クラスメイトをナンパから助け、お礼がしたいと言うのでHしたいと言ったら叩かれました
コンビニを出たところで女がふたりの男に絡まれていた。
談笑と言うにはあまり愉快そうには見えなかったのでそう結論付けたのだが、残念ながら当たってしまったらしい。
鞄を強く掴まれ、逃げようにも逃げられないでいるようだ。
しかもよく見るとその制服が俺と同じ高校のものであるとわかった。
課金なんかしようと思わなければよかった。
そうすればこんな場面に出くわすこともなかった。
「――嫌っ」
目が合う。
その瞳には見覚えがあった。
美麗でありながら優しさと穏やかさが窺え、細められれば快活な明るい色も見せる。
常に楽しそうに輪の中心にいる存在。
だれかと面白おかしく笑っているのが印象に残っている。
毎日隣にいる俺は彼女のことは否が応でも視界に入る。
「あの、彼女嫌がっているみたいなんですが」
背丈は同じくらい。
しかし不良然とした男は筋骨隆々といった見た目をしていた。
対して俺は細身の瘦せ型、運動歴は体育くらいの頼りない体格だ。
まともにやりあったら敵うわけがない。
人数的にも二対一で負けている。
「なんだよ」
不愉快そうに制止した声に応える。
ナンパが上手くいっていないこともあって気分はすこぶる悪そうだ。
「面倒くせえ、知り合いか?」
「知り合いというか、クラスメイト」
「あー、じゃあすっこんでてくれるか? いま取り込み中なんだわ」
「私は話すことなんてないです」
「だって?」
これで彼女らの関係がはっきりとわかった。
予想どおりと言うべきか。
「あっ、てめっ!」
闖入者に意識を持って行かれた男の力が緩んだのを見計らってこちら側に女が逃げ込み、男はより一層こめかみに青筋を立てた。
「お前が邪魔するからだろうが」
「俺が邪魔をしなくても最初からそんな感じだっただろ」
「図に乗るなよ」
「どっちがだよ」
怒りに身を任せ、胸ぐらを掴まれる。
ナンパの失敗に口も達者なほうではなく、言い負かされるのを嫌って力勝負に出てきた。こういうのが一番嫌なんだよな。力づくで勝つとかいつの時代だよ。
「殴りたければ殴れば?」
「ああ?」
挑発する俺に面白いように乗ってくる。
拳がいまにも降りかかりそう。
「でもいまの時代、拡散されるのは怖いと思うけど」
見れば周囲には数人ではあるがこちらの様子を窺っている人がいた。
ひそひそとこちらの構図を確認していたり、スマホを手にする若者もいた。
「――っ!」
果たして百人中何人が男たちの味方をするだろうか。
いくら頭に血が上らなくなっているとはいえ、それくらい考えられなくはないはずだ。
冷静になり、その誹謗中傷が男たちに恐怖を与えた。
「ちっ行くぞ」
「あ、ああ」
趨勢の不利を理解した男たちは早足で逃げて行った。
ここで向かってこられたら拍手を送っていたと思う。
「ごめん。ありがとう……、藤創くん」
「いいよ。じゃあまた明日」
言って、彼女――桃ノ枝に別れを告げる。
「ちょ、ちょっと待って」
すたすたと歩いていく俺の腕を掴んでくる。
「なに?」
呼び止められ、桃ノ枝に用件を尋ねる。
「いや帰るの早くない!?」
「帰宅部だからな」
「そういうことじゃなくて!」
「どういうこと?」
「や、ほら、助けてもらったのにそんなあっさり帰られるのはこっちとしても困るというか、なんというか……」
ごにょごにょと尻すぼみに声が小さくなっていく。
「新手のナンパか?」
「一緒にしないでよ!」
よく声の通る女子高生である。
さっきもこうやって叫んでいれば俺が出る幕などなかっただろうに。
「……まあ、似たようなものかもしれないけど」
そんなふうに声量を変えていて疲れないのだろうか。
「お礼をちゃんと言えてなかったし、なにもお返しできていない」
「お礼はもらったし、お返しもいらない」
