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第38話 医療崩壊都市・トキソイドクライシス 33

 監禁室で、一人の男が痙攣を繰り返し、ついに呼吸が途絶えた。


 目は見開かれたまま、白目に濁り、口端には泡と血が固まっていた。


 汗と尿で濡れた布団の上、死体はまだ痙攣の余韻を残すように小刻みに震えていた。


「……一人、死亡。瀉血して廃棄しろ」


 ガラス越しに立つ白衣の影が記録簿に赤い印をつけた。


 冷笑を浮かべる半グレの一人が鉄格子を開き、縄を解かずに死体を引きずり出した。


 床を擦る音が鈍く響き、血と汗の臭気が廊下に広がった。


 残された「マルタ」たちは、その音を聞いていた。


 誰も声を上げられない。


 目を閉じ、歯を食いしばり、己の順番が来ることをただ悟るしかなかった。


「次の丸太を連れてこい」


 短い声とともに、別の男が鉄格子の外から引きずり込まれれた。


 SNSで募った「高額闇バイト」に募集してきた男だった。


 痩せ細り、皮膚にはすでに数えきれぬ蚊の痕が残っている。


 怯え切った目が蛍光灯を仰ぎ、涙が頬を伝った。


「やめろ……俺は……」


 言葉は最後まで続かなかった。


 布が口に押し込まれ、両腕を広げてベッドに縛り付けられた。


 通風孔に蚊の大群を孕んだ風が通される。


 蚊の羽音が爆ぜ、皮膚に群がり、針を突き刺す。


 血が吸われるたびに男は身を捩り、呻きが喉で泡立った。


 動きの止まった丸太がまだ廊下に転がされている。


 その横で、新たな痙攣が始まった。


 処置は続く。


 死体が増えても、羽音は止まらない。


 ここでは、人間の命は無価値だった。


 処置室の鉄格子の前には、瀉血が終わった一つの死体が転がされていた。


 痙攣の余韻を残したまま硬直し、口からは乾いた泡の跡。


 目は見開かれ、白目が天井を映していた。


「今、配送のハイエースは出払っている……こいつは焼却炉に持っていけ」


 短く吐き捨てる声とともに、半グレたちが遺体を縄で縛り、ずるずると引きずった。


 床に擦れる音が、他のマルタたちの耳を裂いた。


 廊下を進んでも、立ち込めた異臭がおさまることはない。


 薬品と鉄、そして焼け焦げた肉の臭い。


 奥の部屋には、古びた焼却炉が据えられていた

 。

 炉の口は赤く輝き、低い唸りを上げていた。


 死体は躊躇なく放り込まれた。


 瞬間、死肉の焦げる臭気と共に黒煙が立ち上り、炎が遺体を舐め尽くした。


 呻き声はなく、ただ脂が弾ける音が響いた。


 別の夜――。


 荒川沿いの闇に、一台のハイエースが停まった。


 開いた扉からは、ビニールに包まれた死体。


 重量に任せて放り出されると、水音を立てて、一旦、川に沈んだ。


 冷たい水面に浮いた泡がすぐに消え、闇だけが残った。


 腐って体腔内に腐敗ガスが溜まるとまた浮き上がってくるが、それまでは川魚の餌だ。


 監禁室に残されたマルタたちは、その行方を知らずとも理解していた。


 ――死んだあとは、焼かれるか、川に棄てられるか。


 どちらにせよ、仏として弔われることはない。


 鉄格子の奥で、次の番を待つ者たちの呼吸は震え、涙は声にならず喉に絡んだ。


 焼却炉の唸りと水面の黒い揺らめきが、死を暗示していた。

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