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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2125:日本連邦へようこそ!【パイロット版】

作者: 日本連邦観光公司

※この物語はフィクションです。

実在の人物・団体とは一切関係ありません。

万が一リアリティを感じた場合、それはあなたの想像力が豊かすぎるか世界がディストピアに近づいているかのどちらかです。

ログ1 日本連邦へようこそ!


 祝 スマホ解禁!


 いやー長かった。

 だいたい12時間ぶりか?

 若者からネットをとりあげるなんて、ひどい!

 しかも慣れ親しんだスマホじゃないせいで扱いにくいったらありゃしない。

 うぷす……このままじゃ旅行記じゃなくて愚痴日記になるな。


 いま、わたしはあの日本連邦にきている。

 ホテルの一室でくつろいでいる。

 飛行機に乗った話、はいいとしてあれを書こう。

 隣に乗り合わせた男性だ。

 彼はリチウム製品を大量に持ち込んでいたのでフィリピンの搭乗審査の段階で全部取り上げられた。


 全部だ!


 スマートウォッチ、インカム、ハンディファン、ノートPCなどなどありとあらゆるリチウムイオンバッテリー内臓製品を没収されていた。

 その男性はもう顔を真っ赤にして怒鳴ってた。

 ついでにスマホを没収されてSIMカードだけを渡されていた。

 たまたま隣に座っていたわたしはずっと愚痴を聞かされる羽目になった。

 お察しのように日本連邦には独特なルールがいっぱいある。

 そのなかでも有名なのが「飛行機にリチウムイオンバッテリーを持ち込まない」というルールだ。


 2030年代に痛ましい航空機炎上事故が連続して起きた。


 緊急着陸して機体全焼の事故から民家に墜落する事故までいろいろだ。

 調査の結果、その炎上はリチウムイオンバッテリーが原因だった。

 当たり前なんだけど品質不ぞろいのリチウムの持ち込み量が増えればそれだけ出火のリスクは上がる。

 低コスト低品質、経年劣化、長距離飛行による環境の急変、ぞんざいに扱うユーザー。

 通販サイトで「超特売98%OFF」と「信頼と安全100%国産」という2つのリチウム商品が並んでいたとき、どちらを選ぶのか?

 この問いに日本連邦は、クソリッチー(低品質リチウムバッテリーを最近はこう呼ぶ)を選ぶにきまってるからリチウムの持ち込みを禁止しよう、という感じになった。

 だから日本では搭乗前にリチウム検査が実施されているのだ。


 言いたいことはわかる。わかるけどスマホ置いてけってのは現代人にゃムリなんだよ!!

 おかげでずっとイライラしているお隣さんのグチを聞かされた。


 日本国内に着くと日本製スマホが配られた。

 んで、SIMカードを差し込んで、

 ポチっとな。

 やっと旅行記を書けるようになったというわけだよ。


 いえーい!


 ご存じのように日本連邦はほんの10年前まで鎖国していた。

 正確にはいまも鎖国している。

 東京だけが観光客向けに受け入れている状態だ。

 日本連邦の評判のわるさは誰もが知るところだ。


 すべての国際的な組織から脱退した国。

 グローバル社会から背を向けた国。

 超監視社会の国。

 自由平等人権を否定した国。

 大総統に忠誠を誓う侍の国。

 臓器売買の国。

 地上最後のディストピア。


 うへ、こわっ!


 そんな恐ろしい国にわたしは旅行しにきた。

 この旅行には目的がある。

 その目的を書く前にわたしについて書いておこう。

 まず最初にわたしはハワイ大学に通う日系アメリカ人になる。

 この日系というのが旅行でのポイントになる。

 海外の日系外国人は「特別行事資格者に対する特例在留資格認定証明書交付申請書」というものを申請することができる。

 長すぎて意味不明なお役所用語をわかりやすくすると「一族のお墓参りとかで入国したいならここにいろいろ書いたら特別にOKするね」という意味になるらしい。

 これを申請して日本連邦の本州を自由に移動できる資格を得たのだ。


 おわかりだろうか?


 わたしは一国の大統領すら立ち入れない日本連邦の”本州”に足を踏み入れることができる。

 すごくない。すごいっしょ!

 ついでにメールで墓参り以外に本州の観光をできるか聞いてみた。

 そしたら専属のガイドが同行するので問題ないと返答がきた。

 わたしは専属ガイドと聞いて内心、絶世の美女が案内してくれるのかとワクワクした。

 きょう羽田空港で”彼”に会うまでは――。


 ガイドはおっさんだった!


 うん、知ってた。

 そりゃ外国人キライで有名な日本が異性のガイドを付けるわけないよね。

 ガイドの名前は****。……****。

 どうやらスマホのプライバシー保護機能が悪さをしているようだ。

 人の名前を書けない。


 ふぁっきゅん!


 しょうがないので人物名は出会った順にABCにする。

 あとで人物対応表でも作るか。

 Aは日本連邦本州の職員である。たぶん。

 ほんとうは監視役なのだろう。

 彼は30代ぐらいのアフロが特徴的なおじさんだった。

 身長は低く小柄だけど、横に幅のあるぽっちゃり系、ビシッとスーツを……なんてことはなくラフな私服姿だった。

 結構ラフなんですね、といったら「東京人は連邦人を敵視してるから、バレないように私服なんですよ」と笑いながら答えてくれた。

 どうやらウワサは本当のようだ。


『日本連邦と東京は敵対している』


 これは観光客の受け入れてすぐにネットで広まったニュースだ。

 日本連邦は旧日本国の上位政府になる。

 アメリカは当時の13邦がフィラデルフィア憲法制定会議でアメリカ合衆国の憲法を制定した。

 ここからわかるように13邦の合衆国だ。

 日本連邦は逆で1国をいくつにも分離して日本連邦となった。

 旧日本国は東京以外のすべての土地を失った。といえる。

 そのため日本連邦と旧日本国、いまの東京特区は非常に仲が悪い。

 どのくらい仲が悪いかというと原則として東京特区の”東京人”は日本連邦本州へ立ち入れないほどである。

 笑いながら連邦人だとばれたら袋たたきになせるといった。

 それは笑えないぞ。


 Aは、ガイド(監視)は連邦側に入ってからそれまで自由に観光を楽しんで、といってくれた。


 ここで旅行計画をざっと書く。

 1.だいたい3日くらい東京特区を観光する。

 2.途中で多摩区にある(母方の)お墓参りをする。

 3.日本連邦に入る。

 4.北海道に行き(父方の)お墓参りをする。

 5.自由!

 精緻に考え抜かれたすばらしく美しい旅行計画だ。

 無計画バンザイ!


 なにも情報がないのだからしかたない。

 もし内情のわからない日本連邦の計画をつくれたら、そいつはコミックヒーローの可能性が高い。

 だからわたしは旅行記を書くのはいったんやめて、

 これからホテルの部屋に置いてある旅行パンフレットを読むつもりだ。

 その題名は――。


「2125:日本連邦へようこそ!」




ログ2 オーガニック農場


 東京特区の観光に行ってきた。

 まずビュッフェ形式の朝食を済ませた。

 朝食についてパンフレットにでかでかと「100%有機野菜使用」「食の安全オーガニックジャパン」とか書かれていた。

 美味しかったけど火を通した肉類がなかった。

 代わりに豆腐ハンバーグとか大豆ミートが用意されていた。


 食後。

 パンフレットを見ながらどうしようか考えていたら感じの良い老夫婦が話しかけてきた。

 どうやらわたしを日本人だと思ったらしい。

 わたしはハワイの日系アメリカ人だというと2人はニューヨーカーだと言ってくれた。

 英語が通じるとわかり話が弾んだ。

 2人は若い頃、鎖国する前の首都東京について話してくれた。

 まだまだ活力のあった東京の画像データを見せてくれた。

 そこには40年前の若いカップルと高層ビル群の夜景、展望デッキからの景色、雄大な富士山、元気だったころの東京が映し出されていた。

 もう半世紀も前だという。

 2人は東京特区を隅々まで散策したが、当時の面影はかつて皇居と呼ばれていた場所の石垣くらいだといっていた。

 わたしも祖父にそのころの日本を聞かせれていた。

 だから空港を出て目に入った東京を見て、愕然とした。

 わたしは老夫婦とわかれてホテルの外にでた。

 きょうは晴天で空が青々とすみきっていた。

 あの画像の東京と違い、高層ビル群がないから空が掴めそうだった。


 日本連邦東京特区、かつて存在した高層ビル群は消え去っていた。


 40年前、南海トラフ巨大地震が発生した。

 その最も被害を受けたのが名古屋を中心とした東海道一帯と関東だった。

 別名「東海関東大地震」と呼ばれている。

 震源地から遠く離れた東京のほうが被害が大きかったという。

 その原因はインフラ計画の失敗だ。

 100年前に本格的な少子化のあおりでインフラ更新が滞りはじめた。

 それから60年、長らく放置していたツケが大震災によって回った。

 ひび割れ。

 崩落。

 陥没。

 ガス噴出。

 浸水。

 そして高層ビルの崩壊。

 私が知っているのはこの惨状の映像だけになる。

 その後、日本連邦は鎖国を宣言して情報が入らなくなった。

 10年前に訪れた観光客たちは衝撃を受けた。

 高層ビルがなくなり、代わりにリゾート街になっていたのだ。

 かつての経済大国、技術大国の首都が観光リゾート地に変貌した。


 わたしは東京特区のリゾートエリアに少々失望している。

 大量のホテル、ホテル、ホテル、そして観光客向けの施設。

 ハワイと大してかわらん。

 そんなのでハワイ民を満足させられると思うなよ!

 リゾートで遊ぶ余裕なんてないけどな!!

