻に囚われた"マルタ"の男を襲う蚊の群れ――1センチを超す巨大な虫体を持つ黒・黄色虎縞の禍々しい蚊の姿が映し出されていた。




