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第36話 医療崩壊都市・トキソイドクライシス 31

 新宿、大久保公園周辺。


 通りの向こう側では、ネオンが煌めき、路地裏には不穏な風が吹き抜ける。


 屋台の残り香と、獣臭が入り混じった空気の中で、数人の少女が立っていた。


 一見、人目を惹くものの、安価な素材のドレス、やや厚塗のルージュ


 だが、その眼差しは人形のように感情を失い、ただ通りを歩く男を待っていた。


 そこに、一人の男がふらつきながら歩み寄った。


 スーツの襟は乱れ、ネクタイはすでに外されていた。


 頬は酒で赤く、獲物をあさる瞳だけが、ギラついていた。


「ねぇ、君、凄く綺麗だね……。おじさん、君とお友達になりたいなぁ……」


 低い声で、まるで知り合いに声をかけるような自然さだった。


 少女は目を細め、笑みを作った。


「いいよ……おじさん、どこに連れて行ってくれるの?」


 男は鼻で笑い、手を伸ばした。


 細い肩を引き寄せ、吐き出す息に酒の匂いを混ぜた。


「素敵なホテルに一緒に行こうよ……」


 女の視線が一瞬だけ冷たく揺れた。


 だが、次の瞬間には柔らかな笑みを戻し、頷いた。


「……わかった。おじさんについてく」


 二人の影が公園を離れ、夜の街に溶けていった。


 その背を、街灯の下から数人の男が無言で見送っていた。


 視線は氷のように冷たく、すでに次の段取りを読み終えている目だった。


 男はまだ知らない。


 楽しいはずの一夜が、簀巻きにされて地獄にはまる夜になることを。


 艶めいた声が闇に溶けた。


「いいなぁ、ぷにぷにの頬っぺた……」


 シャツの上側のボタンを外し、酔いの火照りを頬に残したまま、少女の肩に腕をまわした。


 少女の細い手が袖に触れる。


 その手は冷たく、どこか生気を欠いていた。


「君、名前を教えて」


「あたし、ジュン。おじさん、優しくしてね」


 女が笑う。だが笑みは、目の奥まで届いてはいなかった。


 二人は並んで歩き出した。


 夜の人混みが、まるで二人を祝福するかのようにざわめいた。


 だがそのざわめきの奥に、幾つかの黒い影が二人の後ろに張り付いていた。


 街灯の影に立つ数人の男たち。


 口元に冷笑を浮かべ、携帯に短い合図メッセージを送る。


 ホテルの赤い看板が見えた。


 中に入ると、空室を示す灯のともった部屋の写真を並べた正方形のパネル盤が迎えた。


 少女は慣れたしぐさで部屋を選び、ボタンを押して、ルームキーを受け取り口から取り出した。


 先にドアを押し開け、男はその背に従う。


 室内のエアコンはあまり効いていなかった。濡れて頬にふれるほどの淫靡な湿度を蓄えていた。


 カーテン越しに隣の雑居ビルのネオンが赤紫の光を投げかけていた。


 ドアの鍵が閉まる音が聞こえた。


 男はふと振り返った。


 その瞬間――クローゼットの扉が開き、暗がりから影が飛び出した。


「なっ……!」


 声はすぐに潰された。


 押し倒された体はベッドに叩きつけられ、複数の手が容赦なく口を塞ぎ、四肢を縛り上げた。


 ベッドに座った少女はただ傍らで微笑んでいた。


 艶めいた唇に、冷酷な翳を滲ませながら……。


 ――男には何が何だか、わからなかった。


 己が「丸太マルタ」となって、金町にこしらえられた生き地獄へ連れ去られる運命のことも……。

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