 唯一の違いといえばリゾートビーチがなくて、代わりに平和島IRカジノという統合リゾート施設が海側に構えていた。

 埋め立て地の工場地帯もすべて再開発されて統合型リゾート施設の一部になっていた。

 かつて東京湾に面して存在したテーマパークは朽ちた施設が遠目に確認できた。

 もっとも失望したのが東京23区のかなりのエリアが立ち入り禁止だった。


 例えば渋谷は立ち入り禁止エリアだ。


 40年前、都市計画に失敗して多重老朽化と震災のダブルパンチをうけた。

 地下鉄の通っていた場所は浸水した。

 経年劣化した地下貯水槽も耐え切れずに崩れ、地上のビルが地下へと飲み込まれた。

 さらに異常気象の豪雨が何日も続き、蟻地獄のようになった渋谷に流れ込み、復興を困難にした。

 国際的な援助? 鎖国によって復興の可能性がすべて断たれ都市を放棄する事態となった。

 40年経っても渋谷は規制線が張られて近づくことができなくなっている。

 今では雨が降ると渋谷湖が出現するらしい。

 ほら世紀末のロボットアニメとかの湖畔に朽ちたビルの映像、それをリアルに見ることができる。

 世紀末映えスポットだ。


 イヤな映えスポットだな!


 とにかく東京23区のあちこちが未だに立ち入り禁止になっている。

 だいたい地下鉄に沿うように立ち入り禁止エリアができている。

 23区でリゾート化してないエリアはかわり映えしない団地がつづく。

 たぶん東京人のベットタウンなんだろう。

 彼らは団地で寝起きして観光客のためにリゾートエリアでせっせと働く。

 ハワイ人と似た感じの生活だ。

 もしハワイアンがこれを見ていたら、こう思うはずだ。

「いやいや全員が観光客相手に商売してるわけじゃない。ほかにも産業はある!」


 東京もそうで、多摩区と呼ばれる地区はどこまでも農地が続いていた。


 中央線にのって奥多摩まで向かった。

 東京を横断するこの路線で南北キレイに分かれる。

 その南北両方がどこまでも農地が広がっていた。

 そのほとんどが水田になる。

 どこまでもどこまでも水面が青空を映していた。

 水田のあいだを細い道が通っていて、その道沿いに垂直風力発電機がクルクル回っている。

 巨大なプロペラ方じゃないのはイネのジャマになるからか?


 ただ一族の墓がある最寄り駅に降りたとき風が吹き抜けて、涼しかった。


 ここは観光地から外れているので外国人がほとんどいなかった。

 農地に追いやられるように村があった。

 その中心である役所に行った。

 古い資料を渡して、一族の墓の場所を調べてもらう。

 そのあいだ、役所の老スタッフが村について話してくれた。

 人口減少と連邦化、震災を含めていろいろあって関東から人が流出していく。

 日本連邦は関東を放棄した。

 連邦の方針に反対した人々を東京の南は多摩川から北は荒川のラインで再定義した。

 そのため東京は40年前と違い、南の大部分が神奈川にとられ、逆に北の埼玉をえぐるように土地を得た。


 東京特区は2大河川という堀で囲われた東京出島になったのだ。


 日本連邦は思想の合わない人々を分類してグローバリストたちや外国人擁護をするリベラル派を東京送りした。

 だから東京は島流しされたリベラルな人々の国なのだという。

 彼らは自分たちの正しさを証明するために持続可能なSDGSを達成することと多様な人種と共生できる社会を目指して自分たちの力だけで東京を生まれかえた。

 東京23区は富裕層の一軒家をすべて壊して団地にして住居を提供した。

 さらにリゾート計画を打ち立てて、特区の権限を駆使して鎖国下でも観光客を受け入れられるようにした。

 彼らはグローバル社会との共生を選び、日本連邦と決別した。


 その結果、多摩区全域がオーガニック農場になった。


 墓の場所を調べた老スタッフが墓の場所を教えてくれた。

 そして若い人が案内をしてくれることになった。 

 若者、Bとしておこう。

 彼は老人の昔話にうんざりしていた。

 そして私にグラサンを渡してくれた。

 彼が言うには日差しで目をやらないためという。

 グラサンのおかげで太陽光の照り返しが少し緩和された。

 水田が鏡のようになった太陽がまぶしかった。

 そして太陽光発電パネルがさらに追い打ちをかけるようにわたしの目を襲う。

 奥多摩の山々は太陽光パネルで埋め尽くされ、光の反射がすごかったのだ。


 太陽光の照り返しで額にうっすらと汗がういた。とにかく暑い。風が涼しいのが救いだ。


 東京特区は再開発のため各地の墓所を移動する必要が生じた。

 また発電もクリーンエネルギーにする必要があった。

 そこで奥多摩の山々を削り、太陽光パネルを設置して、そのパネルの真下に墓石を置いた。

 SDGSどこいった?

 保守点検用の階段を上り、目的の墓を見つけた。

 じいさんが日本連邦を出ていくときに撮影した画像データとよく似た、けれど少し風化した墓石だ。


 お参り。

 会ったことのない先祖。

 彼らも知ってる山々を削ってそこに移される。

 太陽光パネルが屋根の代わり、

 パネルの汚れを落とすため作業員が水をまき、

 滴る水で苔むす。


 ツルがパネルアームに巻き付き、

 作業員がそれを取り除く。


 足元の地盤が緩いのか、

 となりの山は崩れ、

 パネルと墓を作業員が掘り起こす。


 先祖を敬うというには冒涜的で、

 どうしようもなくムダなことを繰り返す。


 見ていて過去との断絶を突きつけられた。


 気が付いたら涙が滴った。


 お墓参りの最中、Bは不満を口にしていた。

 オーガニック農場は化学肥料も農薬散布もしない。

 水が豊富で高温多湿の日本では害虫、カビ、病害が深刻だ。

 収穫量は土地面積に対して少なく、ありえないほど高額になる。

 リゾートに訪れる裕福な外国人ならともかく東京人にはかなりの負担だという。

 それはエンゲル係数である程度わかる。


 エンゲル係数50%。(国連食糧機関しらべ)


 一般家庭の消費支出のうちどれくらいが食費なのかという指標だ。

 消費が10万で、食費が2万だとエンゲル係数は20%になる。

 100年前の日本は25%だった。

 しかしBの話をきくと今はエンゲル係数50%を越えているというのは本当のようだ。

 働いても働いても飯代に消えるのだという。

 これはアメリカの16%、メキシコの33%と比べると後進国並みになる。

 じいさんの祖国は農業後進国になっていた。


「半分は公務員」


 Bのグチは東京の内情を垣間見ることができた。

 オーガニック農業は儲からない。

 手間ヒマがかかるし苦労がつづく。

 それでいて大量の人が必要なのに外国人労働者を受け入れられない。

 農家が自立できないほどだ。

 だから政府は東京で働ける人の半分を公務員とした。

 国民の半分が公務員ということは公務員から税金をとれないので税収も少ない。

 だから増税の代わりに農業公務員の給料は薄月給になる。


 実入りのいい仕事はリゾート従業員だ。


 東京の一番の稼ぎ頭はカジノになる。

 同時に税収はすべて国の維持のために使われる。

 カジノの1ゲームへの課税。

 通称ゲーミング税が税収の80%になる。

 そのすべてがSDGS達成のために使われている。

 大量の太陽光パネルに風力発電、都市の復興、いくらあっても足りないという。


 東西の格差はひどいんだ、そんなグチを帰化された。。


 私はBに日本連邦へ行けたら行くのかと聞いてみた。

 彼は日本連邦に対する罵倒をさんざん言った。


「あんなヒトモドキの国――」それが耳に残った。


 どれほど連邦を恨んでいるのかわからない。

 だが、若者が苦労しているとその発言からわかった。

 苦労が不満となって出たんだと思う。


 書いてて胸の内にモヤモヤが晴れないので、これから酒を飲んでくる!




ログ3 ARゴーグル


 さて東京特区の観光と墓参りがおわった。

 いろいろじいさんの祖国が様変わりしていて、昨日の夜は感情が追い付かなかった。

 少し頭が痛い。

 今日はついに誰も足を踏み入れたことのない本州側へといく。


 ちょっとドキドキする。

 

 ホテルを出るとガイドのAが車を用意していた。

 初日とちがい似合わないメガネのようなゴーグルをつけている。

 メガネのヨコのテンプルが異様に太い気がする。


 車はEVカーになる。

 4人乗りEVは完全に自動化されているのか、なんとハンドルやペダルといったものがなかった。

 運転席から助手席までを横長のタッチパネルになっている。

 タッチパネルは計算しつくされた曲線美と機能美を兼ねそろえていて、中央が少し前に突き出している。インパネ部分だ。

 パネルにはアプリアイコンが大量に並んでいて左右どちらに座っていても押しやすくなっている。

 Aは実際に空調を起動させてタタッとアイコンをスライドさせて設定をおわらせる。

 サイドブレーキとかゴチャゴチャした機械部品がないから実はどちらが運転席とかあまり関係なさそうだ。


 発進にアクセルペダルは必要ない。

 前進アイコンを押すだけだ。


 40年前の車はまだまだ安全性に対する認識が弱く、アクセルとブレーキペダルが隣にあった。

 鎖国前の日本もそうだった。

 信じられないだろ?

 アメリカは20年前からアクセルペダルとブレーキペダルを隣に配置してはいけないという法律ができた。

 どうやら鎖国後の日本車はずっとブレーキペダルのみらしい。

 スマホとEVカーはすぐにリンクできて、車内で旅行記をためしに書いている。

 パネルがそのままPCみたいになっていろいろ書ける書ける。


 ここからはライブ感でいくぜ。


 わたしは東京特区と日本連邦をつなぐ荒川の大橋まできた。

 橋はいくつかあるが、昔より数が少なく絞っているようだ。

 橋の前には人だかりがある。

 東京人のデモ隊だ。

 日本連邦にたいするデモだ。

 プラカードには「遺伝子組替え汚染絶対阻止!」「科学! 独占禁止法の遵守を!」「人権を守れ!!」「徹底訴訟!!」といろいろ書いてある。


 Aが操作する仕草でだれかに連絡をする。

 インカムはなさそう?

