情報―弐
「こんな田舎に引っ越しさせられて、全くたまったもんじゃないですぅ!これで下らない情報なんか言いやがったら八つ裂きですからね!」
英羅は村の中学校の地下にある研究室にきていた。もちろん合法なものでなく、所謂闇医者が勝手に作ったものだ。
研究室はそれなりの広さであり、中央には手術台が置いてある。周りには危険そうな薬品が所狭しと並んでいた。
医療の知識は全くない英羅にも見ただけで危ないと分かるような物ばかりだ。
そしてその研究室の主である少年――まだ中学生くらいだろうか。短い茶髪に黒ぶち眼鏡をかけ、白衣を着ている。外見とは裏腹に白衣は不思議と樣になっていた。薬品を調合しながら少年、宮代椿は苦笑いした。
「怖い事言わないでよ英羅ちゃん。引っ越し云々はあくまで先生の提案で、僕は関係ないんだからさ」
「で、その先生は何処に行ったんですかぁ?」
「別のお客様の所に出張だよ。先生の情報は正確って評判だから忙しいんだ。もうすぐ帰ってくるはずなんだけど、遅いな。長引いてるのかも」
しかし英羅の不機嫌は中々治まらなかった。
椿は溜息をついた。不機嫌で殺されてはたまったものではない。
「何かあったの?」
「………私の部屋の隣の奴。なぁんか気に入らないんですぅ。あいつを目にするとこう、ムカムカしちゃって。さっき散策がてら街を歩いてた時も思わず睨んじゃったりして」
「君の部屋の隣っていうと…あぁ、もしかして蓮一君かい?」
「確かそんな名前でした!知り合いですかぁ?」
「同じ学校の友達だよ。うちはクラスが1つしかないから、必然的に英羅ちゃんともクラスメイトになるね」
「げ」
心底嫌そうな顔をする英羅。しかし何がそんなに気に入らないのかは彼女自身にもよく分かっていないらしい。
蓮一君、ドンマイ。と椿は心の中で慰めた。
ふと英羅が耳を澄ますとエレベーターが降りてくる音が聞こえた。やっと先生が帰って来たらしい。
研究室のドアが開くと綺麗な若い女性が息を切らして駆け込んできた。彼女こそが「先生」である情報屋、宇津木美々だった。
髪を巻き、黒のスーツをぴしっと着こなしているその姿はいかにもキャリアウーマンといった風貌だ。
「遅れちゃってごめんなさいね、綾部さん」
「別に構わないですぅ宇津木先生」
宇津木美々はこの研究室の上にある中学校の教師であり、椿や蓮一のクラスの担任を受け持っていた。
情報屋、というのは宇津木家の生業だったのだが、美々はどうしても教師になりたいという気持ちを捨て切れずに兼業という形になったのだった。
美々は1つ息を整えると、情報屋の顔になり英羅に向き直った。
「先に情報料を受け取るわ。指定した額は持ってきたかしら」
「もちろんですう。はい」
英羅は茶封筒を差し出した。中には情報料が入っている。神条院家の家宝を売りさばいて作った金だった。
「うん。ぴったりだわ。それじゃ伝えます」
とうとうこの日がやってきた。綾部の家を潰すよう指示した黒幕の名が明らかになる。
英羅は早まる鼓動を抑えた。緊張、怒り、悲しみがごちゃごちゃになる。
英羅は当初綾部家の襲撃、英羅の誘拐は神条院家の独断により行われたものだと考えていたが、どうやら違うようだった。
神条院家の当主であった神条院幹筒に、当時圧倒的力を誇っていた綾部家を襲撃するような度胸があるとはとても思えなかった。
つまり一連の計画を企て、実行を指示した黒幕がいると睨んだ英羅は信頼できると評判の情報屋、宇津木美々に情報提供を依頼したら案の定引っ掛かったという訳である。
「綾部さん、貴女の家の襲撃、貴女を神条院家に誘拐するよう計画したのは、綾部家の幹部であった館場小十郎よ」
「館場小十郎……なるほど、やはりあの狸爺でしたか」
「その様子だとある程度予想はついてたみたいね」
「えぇ、まぁ」
館場は英羅が当主になることに反対していた1人だった。何度か顔をあわせたことはあるが、その度に嫌悪の目で見られた記憶がある。
妾の子である英羅への風当りは強く、幼い英羅もそれは感じていた。
「今は第6032世界に身を潜めているわ」
「情報提供ありがとうございましたぁ」
美々はふっと表情を緩めた。教師の顔になる。
「ところで、お引っ越しの荷物はもう片付いた?」
「はい。荷物と言ってもそんなにないですし」
「なら良かったわ」
美々は英羅に住む場所がないと聞くがいなやこの村に住む事を強くすすめてきた。
どうやら美々は教師として教え子と同じ中学生の英羅を放ってはおけなかったらしい。
最初は断ったが美々の迫力に負け、結局英羅はこの村に住む事になったのだった。
「じゃあ私は行きますね」
「行ってらっしゃい英羅ちゃん」
「気をつけてね綾部さん」
英羅は気を引き締めた。
果たして親の仇を目の前にしてどこまで冷静でいられるのか自分でも分からない。もしかしたら返り討ちにあってしまうかもしれない。
――でも、それでも、私は綾部家の当主なのだから!――
英羅は、踏み出した。