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第19話 医療崩壊都市・トキソイドクライシス 14

  サイレンの余韻と共に、担架が押し込まれる。


 救急搬送時診断、破傷風による全身痙攣、呼吸麻痺。


 患者は若い建設作業員の男。数日前に現場で転倒し、鉄筋を足に刺した時の泥に汚染された創傷が原因だった。


 顎は強張り、喉が閉じ、全身は弓なりに反り返る。


「痙攣発作! 呼吸困難!」


 看護師が必死にマスクを押し当てるが、空気は入らない。


 心拍モニターが激しく跳ね、アラームが鳴り続けた。


「抵抗が強すぎます!」


 丈二が巨体で抑え込み、患者の四肢を必死に押さえた。


「暴れるわねェ! でも負けねえわ、アタシの筋肉に!」


 片山が吠えた。


鎮静剤セルシン10ミリグラム静注!直ちに気道確保!」


 鎮静剤セルシン10ミリ、さらに追加で10ミリが投与された。


 患者の瞳孔が揺れ、痙攣が一瞬途切れる。


 続けて、片山は筋弛緩剤エスラックス50ミリグラムを一撃ボーラスで流し込んだ。


 静脈を駆け上がった薬が、硬直した筋肉を裏返すように沈黙させる。


 全身の硬直が嘘のように弛緩し、顎が開いた。


 阿羅業の手にした挿管チューブが声門を割り、人工呼吸器が肺に酸素を送り込む。


 モニターの警報が、かすかに沈んだ。


 だが安堵はなかった――これはまだ、最初の入り口にすぎなかった。


 阿羅業が静かに呟いた。


「……抗痙攣剤と呼吸管理だけでは、体が持たねえ。すでに毒素が全身を回ってやがる。痙攣と自律神経症状が止まらない。だが、重症症状を抑える免疫グロブリンここには……もう」


 短い沈黙。


 片山の眼が冷たく光った。


「……あるぜ。表には出せぬが、まだ眠っている」


 阿羅業のは目を細めた


「何ぃ?」


 片山は頷いた。


「闇の薬屋から手に入れてきたのは、アルヘンティナ・ジゼルの糸だけじゃない。静脈注射じょうちゅう用の抗破傷風免疫グロブリンもだ、もともとそっちを手に入れるのが目的だった。登録番号の無い免疫グロブリン。正規では忌避される亡霊だが、命を繋ぐ最後の糸になる」


 丈二が汗を拭い、ニヤリと笑った。


「筋肉じゃ菌を殴れない。でも……注射なら叩けるわ」


 ICUの空気は血と消毒液で満ちていた。


 人工呼吸器が肺を膨らませ、警報音はまだ赤く鳴り響いている。


 鎮静剤セルシンで痙攣は散発に減ったが、顎はなお震え、四肢は突発的に反り返った。


 片山が無言で保冷バッグから小瓶を出した。


 ラベルは剥がれ、ただ透明な液体が揺れている。


 冷気とともに薬草と消毒液が混ざった匂いが漂った。


「……闇の薬屋から仕入れてきた闇のグロブリンだ。抗破傷風人免疫グロブリン、1500国際単位」


 丈二が息を呑んだ。


「闇の薬……ただし、効くかどうかは、わかんない代物よ」


 阿羅業は一瞬だけ目を閉じた。


「効くか効かねえかじゃねえ。今、それを打つしかないんだ」


 阿羅業は、決断を下した。


「……三本ほどもらうぜ。その瓶の中身が、闇でも亡霊でも構わん。患者を死なせるわけにはいかねえ」


 阿羅業の背が、白い灯に浮かんだ。


 その背に、ICUの全員が無言で従った。


 阿羅業の手が静かに注射器を満たす。


 針先に一滴、冷たい雫が光る。


 確保した静脈ラインの三方活栓につなぎ、ルートを開ける。


 ゆっくりと静脈注射を開始する。


 グロブリンが体内へ注ぎ込まれた。


 部屋にいた全員が息を呑み、ただその一撃に運命を託した。






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