 すると橋を守る警備隊がデモ隊を排除して道をあけさせる。

 車両が日本連邦側だとわかるとデモ隊が抗議の罵声をわたしになげかける。

 いや~訛り? が強くてなに言ってるのか全然わかんないや。


 Aが「すみませんね。彼ら観光客の相手をしていても非文明人なので」といった。

 日本の恥ずかしい連中をみて気分悪いでしょうという感じで困り顔で頭をかく。

 ぼさぼさのアフロがゆれた。アフロってゆれるんだ。

 私はおそるおそる、「同じ日本人ですよね」と聞いたら、「まさか。彼らは自分たちの出自をわすれた外国人ですよ。国籍ないのに存在しない権利を主張して困ってるんですよ」と衝撃の答えが返ってきた。

 東京特区(旧日本国)には外国人参政権がある。もちろん出生地主義国だ。

 しかし日本連邦は外国人参政権も出生地主義も認めていない。

 まったくちがう法律と制度で国籍が定義されている。

 一応、日本連邦国籍保有者もいる。

 そちらはちゃんと書類を提出して不備がなければ日本連邦市民として迎えられる。

 40年間の間にいろいろあり、ほとんどの日本人はオーガニック農業を諦めて戻ってきたという。

 残ったのは参政権のある国籍不明な外国人と出生地が東京だから日本人となったBのような旧日本国籍保有者たちだった。


 東京人は日本連邦を嫌っている。


 が、そもそも日本連邦は東京人を認めていなかった。




 橋を渡りきると検問所だ。

 軍服姿の男がい警備している。

 ほぼ国境という扱いなのだろう。

 軍人にじろりと睨まれたが、次には慣れない笑顔で通してくれた。


 笑わない軍人はコワイが、笑う軍人もコワイ。

 あと笑顔で血をとられた。

 写真を撮られた。

 指紋もとられた。

 虹彩もとられた。

 ねえねえ、外国人はそんざいが犯罪者なんですか?

 A、連邦国民は生体データの登録が必須だよ。


 忘れるところだった。日本連邦はディストピアである。徹底管理は基本だよね。


 ここから日本連邦武蔵州だ。

 武蔵州とは連邦制に移行してから作られた州になる。

 アメリカの州制度と大体同じになる。細かいところは目をつぶる。

 そのため州裁判所、州議会、州政府の3点セットが武蔵州を構成する県のどこかにある。

 …………埼玉県さいたま新都心だって。


 さいたま新都心は新しい「新都心」になったらいいな~というサイタマ人の願望から1990年に再開発が始まり、2000年に誕生した街だ。

 すぐにコンセプトに基づいて省庁支部が置かれるようになった。

 それから100年後。

 お望みの通り日本連邦武蔵州の州政府、州議会、州裁判所が置かれて、事実上の関東一帯の中心として機能している。


 北へ北へ、17号線を北上中。

 ヒマ、ヒマ、ヒマ。

 アフロのあんちゃんがアプリゲームを起動してくれた。

 わーい。マイン〇スイーパーだ。くそが!!

 飽きるほどやったわ!


 今後の予定。

 まず北海道に行く。

 そして墓参りだ。

 それが目的だからね。

 墓参り後の自由時間は北海道を見て回りたい。

 懸念事項。

 オーガニックとお酒が財布に響いて軍資金が心もとない。

 そんなことを言ったらAがしばしば考え込んだ。

 アフロをゆらゆら揺らしてからホームステイを募集したらどうかと提案してきた。


 それいいね! と即答した。


 ホームステイはいいとして気になる事があった。

 日本連邦に入ってからどうもネットの調子が悪い。

 ほとんど「インターネット未接続」となる。

 アフロが笑いながらここではワールドネットにはつながらないといった。

 ワールドネットというのはふつうのインターネット・システムのことらしい。

 日本は鎖国してからネットシステムを一新した。

 いまでは東京特区以外ネットにつながらないという。


 おおぅ、マジか!?


 話し合い中。


 よし、これからの流れ。

 日本独自のネットシステムに登録する。

 そのネット上でホームステイの申請をする。

 公募して返事が来るまで待つ。になる。

 オーケー、初めてスマホの契約をしたときと同じだ。

 スーツ着たお姉さんの言われるまま契約書にサインするだけだ。

 そうだよね。

 全世界共通そうだよね?



 さいたま新都心は…………思っていたより人が少なかった。

 通りにはほとんど人がおらず、繁華街と思われる通りもまばらだ。

 そもそも煌びやかとほど遠い。

 ネオンも仰々しい看板も、映像でよく見る動く広告もない。

 州都が繁栄していないことはアメリカでもよくある事なのでそんなものかと思った。

 Aは、「平日だから活気ないでしょ。まあ休日でもそこまで人はいないんですけどね」と笑いながらいった。

 私は活気よりも人々のファッションに目がいった。

 だれもがメガネ、というよりゴーグルをかけている。

 形やデザインは違うがほぼアフロゴーグルと同じだ。

 またへんなのは一人で楽しそうにおしゃべりしたり、誰もいない方向に手を振ったりしていたのだ。

 それも一人二人ではなくかなりの人数が、だ。

 全員がまるでパントマイムをしているようだった。


 Aに日本人は大道芸をはじめたのかと問いただす。


 Aが笑いながら自らのゴーグルを渡した。

 つけろって意味ね。

 はいはい。

 アフロに促されてつけると、いままでの景色が一変した。

 殺風景だった都市がカラフルな色彩で彩られた。

 看板にはスポンサー企業の商品や案内が映し出された。

 何もない広場には複雑な幾何学模様のモニュメントが映し出されている。

 そして人だ。

 さっきまでいなかったところに人が映像として現れた。

 一人で話していたと思った隣に人が現れた。

 ベンチに座っている人は目の前に映るUIを操作していた。


 ARゴーグルという。


 Augmented Realityの略で拡張現実という。

 ARゴーグルはデジタル情報を現実に映しだすためのゴーグルになる。

 テンプル部分に小型カメラとバッテリーそして通信機が内蔵されている。

 このゴーグル一つでスマホとPC両方の機能があるという。

 まじか!?

 いやいや中身どうなってんの??

 しかもいつの間にかEVカーのフロントガラスをAR表示モードにしていた。

 ふつうに二重で映されて目が疲れた。


 ――閑話休題。


 ARゴーグルの契約プロバイダーうんたらかんたらをした。

 手持ちのスマホを渡してARゴーグルとリンクしてもらう。

 スマホのSIMカードは返却された。

 ゴーグルは仮想SIMカードが使われるので、実物はいらないといわれた。

 ということは。

 盗聴スマホとおさらばか~。


「スマホに盗聴機能なんてありませんよ。だってネットつながってないから」


 …………まじか。


「ARゴーグルは全部筒抜けなので気をつけてね」


 ……………………まじか!


 そうだった超監視社会の国だった。

 もう絶対にアフロをバカにしない。

 悪口いわない。

 まじで。


 ということでAさんにARゴーグルの使い方を教わった。

 まず拡張UIで旅行記が書けるようになった。

 手入力、音声入力完備、AI予測機能もあってすらっすら書ける。

 おーけー。

 わたしはAさんにどうやってネット上でホームステイ先を募集できるのか聞いた。

 検索サイトどこじゃい!

