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第11話 医療崩壊都市・トキソイドクライシス 6

八つ目科学金町工場の、灯が一時的に落ちて、数週後……。


 午前九時。


 八つ目科学金町工場の正門に、二台の黒塗りワゴンが横付けされた。


 降り立ったのは、厚労省医薬食品局・査察官たち。


 無駄のない濃紺のスーツに、鋭い視線だけが光っていた。


 工場長と数人の係員が慌てて走り寄り、額に浮かぶ汗を拭った。


「……わ、わざわざご足労いただきまして」


 査察官の一人が冷ややかに言い放った。


「抜き打ちだ。GMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)適合性検証のため、全ラインを確認する」


 工場内は、突如として緊張に包まれた。


 白衣姿の作業員たちが、慌ただしく足を運び、消毒液の匂いが強まる。


 無菌区画の前。


 査察官が差圧計を睨み、眉を寄せた。


「……おかしいな。気圧が基準値を下回っている」


 壁の差圧計は、規格値の負圧を維持できず、わずかに針が揺れていた。


 圧較差ができて外気が入り込めば、無菌保証は成立しない。


 さらに、サンプル室で採取した空中浮遊菌の培養皿には、すでに微細なコロニーが芽吹いていた。


 査察官は冷徹に言った。


「これでは"クリーンルーム"ではなく、ただの汚染部屋だ」


 工場長の顔色が蒼白に変わる。


「し、しかし! 本稼働ラインでは基準を満たして──」


「言い訳は聞けないな」


 さらに、廃棄記録と製造帳簿を突き合わせる。


「……どうして、ロットの一部が倉庫から消えている?横流しでもしたか?」


 その一言で、場の空気は凍りついた。


 作業員たちの視線が揺れ、工場長の背筋が軋むように曲がった。


 査察官は冷ややかに宣告した。


「八つ目科学・金町工場。GMP、医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令、2004年厚生労働省令第179号の適合基準性に重大な疑義あり。直ちに操業停止とする」


 無機質な言葉が、判決のように工場を叩きつけた。


 工場長は膝から力が抜け、金属床に汗が滴った。


 この瞬間から、国内の破傷風トキソイド供給は、闇へと滑り落ちていく。


 各医局の掲示板に、A4用紙一枚の通知が貼られていた。


「破傷風トキソイド出荷停止のお知らせ」


 発信元は厚労省医薬食品局。


 八つ目科学が、そのほとんどを製造していた国内唯一の破傷風トキソイド──。


 その製造工程に「適格性検証の疑義」が発覚した。


 工程の一部が国際基準に適合していない可能性があり、全ロット自主回収、出荷停止。


 他に国内メーカーは限られ、代替品の輸入にも時間がかかる。


 厚労省は在庫のある病院に対し、「重症リスク患者への投与を最優先」との通達を出した。


 だが、医療の現場は知っている。


 この手の"最優先"は、結局「使えない」に等しいと。


 入荷予定は「未定」、在庫は日々削られていく。


 在庫ゼロの病院が出るのは時間の問題だった。


 医局長の片山は、その紙を無言で剥がし、机に置いた。


「……こういう時に限って、ヤバい患者が来るんだよな」


 最凶医大第四内科のメイン分野は、がん治療学と感染症学。


 もはや洒落にならない事態になりつつあったが、第四内科の医局員のほとんどは、まだ状況を把握していない。

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