「それはこっちが困るの。お願い、私にできることやらせて」
なかなか食い下がってくれない桃ノ枝。
適当にあしらえればいいのだが、そうもいかなそうな感じがする。
「お礼がしたいの」
「――じゃあ、いまから俺とHしてくれない?」
「……へ? いまなんて?」
「だからエッチだよ。子どもじゃないんだからわかるよな? ホテルは高校生だから無理だろうから俺の家でいいか? それともそっちはだれもいない?」
「いや、あの、ちょっと待って。私の聞き間違い?」
「なにが?」
「エッチって……?」
「ああ、そう言ったよ」
あっさりと言う。
「他の言葉じゃないとわからないか? セッーー」
――バチン、と音が鳴る。
ジンジンと頬に痛みが走ってきてようやく自分が叩かれたことを理解した。
「最低」
侮蔑するような視線を送り、身を翻して足早に去っていく。
「…………ひとりでなんとかできただろ」
頬の痛みをさすって和らげながら俺も帰路についた。
――
翌日、朝の教室の喧騒を嫌った俺はHRが始まるまで自席で寝ようとした。
「ねえ」
その睡眠を邪魔する声が降ってくる。
「ねえ」
「……」
「ねえってば」
「…………」
「話しかけているんだけど」
「…………寝ようとしているやつに話しかけるなよ」
しつこい相手に眠気も相まって苛立ちを孕んだ声音で応える。
「寝ようとしているんじゃなくて、逃げようとしているんでしょ?」
「なにから逃げているって言うんだよ」
「私が登校してきたから」
図星を突かれた俺は頬を掻く。
「まああの一撃をもらっちゃえばな」
「それは藤創くんが変なこと言うから……っ!」
「空手部主将?」
「家庭部!」
「嘘をつけ。あれは普段から鍛えていなければでない威力だった」
「そんなに!? ごめん、あれは本当に申し訳ないと思ってて」
「用件はそれだけか。それじゃあまた」
「ちょっと寝ないでよ!」
謝罪を受け入れ、寝ようとした俺の身体が揺すられる。
「お礼も謝罪もちゃんとできていないんだから」
「こっちがいいって言ってんだからいいんだよ」
「それじゃあ私の気持ちが晴れないって言ってんの!」
「わがままだなあ」
子どものような駄々をこねる相手に辟易とする。
「こちらの要望は叶えられず、けどなにかさせてって……わがままだろ」
「わ、私のできることでって言ったでしょ」
「――じゃあ、ない。ないよ。桃ノ枝にしてもらいたいことはない」
「……そんな――」
「おーい、席につけー」
担任の先生が入ってきたことで会話はそこで中断された。
なにか言いたげだった桃ノ枝だったけど、諦めて居住まいを正した。
不満そうな顔をしていたのは見間違いだと思いたい。
――
「今日、放課後空いている?」
放課後。
帰り支度をしていると横から話しかけられる。
あれから桃ノ枝も休み時間は友人と過ごしていたりしていたため、話すことはなかったので安心していたのだがそうは問屋が卸さないらしい。
「悪いけど空いてはいないかな」
「そっか。部活でクッキー作る予定だったからよかったら食べてもらおうと思ったんだけど」
「そうか。どこかコンビニで買うから平気だ」
「や、コンビニとは違うから!」
「似たようなものだろ」
「そういうこと言う!?」
怒りの滲んだ声を背に俺は帰った。
翌日も桃ノ枝は登校するなり俺に話しかけてくる。
「おはよう、藤創くん。今日の数学の課題やってきた?」
「やってきたけど?」
「そう」
なぜか残念そうに呟かれる。
「じゃあ英語の予習は?」
「する必要あるか?」
「今日当たるかもしれないよ」
「英語はそれなりにできるから平気だ」
「え、そうなの?」
「覚えた単語を適当に組み合わせればそれなりに意味がわかるからな」
「す、すごいね……、もしかして頭いい?」
「暇だから勉強しているだけだ。もういいか?」