 そしたら空を指さした。


 その時に初めて気づいたんだ。


 東京湾の方角に山よりも巨大な建造物が、超デケーネオ東京ががそこにあったんだ。





ログ4 仮想都市扶桑


 私は手に入れたARゴーグルを上下させて巨大建造物を眺めた。

 ARつまり拡張現実として存在する建物だとわかる。

 現実には存在しない。

 ゴーグルを着けている子供も面白がって同じく上下させて巨大構造物を見てキャッキャッしていた。

 母親とママ友がその光景を見てうふふと笑っていた。

 ちょっと恥ずかしかった。

 Aの説明によると巨大構造物の名前は「扶桑」という。

 扶桑とはかつて大日本帝国時代の戦艦の名前、のほうが有名であるが元ネタは中国の伝説にある。


 伝説を語ろう。


 大陸の人々に伝わる伝説によると東の果てに巨木が生えている。

 その巨大樹の生える土地は扶桑国と呼ばれていた。

 神木「扶桑樹」は2000人以上の人々が手をつないで囲むほどの太さの大樹で、さらに根が一つ、幹が2つ、この幹が互いに絡み合って成長しているという。

 さらに扶桑樹は小さな果実を生みだし、これを食べると仙人になれる。あとついでに空を飛べる。

 古代の東洋世界では不老不死の仙人が住む伝説の地と伝わっていた。


 それがいつの間にか東の果て、日本の別称として使われた。


 それでこのARゴーグルで見ることができる扶桑と呼ばれる建造物が何かというと日本連邦の仮想首都だという。

 日本連邦ではネット検索サイトやSNSは衰退している。

 代わりに扶桑に赴くことで色々な情報やコミュニティにアクセスできる。というのだ。


 なんてめんどくさいんだ。


 それにこの時はAR上の建物にどうやって行くんだと思い、少しバカにされた気がした。

 まさか本当に行けるとは思わなかった。

 だってARはそこにあるように思わせる技術であって、本当に触ったり行けるわけじゃない。

 私はアフロの後ろをついていって、新都心の駅の近くにある公共ネットカフェへと案内させられた。

 まさかのネカフェである。

 カフェの案内はゴーグル越しにARアバターがしてくれた。

 ちなみにイルカだった。

 まず公共ネットカフェの登録になる。

 と言ってもゴーグルの登録情報を読み取るだけなのですぐに終わった。およそ3秒である。

 次に全身スキャンの許可を求められた。


 マジか……。


 少々抵抗感があったが、どうせ監視されているのだし気にせずスキャンされた。

 そのあとARアバターに個室へと案内された。

 殺風景というより真っ白な部屋にはゆったりできる椅子だけがあった。

 アバターの説明によるとこの椅子が非接触型のフルダイブデバイスになる。

 つまりアレですよ。

 ゲームの世界に行ける夢の装置。

 ちなみに脳が焼き切れたり魂がネットを漂い続けたりしないか聞いてみた。

 答えは「脳を焼く出力は無く、さらに脳波に作用して認識を誤認させる技術であって意識を飛ばす技術ではない」と回答があった。

 無理やりひっぺがすと軽いVR酔いになってちょっと吐くだけだという。

 それはわたしにゲロインになれってことかい。


 この脳波うんぬんの装置をブレイン・マシン・インターフェースという。

 略してBMI。


 使用感は……なんていうかウゾウゾした。あるいは首の後ろがチリチリした。

 ホントなんて言えばいいのか不思議な感覚だった。

 次にアバターに言われるままゆっくり起き上がった。

 振り向くと私が寝ていて、幽体離脱した気分だった。

 私自身のアバターは最初に全身スキャンした時の姿なので、普通だった。

 ただ服装がスキャンと関係ないタイツみたいな、なんだこのクソださデフォルト衣装は。

 顔もザ・自分の顔だった。

 変えられないか聞いたら個人情報”特定”法で不可だと言われた。


 なんて夢の無いフルダイブなんだ。いやそれより特定法ってなんだよ。特定法って!!


 公共ネットカフェからでると同じくアバター状態になったアフロがいた。

 なんでアバターかわかったかというと身に着けている服装が変わっていた。

 それ以外は変化がない。アフロだ。

 アバターなのにホント夢がないな。


 キャラメイクできないなんて聞いてないぞ!!


 公共ネットカフェの案内アバターに「お前を消す方法を教えろ」といったらいなくなった。

 ここからはアフロの説明になります。


 仮想空間上に都市を作ったりアバターが仕事したりする構想は100年前にはあった。

 けれどいろいろあってどれほど巨大企業や億万長者が資材を投じても衰退して消えていった。

 鎖国後の日本連邦はなぜ仮想空間ビジネスがダメだったのかを検証した。

 物資不足の日本連邦にとって仮想空間ビジネスは再建コストをかけないで済む救世主だった。


 いろいろ検証して出した答えが「現実感の喪失」である。

 つまり現実感のない別の世界をもう一つ用意してリアルとバーチャルを行き来するのは人生の無駄でしかなかった。

 VR空間で何かする、SNSが気になってスマホをいじる、トイレに行く、またVRに戻る、すべて無駄だ。

 だからある程度時間が経つと過疎化して衰退する。


 仮想首都「扶桑」には現実感(リアル)を導入した。

 そのルールを以下に示す。


『ルールその1 サイバー空間は現実の法が適応される』

 つまりアバターに不快な情報、例えば上半身裸とか不快な映像や画像を貼り付けて歩き回ると警察に逮捕される。

 他にも仮想空間で暴言を吐き続けると職質をうける。

 ジロジロ他人を見ていると職質をうける。

 知らない人――とくに未成年に声をかけると職質をうける。

 それ以外にもほぼ現実で職質を受けそうなことをするともれなく職質を受ける。

 VRでリアルを一番感じるのは警察官が歩き回って、あやしい人を職質することとみた。

 ひどいね。

 だから昼間にあっちこっちキョロキョロしている不審人物がいると職質をうける可能性が高い。

 そんな不審者が昼間っからいるわけないだろ?

 まったくだ。

 ちなみに私はAの仲裁でなんとか職質を免れることができた。

 ただし、要注意人物として警察にマークされた。


 こんちくしょうめ!!


『ルールその2 アバターの変更は不可能であり、身分を詐称することはできない』

 仮想空間のアバターであっても外見の変更は不可能である。

 例えばあるサラリーマンが歩いていて、ふとヒーローの姿になりたいと思って変身する、そしてそのまま出社した。

 これに現実感があるだろうか?

 まったくないね。職質だね。

 同じ理由で男から女へ、あるいはその逆も禁止されている。

 性別のちがうアバターに変更するともちろん職質をうける。

 また日本連邦では匿名文化は限定されている。

 つまりネット接続者は全員が実名制になっている。

 これは現実社会が匿名じゃないからだ。

 ただ現実と同じであるべきという理由から名前や身分を強制的に知ることもできない。

 それが唯一できる権限は警察官だけだ。



『ルールその3 仮想空間のアバターは現実の物理演算を越えてはならない』

 ネットカフェでARモードからVRモードに移行すると、自分のアバターで移動できるようになる。

 実際は脳波を検出してBMI経由で行動している。らしい。

 さてこのアバターは走る歩くジャンプなどできるができることは現実の範囲内になる。

 仙人のように空を飛ぶことはできない。

 もちろん壁をすり抜けることもできない。

 さらに大人がジャンプとかしていると職質される。

 ただスタミナゲージがないので全力で走り続けることはできる。

 だからといって全速疾走してると職質される。

 職質を回避する方法は一つ。


「日本連邦では、マナーがあなたを守るのだ」



『ルールその4 仮想空間の都市は現実の東京湾の海上だけに存在する』

 100年前の仮想空間がうまく機能しなかったのはその現実感の無さだと考えた日本連邦は仮想空間を提供するのではなく、開発可能な土地を提供することにした。

 それが東京湾の上に作った仮想の土台になる。

 総面積は山手線1.5個分というわかりやすそうでよくわからない広さになる。

 おおよそ1万ヘクタールと言われてもやっぱりよくわからない。


 オープンワールドゲーム一つ分。オーケーわかりやすい。


 ともかくたったそれだけの土地が仮想空間の領域となった。



 ほかにもいろいろなルールがある。

 だが割愛。

 覚えておくのはどのルールも現実の延長線上に仮想空間の社会があるという前提で設計されている。

 ともかくわたしはホームステイできる心優しい人を募集するために扶桑へと向かった。


 仮想首都扶桑へ行くには専用の鉄道に乗らないといけない。


 これまでの手順を書くとこうなる。

 まずARゴーグルをかけて、あるいはかけないで公共ネットカフェに行く。

 そこでBMIに接続してVRモードに移行する。

 VRアバターとして外にでて今度は駅にむかう。

 駅にはアバター用のエレベーターがあり空中ステーションにつながっている。

 アバター用の駅から仮想列車に乗って東京湾に存在する仮想都市「扶桑」へ行く。

 このアバター用の駅は日本連邦各地にある。

 そしてどこからでも1~3分ほどで扶桑に着く。

(時間はアバターの同時接続数によって変動、通勤ラッシュが特にラグるらしい)


 まあつまり空を飛ぶ列車に乗って日本連邦の仮想空間へ入ったのだ。


 などと書いてたらもう扶桑に着いた。

 続きは落ち着いてから。





 疲れた。

 わかったこと。

 扶桑は外の世界とリンクしている。

 双方向で見ることができる。

 だからこっちの列車ステーションから湾岸でゴーグル着けた釣り人に手を振ると手を振り返してくれる。


 わかったこと2。

 アバターは海を泳げない。

 ジャンプ、タップダンス、ブレイクダンスなんでもできるがケーサ君というAIアバターのマスコットキャラクターに職質される。


 わかったこと3.

 扶桑はデケーー!!

 とにかくデカい。

 広い。

 デカい。

 階層構造のため高層ビルとエレベーターが一体になっている。

 また建築費がエンジニアの人数で決まるため大企業どころか中小企業ですら、ものすごくビルのデザインに力を入れている。

 とにかくごちゃごちゃしているせいでまっすぐできれいな道を作りたくなった。

 いやマジで(願望)。

 重層階層に重力子波動砲を打ち込みたい気分だったよ。


 次にやったこと。

 ホームステイの募集をした。

 これは登録をアバターがいい感じにやってくれた。(所要3分)

 ヒマなので「ニューアキバ」にいった。

 アキバは滅んでいなかった。

 リアルのほうは大阪に移転したという。

 そこから分離する形でニューアキバ

 ということでヒマつぶしもといアキバ巡りをしてきた。

 さてアキバには当時の電気街としての面影はない。

 リアルの秋葉原が震災後に更地になって、追い打ちのように半導体の規制が始まった。

 そのため今のアキバはアバター衣装データや仮想空間ゲームの一大市場と化した。

 片隅に家電製品のVR商品を扱っている店があるくらいだ。


 ここでクソださ初期衣装を変えたかったんですよ。マジで。


 わたしはアキバ街を散策していてついに見つけた。

 わたし好みのアバター衣装の店だ。

 そこでふと思った。

 私は滞在費を浮かすためにホームステイを考えている。

 それなのに浮いた金でアバター用のグッズを買う。

 何か間違ってるんじゃないか?

 いや人生は間違いの連続だと偉い人が言っていた気がするので気にせず突入した。


 ――ぱんぱかぱーん!


