カーマイン公女殿下
アラザール宮廷の応接室。
最初に召喚された大広間での貴族の偉そうな態度に腹を立てたオレたちに、カーマイン公女があとで謝ってくれた場所だ。
公女の見せた誠意がきっかけで、気が立っているオレたちが、困っている公女とアラザール公国の手助けをしよう、と思いなおしたのもこの部屋だった。
「癒やしの聖女様と青魔導士殿! いらしていたのですね」
クラス転移してから、この異世界に1ヶ月いたのに、あちらの世界では、それは終業式の間のせいぜい2時間のことだった。あっちで24時間経ったらこっちではもう1年なのか?
カーマイン公女はオレたちより2つ年下だったはずだ。ウェーブのかかった燃えあがるような紅の髪と、それに合わせた真っ赤なドレスが相変わらずよく似合っている。公女殿下、どのあたりが、とは言わないけど、すこし成長したみたいだなあ。
未夜ちゃん、汚いモノを見るような目でこっちみないでよ。
「公女殿下、お久しゅうございます」
未夜はそつ無く挨拶する。
「皆さんがお帰りになってから、もうすぐ1年になりますね。あのときは、アラザールの危機を救って下さって、本当に感謝しています。今日はどういうご用件ですか? 青魔導士殿が跳躍で戻って来られたのでしょう?」
「あちらに戻ってみたら、クラスメイトのほぼ全員が、アラザールに滞在した間のことをすっかり忘れていたのです。わたしたちも帰る直前のことなど、記憶が曖昧なところがあって、なにか大切なことを忘れてるような気がするのが気になったものですから」
「大切なこと、ねぇ……」
カーマイン公女は眉間に縦すじを一本寄せて、困ったような表情になる。
公女は横を向いて何だか誰かに話しているような様子なんだけど、オレから見るかぎり、公女のそばには誰もいない。
存在しない誰かと数分の間相談しているようなそぶりを続ける公女の前に未夜とふたりで座って、「この人、何やってんのかな?」と不思議がっていると、
「しょうがないわね。また戻って来られても面倒だから、ハッセーには記憶とあたしの認識を返してあげるわよ」
突然、カーマイン公女の横に現れた茶髪の小柄な少女がそんなことを言う。
いや、こいつは現れたんじゃない。
さっきからそこにずっと座っていて、オレには彼女の姿が見えていた。ただ、彼女の存在をオレが認識できていなかっただけなんだ。
そして、オレはオレのことをハッセーと呼ぶこの少女のことを知ってる。