周りの音や声をシャットアウトするようにイヤホンを耳につけた。
まだなにか言いたげな桃ノ枝だったけど落胆したように椅子に腰を落としていた。
四時間目が終了し、お昼休みとなる。
普段から教室で過ごさない俺はいつもどおり席を立とうとした。
「ねえ、藤創くん。お昼持ってきた?」
「いや持ってきたけど?」
「そっか。私作り過ぎちゃったんだよね」
言って桃ノ枝はふたつの弁当箱を取り出す。
「それ作り過ぎたんじゃなくてふたつ作ってきてるだろ」
「違うよ! 作り過ぎて入りきらなかったからふたつに分けたの!」
「弁当箱の大きさくらい知らないのか?」
「ふ、普段作らないからわからなかったの!」
いつもは親御さんに作ってもらっているらしい。
けどそれにしたってその量を作りはしないだろう。
「ほら、昨日作ったクッキーもあるの! 食べない?」
「食べない。俺だって弁当あるし、そんな大食漢に見えるか?」
「男の子は食べたほうがいいよ!」
「いらないいらない。だれか他の人に頼んでくれ」
桃ノ枝の弁当箱とクッキーを返し、俺は自分の分だけを持って席を立つ。
「せっかく作ったのに……」と嘆くが俺には関係ない。
放課後になると待ってましたと言わんばかりに桃ノ枝が肩を叩いてきた。
「今日部活ないから一緒に帰らない?」
「他のやつと帰ってくれ」
「なんでよ」
「予定があるからだ」
「残ってなにかやるの?」
「ひとりで帰宅する予定が」
「それは予定に入らないでしょ!」
「人の価値観にケチをつけるな」
こういうタイプのやつは読書やゲームなどひとりでするものを予定と言わないのだろう。人にとってそれが楽しみなことだとも知らずに。これだから友達の多いリア充は……。
「ごめん。ひとりで帰りたい時もあるよね」
案外素直に聞き入れてくれた桃ノ枝。
まあでも今回は正直ひとりで帰宅する予定など適当に言っただけに過ぎない。
ただ一緒に帰りたくなかったから理由をつけたまで。
「桃っ! 今日部活ないでしょ? 一緒に帰ろう!」
教室の隅から大きな声で桃ノ枝を呼ぶ声がした。
友人らしい女子生徒が手招きをしている。
「呼んでいるぞ」
「う、うん」
「よかったな。一緒に帰れる人がいたじゃないか」
「そういうんじゃなくて、私はただ藤創くんと帰りたかっただけで……」
小さな声で異を唱えてもあまり聞き取れない。
どうでもいいことなのだろう。俺は別れの言葉を告げずにその場をあとにした。
――あれから、隣席の桃ノ枝から話しかけられるようになった。
そのほとんどが他愛もない、言ってしまえばどうでもいいことばかりだ。
さすがに無視するのはどうかと思ったので極力話は広げずに適当に返した。
素っ気ない俺の態度にも桃ノ枝は気にした様子はなく、めげずに毎日俺と交流を図ろうとしてくる。
「私も手伝うよ」
放課後に掃除をしていると、桃ノ枝が箒を持って現れる。
「必要ない」
「そんなことはないでしょ。ひとりよりふたりのほうが早いし捗る」
「早く終わらせようとも思っていない」
「ひとりでやるのは大変でしょ」
教室を見渡す。
確かにこの中をひとりで掃除をするというのはそれなりに労力がいる。
他のやつらは用事や部活があるからと言って集団で消えていった。
残ったのは俺ひとりだったが、別段苦でもなかった。
中学時代からこういうのには慣れている。
「大変だけど桃ノ枝の手を煩わせなくたっていい」
「私がやりたいだけ」
「掃除をやりたいやつなんているか?」
「ここにいますー」
頑として譲ろうとしない彼女は掃除を始めていく。
仕方なしに俺も掃除を再開する。
黙ってやること数分、桃ノ枝のスマホが振動し、何事かを打ち込んでいた。
「用事があるんなら帰ったらどうだ?」
「ううん、平気」
首を横に振って、スマホをしまう。
「なあ、ひとついいか?」
「なに?」
