加蔦未夜
そんなことがあった終業式の次の日。朝8時ぴったりにやってきた加蔦未夜は、我が物顔にオレのベッドに座っている。
いや、朝は弱いから8時前には来るな、とは言ったけど、べつにその時間に来てねって約束したわけじゃなし。もっと寝坊してくれたっていいんだよ、加蔦さん。冬休みなんだし。
「タッくんのID残してるのは当たり前だよ。わたしたち、別に喧嘩したわけでも嫌いになったわけでもないじゃん。そりゃあ、ここ数年は話すことあんまりなくて関わりも減ってたけど、また、むかしどおりに話したいと思ってるよ。
あと、タッくん、……教室ではごめんね。わたしも覚えてる、って言い出せる空気じゃなくて」
「加蔦さんが名乗り出なかったのは、結果的にはよかったんじゃないか。オレだけイタい奴、って流れになっちゃって、覚えてても言い出せなくなった奴は他にもいたんじゃないかと思うんだ。
だけど、オレが個別に聞いて回っても、今からだとたぶん言ってくれないんじゃないかと思う。オレと違って友達多い加蔦さんになら言ってくれる奴もいるんじゃないかと思うけど」
「未夜!」
「え?」
「わたしの名前。未夜よ。わたしがタッくんって呼んでるんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」
「そりゃ小さかったときは、未夜ちゃん、って呼んでたけどさ……」
心の中では今でも名前で呼んでる。だけどそれは内緒。
「アラザールにいた時に人前で呼んでたように、癒やしの聖女様、って呼ぶのでもいいわよ、青魔導士殿!」
「いや、そんな厨二病はご勘弁を……」
そうだった。すっかり忘れていた。
アラザール公国に転移したオレたちは、それぞれに魔法や技を授かっていた。オレは時空魔法が得意な青魔導士、未夜は治癒魔法が得意な癒やしの聖女だった。
「思いかえしてみると、あっちにいる間は、結構ふたりきりで話していたよな。それに、人前でないときは、未夜って呼びすてにもしてた。
そういうの、さっき言われるまで、すっかり忘れてた。こっちに帰ってくる直前のことも思い出せないし、オレもいろいろ忘れてんのか?」
「なんにも覚えていないクラスメイトたちほどじゃないにしても、わたしたちにも忘れてることがあっても不思議じゃないわ。
それより、ちょっと気になることがあるの。タッくん、あっちに行くよりも前のことで忘れてることない?」
「未夜ちゃんさ、『あんたが忘れてるのは何?』ってのはかなり無茶な質問じゃない? これとあれを忘れてます、って言える位ならちっとも忘れてないわけだし」
「ふたりとも忘れてることは確かに難しいけど、どっちか一人だけ忘れてることなら、ふたりで記憶をすり合わせて行けば思い出すかもしれないわ」
「で、オレは何を忘れてるわけ?」
「タッくん、小学校と中学の卒アルある?」
押し入れの隅っこの段ボールに押し込んである。だけど、あの箱、女の子に見られたくないものが入った箱と隣り合わせなんだよな。出してくるときに、隣の箱の中身も見られるかもしれない。
それはとっても困る。
「確認したいことがあるから、出しておいてくれないかなぁ? あと、タッくんが探してる間、わたしお手洗い借りてもいい?」
「おう、行っといで」
助かった。男の子の恥ずかしい秘密を幼馴染の美少女に知られるところだった。
あれ、未夜は気を遣ってくれたのかな?