 私はさっそくシャツを着せ替えた。まずまずだ。

 そのあとはアキバの休息用のオープンカフェで休んでいる。

 仮想空間での旅行記の書き方も慣れたもんよ。

 さて、日本連邦では個人所有のパソコンやスマホが存在しない。

 秘密のHDデータにいろいろデータを入れることなんてできない。

 そもそも家にパソコンを置くなんて文化もなくなった。

 なぜこうなったかというと個人所有できるほど半導体を生産できないからだ。

 鎖国中だもんね。

 鎖国初期、半導体チップを全国民に配るほど生産できないので、政府のエライ人たちは困った。

 しかたないので科学者たちに解決策を任せた。

 そこで閃いてしまった。


「! すべての半導体を大規模データセンターと量子コンピュータに回してみんなでシェアしちゃおう!」


 日本国民にはARゴーグルという通信端末を与えられた。

 端末はディスプレイ、通信、バッテリー、グラフィックぐらいになる。

 残りの機能が量子コンピュータ側とデータセンター側でおこなう。

 つまり全国民が量子コンピュータにアクセスして、その中で仮想スマホや仮想PCを操作する形になった。

 BMIから仮想都市に行くという方法はその後、半導体の供給が安定してからはじまった。

 つまり半導体不足が解消すると今度は大震災からの復興が課題になった。

 そこで頭のおかしい人たちが連邦政府に提案した


「ビル建てるのやめて仮想空間に都市つくろうぜ」、というものだった。


 資材費ゼロ円。

 建築工期、投入するエンジニアとAIそして量子コンピュータの圧倒的な処理速度。

 あまりに美味しい話だったため日本連邦は復興に巨額の予算を投入することをやめた。

 そしてすべてのリソースを仮想都市扶桑に投じた。


 わお、マトリック〇はここにあった。監視AI付きなのも原作準拠だ。





ログ5 蝦夷共和国に行ってくる!


 さてホームステイ先が決まった。

 翌日になって一件申し出があったのだ。

 ということでさらば扶桑。

 いざ北海道へ。


 行ってくる!


 北海道は蝦夷共和国になる。

 日本連邦が設立すると連邦主義者たちは北海道を蝦夷共和国として独立させた。

 そしてその日のうちに日本連邦憲法を制定した。

 これによって日本連邦は旧日本国の呪縛から解放された。

 いろいろあるがその中でもインパクトがすごいのをいくつかあげる。

 まず憲法9条と呼ばれる自称平和憲法。不戦の憲法といわれている。

 軍隊をもちませんよという不思議な憲法だ。

 日本連邦憲法という上位憲法には防衛軍について明記されて、下位の旧日本、蝦夷、武蔵州などの各地方政府の憲法には9条がしっかりと明記されている。

 このため日本連邦加盟国は独自の軍備が認められない、「不革命の憲法」に変貌した。

 だから旧日本国は東京特区という不遇の扱いを受けても大人しく連邦の一員となっている。

 まさに牙を抜かれたイッヌである。


 そんな日本唯一の連邦軍を束ねるの連邦大統領府が蝦夷共和国にある。


 旧日本国の軍隊じゃない軍事組織、自衛隊を吸収する形で設立した連邦防衛軍。

 その最も独特なのが陸軍の大部分が一か所に集まっていることだ。

 これは「外交の延長線上に戦争があるが、経済の延長線上に軍隊がある」という日本連邦独自の経済政策が根底にある。


 意味が分からないって?

 江戸時代がそうだったらしい。


 だから降り立つ蝦夷共和国・軍都苫小牧に20万人の軍人を集めて一大経済圏を作り上げた。

 20万人の軍人集めるじゃん。

 恋人や嫁さんも集めるじゃん。

 子供をつくるじゃん。

 ドン、60万人の大都市!

 そんだけ人がいるなら銀行からコンビニまで、とにかく人が集まるじゃんじゃん。

 ドドン、100万都市!

 なんかもうすごいから行けば仕事がもらえるぞってなるじゃん。

 ドドンパ 200万都市だ!


 人はこれを「江戸的一極集中経済活性化計画」という。いま名付けました。


 本当の経――――。


 ちょうど着陸態勢に移行するアナウンスが入った。

 窓から苫小牧の都市が見える。

 蝦夷共和国、北海道、苫小牧、日本連邦大統領府のある軍都。

 総人口200万、一極集中政策という経済実験都市になる。

 

 降機のため一時中断。





 新千歳空港で入念な入国審査を受けた。

 蝦夷共和国は日本連邦構成国家であるが入国審査があった。

 どうやら旧日本から最初に分離したため別の国という意識が強いらしい。

 そのためこの入国審査は一種の政治パフォーマンスのようだ。

 といっても審査は形骸化しているので決められた順路を歩くだけになる。

 モニターで顔認証とARゴーグルが勝手に通信して本人か特定している、のだと思う。

 私は問題なく審査をパスした。

 だが、ガイドA氏はなぜかアフロヘアを手を突っ込んで、念入りに調べられた。


 なんでやねん!


 ホームステイ先で連絡をくれた女性と合流した。

 名前は例によって順番にCとする。

 すんごい美人だ。

 身長もめっちゃ高い。

 アフロのおっさんと並ぶと、親子とかそういう話ではない。

 もう美女とマリモだ。

 おっさんがお土産か景品人形かなにかにしかみえない。

 とにかく言いたいのは、ケツとタッパのデケー女だ。


 ムネ? 説明不要ッ!!!


 Cの車はジープだった。

 それも年季の入ったアメ車である。

 このご時世にガソリン車?


 そう思ったらAがガイドとしての仕事をしてくれた。


 日本連邦は鎖国前の段階でそこら中の道路がボロボロになっていた。

 人手不足で道路の更新が滞り、EVカーの普及によるアスファルト不足も悪化に拍車をかけた。

 だれもが知るように石油からいろいろな原料を取り出した最後の余り物がアスファルトになる。

 EVカーの普及によって世界中でアスファルト道路が姿を消した。

 日本も地震のたびに道路はボコボコとなり、悪路が増えていった。

 街乗りを前提とした上品な日本車は地方の道路事情とミスマッチしてしまったのだ。


 代わりにアメ車が人気になった。遠出ならアメ車、常識だろ?


 今では蝦夷共和国の大部分の家庭がパワフルなアメ車が走っている。

 だからなんでアメ車なんだ?

 日本車でもSUVとかあるでしょ?

 美人のCによると連邦陸軍からの払い下げ、つまり中古軍用車だから安いのだという。

 なーる。

 鎖国するまでは日米蜜月の関係だった。

 なにせ当時のアメリカにとって連邦主義運動はアメリカ化と称されていた。

 だから今でも日本連邦の略称はUSJユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパンになる。


 合衆国ニッポンポン!


 80年前アメリカの日本連邦と連邦運動に対する熱の入れようはすごかったという。

 なにせ対中最前線を日本に任せて米軍をハワイまで下げるという軍縮財政健全化計画の真っただ中だったからだ。

 まともな軍隊の創設は願ってもないことだった。

 紆余曲折、日本連邦とのいつもの貿易不均衡なんとかしたい交渉で米国産軍備の輸入が決まった。

 お気づきのようにその中にジープが大量に含まれていた。

 ということでお役御免のジープが蝦夷中を走り回っているのだ。




 ホームステイ先は農家だった。それも大家族。

 え~とDEFGH……諦めて大家族のみんなと表現しよう。

 蝦夷共和国の農家は東京特区と少し違う。

 そもそも、独立した国が連邦制で一緒になっている、という体なので法律が違う。

 この辺はアメリカの州と一緒だね。

 だからわかりやすいと思う。


 蝦夷北海道は広域の農地を所有している大農家が基本になる。

 独立前の収入差でも本州の10~50倍ぐらいの開きがあり、東京特区のオーガニック農家とは100倍以上の収入差がある。

 農民貴族と呼ばれるぐらいには突出した経済力を持っていた。


 それが一般的な蝦夷農家になる。


 農家のおじさんはそりゃあもう広い農園を持っているが、それだけじゃない。

 ここで作っているのは主にGM作物になる。

 GM作物とは遺伝子組み換え作物(genetically modified crops)の略で、誰もが知っての通り世界の総生産の80%以上がこのGM作物になる。

 この農場ではGMトウモロコシとGM大豆を主に生産している。

 それぞれ肥料用と加工食品用になる。

 作った物はだいたい家畜のエサか醤油や豆腐のような加工食品として流通する。

 また大量に生産してだぶついた食糧に関してはバイオマスエタノールとして再利用する。


 日本連邦は万年燃料不足だ。これは儲かる!


 Cの家族の事業は大成功している。

 食卓も笑顔で包まれ、自慢のGM作物の料理がふるまわれた。

 私がハワイの苦労話をすると我がことのように悲しんでくれた。

 酒の席になるとこんどは一族の苦労話を聞かせてくれた。

 曰く、連邦化前から事業化していたが当時はそれはもうヒドイバッシングと反対運動が巻き起こったのだという。

 とくに初代のときがもう酷くて事業をたたむかどうかの瀬戸際まで追いつめられたという。

 何がひどかったのか聞くと――


「よくぞ聞いてくれた!!」


 ――と背中をバンバンたたきながら話しだした。いたかった。


 今では信じられないが100年前の旧日本国はGM作物やGMO(GM Organism、遺伝子組替生物の略)を徹底的に排除する思想が広まっていた。

 それは市民団体、政府機関、政党まで足並みをそろえて排除する方向に動いていた。


(なぜかアメリカの輸入GM作物については黙認するというダブスタは公然の秘密である)


 一例として北海道のGM栽培障壁として「道知事の許可+説明会の実施+手数料30万円以上」というほぼほぼ不可能な条件があったという。

 これはつまり栽培実験をするには、投票に悪影響がありそうな申請を不許可にしたがる道知事に許可をとって、周辺の住民を集めてにこれから恐ろしい遺伝子組み換え植物というイメージのあるGM作物の種を農地に撒きますと宣言して、新しい挑戦をすれば失敗することが当たり前トライアンドエラーを繰り返す農業で1回ごとに30万の懲罰金をとられる、ということだ。


 聞くだけでやる気がなくなるなぁ~。


 しかも折り悪く事業化に乗り出した矢先に有機農業とオーガニック作物を推進する新興保守政党が台頭した。

 通称、オーガニック党。

 旧日本国は2025年以降、保守戦国時代と呼ばれる三大保守党が争う時代だった。

 「自由」「民主主義」と「大きな企業」を守る最大保守勢力である政権与党。

 「有機農業」「大きな政府」そして「高子化」を目指すオーガニック保守。

 そして最終的な勝者となった分離と分断による「小さな政府」「小さな企業」そして「科学至上主義」を掲げる連邦保守になる。


 100年前はまだ連邦保守は姿かたちのない有象無象だった。

 彼らはフューチャー党というAとビッグデータからネットの民意を吸い上げる過程で誕生した。

 だからまだ存在しない。

 だが10年もすると連邦保守が台頭して野党が一掃されて政権与党に吸収された。

 三大保守党による保守戦国時代のはじまりだ。


 ながーい政治史を書いても面白くないので割愛。

 いろいろあって政権与党とオーガニック保守の連立政権が誕生した。


「全員バカだったんだ!」

 酒の量が増えると声も大きくなる。

 そんなおじさんの友人たちがぞろぞろ集まってきて、肉につまみに酒の宴会になった。

 これは何の宴会なんだ?

