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第100話 帝都暴走 20

 激しい夜の雨は、刃のような鋭さで東京の大地を削っている。


 雨粒は風に煽られ、地を叩きつけ、焼き討ちに遭った建物の焦鉄とコンクリートの臭いを混ぜ合わせていた。


 湾岸の闇は息をしていなかった。


 空も海も黒一色に溶け合い、死んでいるように感じる。


 そこにあるのは、濡れたアスファルトと血の匂いだけだった。


 警視庁庁舎の屋上では、黒いヘリの機体が雨粒を跳ね返しながら、地鳴りのようなエンジン音を唸らせていた。


 特別行動隊所属の機動隊員たちは、無言で対テロリスト装備で武装していた。


 誰もが分かっていた。


 この出動は、もはや"通常警察の範疇内"ではないことを。


 加奈子はヘリの前に立っていた。


 風が顔を打ち、濡れた髪が頬に貼りつく。


 瞳の奥に、都市の闇が映り込んでいた。


 阿羅業が歩み寄る。


 白衣ではなく、黒のジャンパー。


 手の甲に残る傷痕を隠そうともしない。


 その姿は、医師ではなく、戦場へ赴く傭兵のようであった。


「刑事よ。……出るのか」


「ええ。品川埠頭。あなたが見つけてくれた、煉脈連の新しい闘いの巣」


 雨が、二人の間を切り裂くように降りしきる。


 阿羅業はしばらく黙っていた。


 雨粒が頬を滑り、顎を伝って落ちる。


「医者が、戦場に行く理由なんて一つだ。誰かが命を失う前に、それを止めるためだ」


 加奈子はわずかに頷いた。


「私たちは止めなきゃいけない。科学の名のもとに作られた悪魔を、ここで終わらせるの」


 遠くで雷鳴が走った。


 その閃光の中で、二人の影が一瞬浮かび上がる。


 阿羅業の目が光を受けて、鋼のように冷たく光った。


「……煉脈連は、科学で武装した猛獣どもだ。今度こそ、終わらせよう。俺の手で"殺戮の帳"を閉じる」


 加奈子が通信端末を握り、低く命じた。


「特別行動隊、出動準備。目標――品川埠頭コンテナ倉庫群。作戦開始、二十三時三十分」


 ヘリのローターが回転を上げ、雨の刃を斬るように舞い上がる。


 吹き荒れた雨粒の飛沫が顔に当たるたび、皮膚が裂けるように痛んだ。


 阿羅業はヘリのドアに手をかけた。


 振り返らずに、低く言った。


「生きて帰れ。死人が語る真実は、いつも遅すぎる」


「ドクターもね……」


 互いに見もせず、言葉を交わす。


 それだけで、二人はこの戦いのすべてを理解していた。


 ヘリが空へ跳ね上がる。


 雨を裂き、闇を突き抜ける。


 眼下に広がる瀕死の東京の灯が、


 まるで燃え尽きかけた灰のように滲んでいた。


 湾岸の夜が唸りを上げる。


 罪と科学の最終決戦に向け、 闇が、ふたたび息を吹き返した。


 郭英志の声が、阿羅業の胸の奥で繰り返された。


「娘を見つけて、罪を償わせることになったら、頼む。銃じゃなくメスで娘を償わせてやってくれ」──あの夜、郭の目は泥のように濁っていたが、その中に小さな祈りが光っていた。


 男の声は震え、酒と薬草の匂いが混じっていた。


 阿羅業は黙って頷いた。約束したのか、ただ受け流したのか、そのときは自分でも判らなかった。


 ただ、郭の言葉は鋼の刃のように重く、今も胸に刺さったままだった。



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