目的―壱
もともと妾の子であった英羅が正式に綾部家に引き取られたのは5歳の時だった。
母親が死に、野良猫の様に生きていた英羅にある日突然自分の父と名乗る男が訪ねてきたのだ。
「お前は綾部の当主となれ」
訳も分からず連れて来られた綾部家で、英羅は今までから反転した生活を送ることを強いられた。
綾部家は純和風のとても広い家だった。日本庭園には四季折々の花が咲き乱れている。朝露が反射し美しかった。
礼儀作法や読み書き、言葉遣い、全て上流階級のものを叩き込まれた。
英羅はそれを驚くべきスピードで理解し、吸収していった。
特に綾部家の武道に関しては英羅には天賦の才があったらしく、あっという間に全ての教えを受け継いだ。
しかし英羅には綾部家を継ぐ気があった訳ではない。
母が愛した父という男に少しでも近づき、引いては亡き母に少しでも近づくのが目的だった。
その父はというと英羅を綾部家に連れてきてからはほったらかし。言葉を交わす時といえば言づてを伝える程度のものだった。
英羅は別段それに不満があった訳ではないが、父という人間を理解できずにいた。
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8歳の時だった。
英羅が自室で寝ていた時、どうも周りが騒がしいと感じた。
目を開けると、そこには真っ赤な世界が広がっていた。それは炎だった。
慌てて飛び起き、廊下に出た。いたる所で叫び声が聞こえる。英羅は混乱した頭を必死に捻り、とにかく父を探すことにした。
炎の合間をくぐり抜け父の部屋に走る。早く、早く。息を乱しながら必死に走った。
「父上!」
父の部屋に飛び込む。部屋の真ん中で父は倒れていた。英羅は駆け寄った。
「しっかりしてください父上!」
父は小さく呻き声を上げた。生きている。どうやら傷は浅いらしい。
英羅が安心したその時だった。背後から殺気が感じられる。
殺される、と本能で感じた。
ひゅっと空気を切る音が聞こえる。
そっと目を閉じた。
――――あぁ…お母さん、英羅は頑張りましたよね。
英羅はお母さんの教え通り必死で生きてきました……
けど、ごめんなさい、もうダメみたいです。
今そちらに向かいます……―――――
一秒が永遠に感じられた。
いつまでたっても来るべき衝撃がこない。
まさか痛みも無く殺されたのか。恐る恐る目を開ける。
――――父に、抱きしめられていた。
驚愕に目を剥く。
父は今までに見たことのないような顔をしていた。
「………お前は、俺の、娘だ」
父の体から力が抜けた。
英羅は悟った。
自分は、守られたのだと。
最初で最後、血を分けた父親に。
「……………あぁ、は」
英羅の視界は真っ暗になった。