「どうして俺に構う?」
ここ数日の疑問をぶつける。
「構うってなに」
「こうやって掃除を手伝うのだってそうだし、毎日話しかけてきて」
「席は隣だし、クラスメイトじゃん」
確かに桃ノ枝はクラスのみんなと仲が良い。
男女分け隔てなく、クラスメイトだけじゃなく先生からも人望は厚いように思う。
「あの時のことがあってからだぞ」
「あの時?」
「とぼけるな。桃ノ枝が男ふたりに絡まれていた時のことだ」
「ああ」
「お礼のつもりか?」
桃ノ枝の言動の理由はそれ以外に考えられない。
それ以前はほとんど話したことがなかった。隣席だからってあそこまで積極的に話しかけてこなかった。事務的な時に交わした数回だけだと思う。
「言ったでしょ? なにもお返しできてないって」
「言っただろう? なにもお返しはいらないって」
同じように反論した。
「それじゃあ私の気が済まないの」
「だからひとりでいる俺に話しかけるのか?」
俺はクラスで浮いている。
友達はおろか知り合いみたいな人もいない。
「同情か?」
「そんなんじゃない。私はただもっと藤創くんのことが知りたくて、友達になりたくて――」
「それが迷惑なんだよ」
ぴしゃりと切り捨てる。
「俺がいつ友達が欲しいなんて言った?」
「言ってはいないけど、ひとりでいるのはつまらないでしょ?」
「勝手に想像で語るなよ」
冷たい瞳で相手を見据える。
「ここ数日で俺がどれだけ拒絶したかわからなかったわけじゃないだろう?」
コミュニケーション能力の高い桃ノ枝がそれを感じ取れないはずがない。
聡い彼女なら心の機微にも気づくはずだ。
対人能力に長けた彼女らしくない行動の数々は一体なんなのか。
「じゃあ俺の願いを言ってやるよ」
相手が散々望んでいたことを。
「俺に関わるな」
それならできるだろう、と俺は皮肉にも付け足した。
止まっていた掃除をする手を動かす。
手伝いもあってもうすぐ終わりそうなところまできていた。
ちり取りを取りに掃除ロッカーを開く。
ガタゴトと漁りながら目当てのものを取り出す。
「――どうして」
まだ教室に残っていた桃ノ枝は震えながら言った。
「ならどうして私を助けてくれたの?」
関わるなというのなら、どうしてそちら側から関わってきたのか。
当然の疑問を呈する桃ノ枝に。
俺は鼻で笑う。
「言っただろ、俺は性欲が強めな男子高校生だぞ。助けてワンチャン狙った以外に助けた理由はねえよ」
男のそれを武器に。
さも当然のように言った。
「…………どうして、そんなことばっかり」
涙ぐむ彼女の頬からは一筋の雫が伝った。
最低だと罵ってくれればよかったのに。
もう一度引っ叩いてくれればよかったのに。
どうしてそんなに辛そうな表情になっているんだよ。
「桃?」
教室の外から女子生徒の声がした。
見ればそこには女子が数名いた。
「来るの遅いからどうしたのかと――って、え、どうしたの?」
その涙を見て、友人は驚きの色を見せ、心配の声を上げる。
「な、なんでもないよ。ただちょっと埃が目に入っただけで」
「そんなわけないじゃん」
否定した桃ノ枝の友人のこちらを見る目が鋭くなる。
「藤創。あんた、やっぱり噂通りのクズだね」
「…………」
「女の子を泣かせるとか最低」
声に怒りを孕ませ、彼女たちは桃ノ枝を連れて教室を出ていった。
これでいいんだと思う。
最低な男はひとりでいるのが一番いい。
お互いに傷つかなくて済むのだから。
☆
中学時代、俺の学年では有名な美男美女のカップルがいた。
だれもが羨む理想的な男女だった。
彼氏のほうはスポーツ万能で成績優秀の文武両道のイケメン。
彼女のほうも品行方正でだれからも好かれる美少女。
みんなから公認カップルとして目立っていた。
そんな彼女のほうと俺は仲が良かった。
ゲームが好きという共通の話題があり、いつからか一緒にゲームをする仲になっていた。