 Cが歌いだすと宴会はさらに盛り上がった。 


 宴会の熱が上がると合わせるようにおじさんの旧日本国批判も熱を帯びる。


 2030年代後半、ここから北海道のGM農家暗黒時代が始まる。

 露骨な遺伝子組替規制法とオーガニック給食の普及。

 有機農法への莫大な補助金の支給。

 さらに農家の担い手不足に対して農家の公務員採用を始めた。

 スローガンは「食糧自給率100%!」だ。

 オーガニック保守と政権与党は非常に仲が悪かったが、オーガニック普及は国民の支持も高く受けがいいことから大々的に押し進めていった。

 

 Cたち大農家の一族は散り散りとなり、初代はしかたなくGM作物によるバイオエタノール事業にシフトした。

 それでも市民団体は土壌汚染とか環境破壊だとか、自然保護という名目をあの手この手で考え出して規制するように圧力をかけた。

 政府の圧力も強まり農薬を使う農家も廃業か転向かする必要がでた。


 そして地獄の釜の蓋が開く。


 転機はあの地球環境悪化で起きた「2040年世界同時食糧危機」だ。

 まず前年、中国の高齢者が4億人を突破して、インドも若者が急減して人口大国での食糧生産能力が低下した。

 排斥運動のアメリカと戦後のロシアも人手不足から移民を大規模に受け入れた。

 米中露印の4大国同時移民受け入れ表明。

 農業人口が急減したため農業労働者を獲得する労働者獲得競争が勃発した。

 急激な労働市場の高コスト化、そのため各国の農業従事者獲得が難航して食糧収穫量が一気に激減した。

 そこに世界的な不作が重なったのだ。


 ということで日本で何が起こったか歴史の授業をお覚えだろうか?


 そうだね。日本大飢饉だね。


 人口の35%である3800万が高齢者の日本には世界的な食糧争奪と人材争奪戦をするほどの余力がなかった。

 そもそも低効率な有機農業を軸に足りない分を輸入に頼って、他国であるアメリカの貿易赤字解決に忖度するというグダグダな農業政策と輸入政策。

 それでいてオーガニック保守が扇動した外国人不遇政策を推し進めていた。

 労働者が不足して輸入食糧が国内食糧の数倍に跳ね上がる。

 もちろん内政の失敗は超円安を引き起こして数倍に跳ね上がった国内食糧価格よりも輸入コストの方が倍以上コストがかかる事態になった。

 市場は混乱してマヒ。

 高齢者施設では配給の食糧が不足して、介護餓死者が300万人以上、大飢饉関連死は1000万以上になった。

 そもそも食べ物がないので介護スタッフが仕事を放棄して食糧を探しに地方の農家を襲うほどだった。

 そんなことをしても体の弱い老人を助けることはできず餓死者は増え続けた。

 中にはあまりのつらさに放火して焼死を選んだ介護施設もある。

 政府は怒り狂った民衆に包囲されて、オーガニック党の幹部は国外に脱出した。


 この顛末から先進国唯一の農業後進国日本といわれるようになる。


 新たに政権を発足したのが連邦主義者たちだった。

 おじさんは酒をグイっと飲んで、ここから佳境だと言わんばかりに語る。


 2045年、蝦夷共和国の独立と連邦の設立。


 最初は蝦夷から次に各地方を州政府を発足させて州政府をつくる。

 各州政府は直ちに敵性思想追放法をつくり、強権によるオーガニック狩りになる。

 有機農法を称賛する自然食団体はすべて一人残らず捉えられて東京送りになった。

 東京への橋は爆破して連邦の反対者は東京だけが唯一の住みかとなる。

 逆に大飢饉被害者たちはオーガニックたちを嫌い東京を脱出した。(もっとも餓死者を出したのが東京だったのも大きい)

 これがのちの東京特区構想とオーガニック農場の下地になる。


 ここからGM農家の大躍進の始まりだ。

 日本連邦は農林水産省を解体して「GMドローンバイオテクノロジー省」、通称GDBT省を発足させた。

(注:東京特区にはいまも農林水産省があって多摩区水田計画を主導している)

 有機農家の農地は餓死被害者への補填としてすべて没収されてGM農家へ再配分された。

 日本連邦ではGM作物が唯一の作物と決まった。

 ゲノム編集は日夜研究がおこなわれ牛、鳥、豚にまで拡大。

 生産能力と収入が大幅に改善した。

 皮肉にもオーガニック保守が目指した食糧自給率は2060年についに達成した。

 エンゲル係数はアメリカを抜いて10%台に迫った。

 ちなみに酒の入ったおじさんにおそるおそる東京人について聞いた。


「あいつらはヒトデナシだ!」だそうです。


 まだ和解は無理そうね。




ログ6 疑念


 Cたち大家族と共同生活をして数日。

 墓参りを済ませているので、もうあとは帰るだけなのだが、時間いっぱいまで滞在する予定だ。

 日本連邦は東京特区と全く違う。

 食事は安心安全の100%GM食になる。

 そのためオーガニック食物より栄養価が高く食べすぎ注意とのこと。

 なるほどアフロがぽっちゃりしてるのはそのためか。


 ここ数日のできごと。


 住むとなるといろいろ足りないモノに気が付く。

 Cが欲しいものリストを作ってくれと言ってきた。

 彼女にリストを渡すとあれこれチェックしてほとんど買いに行かなくていいと言われた。

 そして彼女の家にある3Dプリンターで日用雑貨を印刷し始めたのだ。

 Cの家には3台のプリンタがあり、いろいろ雑貨を作ってもらった。


 例えばスリッパとか。


 プリンタで使う材料は作りたいものによって千差万別になる。

 プラスチック、ゴム、金属、ガラス繊維などなど。

 ただし大抵は樹脂なので温度変化や紫外線で劣化する。

 そのため人によっては材料や原料を冷蔵庫の中に保管していたりするらしい。

 Cは雪国北海道という土地柄から地下貯蔵庫に山のようなプリンタ用の資材を積み上げていた。

 大家族ってすごいね。


 って、これも冷蔵庫に材料入れてるようなもんじゃねーか!!


 スリッパに使ったのはゴムのような柔らか素材でガラス繊維入りで補強されているらしい。

 半年くらいなら余裕で使えるのでホームステイ中は問題ない。らしい。

 壊れたらまた作ればいいとも言っていた。

 3Dプリンター使いたちは壊れたら直すのが当たり前という。

 一体いつから3Dプリンター使いになったのか聞いた。


 答え、小学校の義務教育。 う~んこれは技術大国ニッポン。


 スリッパ含めて日用雑貨のデータは仮想都市扶桑で売買している。

 大抵の企業が3Dプリンタ用のデータを売っているのだ。

 かつては何万トンもの物資を運ぶために何万ガロンもの石油を湯水のごとく消費していた。

 大型タンカーが大量の資源を運び、工場で製品に加工する。

 大型トラックが大量の製品を運び、二束三文の安値で売買する。

 副産物のアスファルトで道路をつくり、国民に車を買うように仕向ける。

 それが経済というものだ。


 鎖国後の日本は違う道を歩んだ。


 何万トンもの資源や製品の代わりに、数万テラバイトの製品データが飛び交う。

 素材は地元の素材工場がつくる。

 その素材の原料は樹脂を生成するバイオ作物から作られる。

 地産地消のモノ循環と仮想都市で売買されるデータ経済が融合した鎖国社会になる。

 私のほしいものが手持ちのデータになかったらどうするのか?

 家にあるBMIでVRモードに移行する。

 そして扶桑で買うのさ。


 ちびっ子たちがデートだ。デートだとキャッキャッ騒いだ。ちゃうわ!!


 仮想空間で雑貨を見て触って欲しい商品のデータを買った。

 いろいろ見て回り改めて仮想都市のすごさを実感する。

 まず政府主導で中央管理する関係からネット犯罪が存在しない。

 そもそも個人所有のPCがないのだ。

 足のつかないネット犯罪が無理ゲーに近い。

 しかも外の世界と通信規格が違うので国営ハッカー集団や国際詐欺集団のハッキングも不可能になる。


 まあ代わりにプライバシーのプの字も存在しないんだけどね。


 プライバシーを差し出して代わりにネット上の犯罪という犯罪を撲滅した。

 Cは犯罪のないネット環境世代なので外の世界が犯罪と詐欺の温床だというと驚いていた。


「なんで仮想世界にわざわざスラムをつくるの? バカなの?」


 反論できねー。

 そもそも仮想空間じゃないから、ぺらっとした画面のサイトすべてだから。


「ネットが紙っぺらを映すって本を読んでるようなものじゃん。現実感なきゃモラル崩壊するのあたりまえじゃん」


 おっしゃる通りっす。

 なんだろ本当にスラム街から清楚な近未来都市にやってきた気分になってきた。

 そんな印象的だった会話の一部をここに記す。


 さて、ほかに印象的だったのが仮想都市の物理限界を突破したあれこれになる。

 扶桑中央エレベーターで行ける最上階。

 標高10万メートル。

 有料サービスで訪れることができる。

 物理法則を無視した仮想空間だからできる荒業。

 肉体を持たないアバターだから来れる場所。


 そこは展望台になっていた。


 仮想空間ネット社会の実証実験が終わった後、

 新たに建設する首都扶桑に対する要望を広く国民から受け付けた。

 その中に一人の小学生の要望が話題になる。

「展望台で天体観測がしたい」

 おーけーその検討はすぐに始まった。


 日本の頭のおかしい人たちはこう考えました。

「青空って天体観測に邪魔だよね」

 まさかの標高10万メートルのデケー塔をつくった。

「よりリアルがいいから衛星データとリンクさせちゃお」

 以前から存在した準天頂衛星システムみちびき。

 その軌道に投入した天体観測衛星「春海」シリーズの天体観測データとのリアルタイムリンク。

 さらに地上からの観測データとを合わせて量子コンピュータで補完処理をして仮想空間で再現した。

 扶桑は仮想空間であるが現実の東京湾の上に存在するという設定から天候から天体の位置まですべて現実と同じになる。


 わーお、地動説採用したフルダイブVRサイバーパンクゲームってマジ!?

