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第26話 医療崩壊都市・トキソイドクライシス 21

 かつては破傷風トキソイドを製造していた金町工場。


 操業停止により、すっかり人の気配を失った構内の一角に、稼働ゾーンが一つだけ残されていた。


 その奥に十坪ほどの密閉区画があった。


 区画の壁は鉛で覆われ、天井には監視カメラが四方を睨み、壁の一角には不自然な円形の通風孔が開いていた。


 工場応接室に葉と泡渕は入っていった。


 ソファの前に並べられた四つの液晶モニターには、その密閉区画の内部映像が映し出されていた。


 葉烈峰は片脚を組み、泡渕を隣に座らせた。


 うまそうに缶ビールを呷って、にやりと笑った。


「……第二段階を見せてやるぜ」


 泡渕は喉を鳴らし、額の汗を拭った。


 画面の中――。


 手錠と足枷をはめられた全裸の男が、二人の予防衣に身を包んだ作業員に引き立てられて転がされた。


 舌を噛んで死なぬよう、口には革のギグボールが噛まされていた。


 男の眼は血走り、恐怖の叫びをあげようとするも、その声は革に遮られ、ただ獣の呻きのようにこもっていた。


 やがて、通風孔の蓋が開いた。


 黒雲のように――無数の羽斑ハマダラ蚊が放たれる。


 群れは一斉に男へ襲いかかる。


 裸の肉体に群がり、刺し、血を吸い上げる。


 男は戒められた手足を暴れさせるが、鎖が食い込み、反撃できずにただ、ただ、四肢をばたつかせてもがき悶えるのみであった。


 数十分後、通風孔から、たっぷり男の血を吸った蚊が回収された。


 だが男の皮膚には紅斑の腫脹と出血痕が浮き上がり、全身は、おこりの高熱に震えていた。


 再び通風孔が開いた。


 またしても蚊の群れが流し込まれる。


 男の眼から光が消え、嗚咽と泡が漏れ、絶望が室内に満ちていった。


 泡渕は蒼白になり、隣の葉に問いただした。


「な……何をしている……これは、いったい……」


 葉は低く笑い、答えた。


「マルタ、だよ」


 泡渕の目が大きく見開かれた。


「……マルタ……?」


「かつて日本軍が、人体実験に使った現地人をそう呼んだ。今ここに転がっているのも同じだ。こいつは、かつて一度は、俺たちの慈悲に縋っておきながら、借金を踏み倒そうとした小日本鬼子。マラリア原虫を感染させた赤血球浮遊液を静脈注射されて、体内で原虫を育てる“原虫培養用の丸太マルタ”だ」


 泡渕は震え、声を絞った。


「……まさか、その蚊を……」


 葉の笑みは冷酷に深まった。


「そうだ。こいつの血中のマラリア原虫を腹いっぱいに吸った蚊どもを、通勤ラッシュ時の鉄道の車内、巨大遊園地(テーマパーク)の人混み、主要ターミナル駅の地下街……日本人の密集地、いたるところに解き放つ。この国の奴らは一斉にマラリアに感染する」


 泡渕の体温は下がり、汗が背を濡らした。


「……そんなことをすれば……」


 葉は声を荒げ、モニターを指差した。


「そうすれば、世界三大感染症と恐れられる疫病に冒されたこの国に投資する者はいなくなる。経済は吹っ飛び、株は大暴落し、日経株価は地に落ちる。しかし、これは単に金のためだけではないぞ。かつて虐殺された中国同胞の――弔い合戦でもある!南京で日本人がやったことの十倍返しだ、三百万の小日本鬼子の骸がここそこに転がるわけだ!アハハハハハ!」


 狂った高笑いが応接室に轟いた。


 モニターの中で、まだ死ぬことすら許されていない哀れな“マルタ”は、無数の蚊に群がられ、むことなく全身の血を吸われ続けていた。


 葉の笑い声と男の呻きは、地獄の合唱の如く重なり合った。

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