 ふつう地動説採用したゲームなんてないよ。オープンワールド宇宙SF作品ぐらいだよ。


 展望台では天文観測をするアバターがちらほらいた。

 あとは小学生だろうか、子供たちがキャッキャッしながら天体観測をしてた。

 今日はは天体観測の仕方を教わるだけでおわった。


 帰りは空を飛ぶ蒸気機関車に乗ってほんの数分であるが帰りの旅を楽しんだ。

 帰りの工程すべてが本来不要なのに、それが何とも言えない現実感を提供する。

 外の世界とも東京特区とも違う不思議な社会がどこまでも続いている。

 この現実感を第一にしているため罵詈雑言が飛び交うSNSは存在しない。

 仮想空間はネットであるが同時にネット特有の顔の見えない人が存在しない。

 なにをするにも対面しないといけない。


「ネット社会に必要なのは自由なのかそれとも秩序なのか」


 ある大学の講義内容を思い出した。

 あのときは皆がそろって自由だといった。

 議論にすらならないからくじ引きで賛成派と反対派に分かれて議論したのを覚えている。

 今はどうだろう。

 自由社会の人間だけど自身がない。



 ここ数日すごして気づいたことがある。

 Cが農家一家とすこし違う。

 なんていうか、身長?

 黒髪ロング?

 ヒップが推定100.8?

 あとは……説明不要ッ!!

 とにかく家族の中で浮いている。

 それから子供たちとおじさんとの年齢差も親子というより祖父と孫ぐらいの違いがある。

 おばさんも結構な歳で子供が産めるとは思えない。


 ということで呑兵衛なおじさんズ(大家族ってすごいね。飲みフレンズがドンドンあつまるんだ)に酒の席でちょっと聞いてみた。

 すると飲みフレンズの皆さんが笑いながらデザイナーベイビーについて話した。


 Cはデザイナーベイビー、ゲノム編集した新人類だった。





ログ7 十勝帯広バイオテクノロジー総合研究センター


 Aと少し遠出することにした。

 農家の皆さんは仕事があるのでわたしとアフロの旅だ。

 北海道の悪路を走るためジープに乗っている。

 日本連邦はAR技術とVR技術の影響もあってすべての車が監視されている。

 そのため車のキーという文化がない。

 登録すればだれでも運転できる。

 犯罪が起きればすぐ捕まる。

 うん、車上荒らしが住みにくい国だ。


 走行中……ヒマ。


 ということで私も少しの距離だが運転した。

 うん、車のキーがないだけでガワはアメ車なんだよね。


 目的地に到着。

 十勝帯広バイオテクノロジー総合研究センター。よくBRCと略されている。

 始まりは2040年代の食糧危機に対する反省と大々的な遺伝子組み換え作物の研究と普及が目的だった。

 それから研究範囲の拡大に合わせて研究所の増設が繰り返されて都市というには小さいが大学よりはるかに広い施設になった。

 東京ドーム指数によると20個分相当だという。(※東京ドームは80年前まで存在した建物で、正確な数値を公表する気がないときに伝統的に使う。ちなみに日本列島は八百万の個々になるらしい)

 広いのは放牧用の土地が広いのであって施設そのものはこじんまりとまとまっていた。


 最初は遺伝子組み換え作物の北海道ナイズだった。

 日本列島というのは、北は北海道から南は沖縄まで環境が違う、というのが特徴になる。

 北の地に最適化された特化品種を作り出すために地質学、気象学、航空力学、遺伝子工学の科学者たちをいい感じに集めて研究させたのだ。


 さいしょの説明がだいたいこんな感じ。

 十勝帯広が選ばれたのはオーガニック政策の影響で酪農が衰退していたからだ。

 スマート農業というのはそのイメージからドローンとかテクノロジーを主体にした農業だと思い込みがちだ。

 だが実態は牧場飼料用の大豆栽培をやめて食用の大豆に転換することにある。

 牛に大豆を与えるとげっぷなどによってメタンが空気中に放出される。

 このため温暖効果ガス視点で見ると大豆栽培が1、ブタが10、牛がおよそ100の温暖化効果ガスの排出になる。

 お察しのようにスマート農業とは非効率な畜産業を減らして、代わりに大豆を大量に育てようという発想になる。

 そんなわけで衰退した土地にバイオテクノロジーの研究室を建てた。

 そしてゲノム編集で優れた牛やブタの家畜を生み出して、かつての酪農王国北海道を復活させた。


 だがそれだけでは満足しなかった。


 ここからが日本が世界からヒンシュクを買った技術。

 クローン技術とiPS細胞技術そしてゲノム編集を組み合わせた臓器工場の話になる。


 臓器工場。


 聞いただけで恐ろしくなる名称。

 もうちょっと柔らかい表現をできなかったのかね?

 ともかく日本は世界で倫理的な問題から避けられていたクローン技術の商業的利用をしている。

 クローン技術と臓器工場からとても恐ろしいことを想像するだろう。

 しかし現実はもうちょっとシビアだ。

 まずクローン技術は確かにあるがヒトに対して使われていない。

 拍子抜けな話だが、その理由を聞くとまあ納得する。

 ヒトのクローンは高コストなのだ。

 ぶっちゃけ作るだけ損する。

 というのも日本連邦はクローンの製造を許可しているが、同時にクローン人間が誕生したら国民と同じ手順で国籍を付与することも厳格に決まっている。

 またジャンクDNAという使われないDNAの領域にナンバリング遺伝子を刻印してクローンを識別できるようにしなければならない。

 絶対に個人が特定できることが求められている。


 クローン技術は古典SFなんかでは臓器ドナーとかのネタとしてよく出てくる。

 100年前までは。

 2000年代にiPS細胞の技術が確立すると状況が一変した。

 iPS細胞技術は幹細胞から任意の臓器を複製させることができる。

 つまりヒトを丸々一人分つくる必要がなくなったのだ。

 だから今ではクローンをSFネタにしたら現代科学を学べと叱られる。


 ただiPS細胞にもコスト問題はある。


 iPS細胞は培養期間があるため、患者から細胞を取り出してから~~というのは緊急時に対応できないってことになる。

 またiPS細胞にはバイ菌を倒す都合のいい免疫システムがないので、専用の無菌室でiPS細胞を育てなければならない。

 もちろん施設コストがメチャクチャ跳ね上がる。


 そこで考案されたのがヒトの細胞を移植しても拒絶反応を示さない都合のいい家畜をゲノム編集で作り出すことだった。

 そしてヒトのiPS細胞のほうもゲノム編集で免疫反応の少ない細胞を作り出す。

 さて先ほど登場したゲノム編集した家畜(未成熟時期)の内臓を摘出してヒトのiPS細胞を移植して育てるのだ。

 もちろん失敗もするし育成がうまくいかないことの方が多い。

 そこでクローン技術で同じ均質な家畜を大量に育てることでコスト削減が図られた。

 クローン技術は家畜に使われる。

 大量の家畜の幼体に人の臓器を移植して育てる。

 こうして大量に家畜を育て、ヒトの臓器が育ったら必要な人に必要な臓器を届ける。

 まさに臓器工場になる。

 

 2070年、臓器工場は国際外交問題に発展した。


 この技術に最初に反対を表明したのがキリスト教カトリック教会になる。

 ご存じのようにキリスト教は、生命を作ることができるのは神だけである、と公式に声明を発表している。

 iPS細胞の純粋培養に関しては「歴史的な偉業」と称しているがクローン家畜を大量に作り、その内臓をヒトのiPS細胞に替えて培養することは「神と生命への冒涜」と批判している。

 ここからアメリカ世論を二分する対立と激論に発展した。

 勝ったのは福音派だった。

 そして時の大統領署名による培養臓器の使用禁止の署名までになった。

 そんなことがありアメリカのiPS技術が一気に半世紀は後退する事態になった。


 もちろん日米の外交摩擦にまで発展したのはご存じの通り。


 アメリカの臓器移植はなぜかブタの臓器を移植するという明後日の方向へ突き進んでいる。

 そのあと数年もしないうちにあれよあれよと鎖国して国際圧力を無視してしまった。

 唯一日本に対して国交を持っているフィリピンにだけはこの培養臓器を輸出している。

 そのためフィリピンは世界で唯一にして最大の臓器移植手術をおこなえる医療大国となっている。

 これは誰もが知ってることか。


 バイオ臓器輸出大国日本と言われるだけある。


 ……………………。


 白状しよう午前の説明会後半は寝てしまった。

 しかたないだろ、眠かったんだよ。

 そして昼飯の休息中にパパっと旅行記を書き上げた。

 ちなみに昼食は安心安全の100%GM作物の野菜料理とチーズなど乳製品、そしてソーセージやハムなど、とにかく産地直送の自慢の一品をバイキング形式で選ぶスタイルだった。

 わたしは野菜を中心に大豆ミートの料理を堪能した。

 アフロはハムとソーセージをバクバク食べてた。


 午後の見学会だ。

 プログラムによると実際の臓器工場の見学、最先端のゲノム技術の新種の見学、そしてデザイナーベイビーの見学会。

 Cたち新人類についていろいろ聞く予定だ。

 やっぱこういうのは専門家にちゃんと聞かないとね。

 

 つづきは帰ってから。

















 やばいやばいやばいやばい。

 やばいやばいやばい。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。


 クソ!


 どうしよう……。

 とにかく落ち着け、落ち着くんだ。

 ああ……何か書いて落ち着こう。


 私、私は日系アメリカ人の旅行者だ。


 いま、いまは日が沈み薄暗い、時計が22:14を表示している。真っ暗だ。


 私はいま車の中にいる。十勝まで乗ってきた車に乗って北へと逃げた。

 あたりは暗い森の中で、ここがどこかわからない。

 ネットにつながってないのでよくわからない。GPS? わからない……。

 社内のライトで外を照らしたらエゾシカが逃げていった。

 とりあえずクマと出くわすかもしれないから車内から出ない。蝦夷の鉄則だ。

 ライトを探しているときに食べ物を見つけた。

 非常食はカロリーバータイプのぱさぱさした栄養食だった。

 飲み物がなかったがこの際仕方ない。


 少しだけおなかが膨れて、緊張の糸が切れた。

 それからどっと疲れがきた。

 今日は、もう寝よう。

 脳がオーバーヒートしそうだ。




 よし、少し落ち着いた。

 狭い車内で寝て体中がバキバキだった。

 外に出て伸びをした。

 やはり朝の日光はいいものだ。

 まず車は動かない。

 ARゴーグルのバッテリーとスマホのバッテリーはまだある。

 予備の充電器もある。


 ただ外を出歩くのはクマが怖いからやめておく。

 それから心の整理のためにもこれまでのことを順を追って書いていこうと思う。

 そのほうがいい。

 さいわい説明会の資料データはARゴーグルに入っていた。

 読み返せば私でもいろいろ書くことができる。



 そもそもの発端は遺伝研の午後の見学会だった。

 昼食休憩の後、資料を読む説明会方式だと眠くなるので施設を見学して回ることになった。

 研究棟がいくつも並ぶ通りを横切り、隣接する巨大なスタジアムのような施設に入った。

 スタジアムは2階建てで1階が家畜のメンタルチェック室が無数に存在して、1頭1部屋あてがわれていた。

 通路側の壁がガラス張りなので中の様子を見ることができる。

 いろいろな機器によってモニタリングされているヒツジがいた。

 ガラスには育てているiPS内臓が映し出されていて、例えば肝臓や心臓、中には目が…………ヒトの目のヒツジがいた……。



 臓器工場よりも奥にもっと厳重で、クリーンルームほどではないにせよ病院並みに清潔な施設があった。

 その施設に入ってすぐアルコールのにおいが鼻を刺激したんだ。


 そこにはヒツジがいた。

 大量のヒツジだ。

 ガラス張りの通路にヒツジを飼育する部屋が続く。

 ヒツジはすべて厳格に管理されており、耳の認識タグ以外にも体の一部にQRコードが刻印されていた。

 ヒツジは人以上に大切に扱われていて、部屋の温度湿度管理、食事、健康診断、適切な栄養の補給と至れり尽くせりだった。

 もちろん適度な運動も必要なので広い牧場で飼われていた。

 スタジアムの2階いやたぶん出入りの通路があるはずだから3階が牧場になる。


 つまり牧場はスタジアム並みの空間で外から隔離されている。

 天井には人工的に作られた青空で地面には天然の牧草が敷き詰められている。

 ともかくそれほどまでにヒツジは大切に扱われていた。

 重要か否かは別としてヒツジはすべてメスである。クローンヒツジのメスになる。

 オスは存在しない。


 必要ないからだ……。


 ここのメスたちは全員妊娠していた。


 そして……。


 そしてここからがこの施設の核心部になる。

 私は施設の最奥の部屋にツアー客と共に連れてこられた。

 たまたまヒツジの……ヒツジの出産に立ち会ったのだ。

 とても多くの医者と獣医がヒツジを囲んでいる。

 ヒツジは横たわり苦しそうにうめいていた。

 全身の羊毛は刈り取られ、超音波機器を使って妊娠の様子を見ている。

 羊膜が破裂して羊水がでた。

 そしてついにヒツジの体内に医者が手を入れる。


 ……ヒツジの妊娠出産。


 ――オギャァ。


 生まれた。

 生まれたのは人間の赤ちゃんだった。

 医者の手に羊水と真っ赤な血がしたたる赤ちゃんが泣き叫びながら出てきた。

 ヒツジにはヒトのiPS細胞から作られた子宮を取り付けられていた。


 ――おぎゃぁ。


 医者は無表情にテキパキと処置をして赤子を取り出す。

 助手の看護師、たぶん女性が赤子の汚れをふき取り両親と思われる男女に笑顔で渡す。

 医者も若い男女もツアー客もみんながそれを祝福していた。

 そしてAは「いや~ボクの子が生まれた時を思い出します」そういった。


 ヒツジは獣医と思われる人に奥へと連れられた。

 ヒツジが、ヒツジがわが子を心配するように鳴いていた。


 ――メェェ。


 私は吐いた。

 その光景に吐いた。

 何度も吐いて、目から涙があふれた。

 気が付いた看護師が「あ、大丈夫ですよ。袋はこちらに、着替えもあります」と言っていた。

 たぶん彼らも慣れているのだろう。

 だがあの時の私はまったく余裕がなくて心配するAを払いのけて逃げ出した。


 パニクッてたんだ。


 来るときに乗った車に乗り込んで発進した。

 車のキーがない車はワンタッチで動き出しどこへでも行けた。

 右へ左へ走って、それから北へ北へと走った。

 ARゴーグル経由で通信がかかっていたが、あえて山道を選んで電波が途切れる道を進んだ。

 それから何時間も走って、ガタガタの道を進んで、深い森の中に迷い込んだ。

 つまりこういうことだ。


 あまりの衝撃の現場にパニックになって迷子になりました。


 だってビックリしたんだ。

 あれに耐えられる人っているかい?

 ムリだよ。いやマジで。

 とりあえず資料をちゃんと読んで…………今度は寝なかった。

 説明会の寝ている間にどうやらこの辺の技術の説明があった。らしい。


 最初は体外受精させて母胎に戻す人工妊娠が主流だった。

 次にゲノム編集して先天性の欠陥遺伝子の治療してから、体外受精させるという方法が普及した。


 狂い始めたのは少子化になる。


 少子化問題を解決できず、大飢饉の影響もあって世界の労働人材獲得競争から完全に後れをとった。

 自動化やなんやら、それでも解決しない人手不足。

 連邦主義者たちは旧日本国の放りなげた宿題をおわらせるために検討を始めた。


 連邦主義の「小さな政府」「小さな企業」「科学至上主義」と合致した政策を見つけなければならなかった。


 国際社会の外圧を完全になくしたうえで人工子宮による対外出産だった。

 体外受精ではない。

 対外出産だ。

 近未来映画とかアニメや小説に出てくる人工子宮はガラス張りのカプセルに赤ん坊が浮いているのをイメージするだろう。

 だが工場の延長のようなその発想はコストが膨大にかかる。

 そこでより効率よく、より低コストに、そして何より安全に出産する方法を模索した。

 それが家畜の子宮をヒトiPS細胞から作った人工子宮に挿げ替えてヒトの子を孕ませる手法だった。


 オーガニック狩りと反知性主義者たちの粛清を経た日本連邦に反対派というブレーキはなかった。

 だからどこまでも突き進んだ。

 よろしいまずは鎖国だ。

 外国人も全員東京行きだ。

 ネットも遮断だ。

 違う意見と倫理を踏みつぶして、さあはじめよう。


 ああ、私はいまこれほど家に帰りたいと思ったことがない。

 ほんとクソな国だけどあそこにいるのは全員人間だ。例外はない。


 そういえば東京特区で言っていた。

 あれは聞き違いでもなんでもなかったんだ。

 彼らもうすうす知っていたんだ。

 あの言葉はヘイトでも何でもなかったんだ。


 …………ヒトモドキ。



 車のヘッドライトが近づいている。

 彼らがもうすぐそこまできている。

 時間がない。

 情報を、情報を持ち帰らないと。

 そうだSIMカードに入れて持ち帰れないか。

 まったく、何の意味がある!

 わたしが帰れなければSIMカードだろうがなんの意味もない!!


 もうすぐそこまできている。


 Cもああして生まれたのか。

 だから老夫婦にあんなに子だくさんなのか?


 さいごにCに――。



【日本連邦観光公司よりお知らせ】

本日は、栄えある日本連邦旅行者第1号「I様(仮名)」の貴重な旅行記を掲載させていただきました。

文字数の都合上、一部省略させていただいておりますが、I様は当局の保護のもと、無事に帰国されました。

滞在中には 蝦夷共和国 から 琉球民主主義人民共和国 に至るまでの広範な旅を満喫され、

その満足度は下の星を☆☆☆☆☆を★★★★★にするほどと、過去最高の評価をいただいております。

旅の終盤では日本連邦の魅力を理解され、 移住をご希望されるほど感銘 を受けられました。

しかしながら現在の制度上、旧日本国籍取得者であっても受け入れは困難な状況であり、

誠に恐縮ですが「今しばらく(およそ100年ほど)」お待ちいただく必要がございます。

その代替案として、今回の旅行記【パイロット版】をベースとした【完全記録版】の刊行を予定しております。

"地上最後のユートピア" と称される日本連邦の旅を、ぜひご自宅でご体験ください。


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