基本的には彼女とはオンラインゲームをして遊んでいた。
学校では特に話すことはない。
彼女のほうもゲーム好きを公言していなかったからだ。
そこに不満はなかった。俺もべつの友達と学校ではつるんでいたから。
しかしいつだったか、俺たちの関係が彼氏に気づかれ、追及された。
俺としてはやましいことをしているつもりはなかったし、彼女もオンラインゲームをしていること自体は彼氏に話していたと言っていたから。
それなのに――
「ゲームで釣って寝取るとか最低だな」
唾棄するように言われた。
どうやら俺と彼女はそういう関係にまで発展していることになっていた。
まったくの誤解だったし、ふたりで直接会ったことだってない。
あくまでオンライン上でやり取りをしていただけに過ぎない。
なのにどうしてここまで飛躍してしまっているのか。
俺の言葉は彼氏には届かなかった。
そして彼女もまた一緒に否定してはくれなかった。
まるで自分は被害者のように。
責任をすべて押しつけてきた。
人望のない俺には信じてくれる人はだれひとりいなかった。
数少ない友人も去っていった。
すべてを失った俺はもう二度と人と関わらないと決めた。
どうせ裏切られるから。
どうせ信じてくれないから。
俺の言葉にはだれひとりとして耳を傾けてくれないから。
☆
「藤創くん、こんなところで食べていたんだ」
昼休み。
空き教室でひとり、弁当を広げていると桃ノ枝がノックもなしにガラガラと戸を開けた。
「すごい探したよ。どこにもいないんだもん」
戸を閉め、こちらに近づいてくる。
「特別棟の三階って遠すぎ。もうお昼休み全然ないじゃん」
すると、ぐぅと小さく可愛らしい音が鳴った。
「あ、ごめん。お昼食べてなくて。ここで食べていい?」
その手にはランチバッグがあった。
お昼休み返上でなにをしているのだろう、彼女は。
「いただきます」
許可を待たず、隣の席に座った桃ノ枝はお弁当を食べ始める。
お腹が減っていたのは本当のようで、結構な勢いで食べていっている。
「ちょ、あんまり食べているところ見ないでよ」
すでに食べ終えていた俺はじっと彼女を凝視してしまっていた。
いや俺はなにも食べている姿を見たいってわけじゃない。
「なんで来た?」
「一緒にお昼ご飯食べようとしたのに藤創くんがいなかったから」
「……はあ、俺は関わるなと言ったはずだが」
「私はそのお願いを聞いた覚えないけど」
頭を掻く。
どうしてわかってくれないんだ?
「俺のこと聞いたんだろ」
この高校には俺と同じ中学のやつも進学している。
俺から言わずとも噂が流れていても不思議ではない。
「うん。少しね」
「だったら――」
「――本っ当に性欲が強いんだね」
「……は?」
その返答に呆けたように固まってしまう。
「いやまさか本当にそういう人だったとは知らなかったよ。私はそんなにないんだけど、周りの子は意外と興味ある子多いし、私が変なのかもしれないけど」
うむむと唸る。
「そんなに私とHしたかったの?」
「……いや、それは」
面と向かって言われると、言い淀んでしまう。
「やっぱり。突き放すためだったんだ」
看破された俺の意図。
あの時、最低な言葉を口にした理由は至って単純だった。
「自分が嫌われているから――関わらせないようにしたんでしょ」
見透かされ、俺は逃げるように目を逸らした。
「優しいね」
その言葉に胸が締め付けられる。
「優しくなんてない」
間違った解釈をしている桃ノ枝に教えてやる。
「俺はもうだれとも関わりたくないんだよ。どうせみんな俺の言葉なんて信じてくれない。友達だったやつらもみんな、どうせ裏切るんだよ。だからそうならないために、そういう関係にもなりたくないし、人とも関わりたくない。そういう自分の都合で突き放しただけだ」
「じゃあやっぱり、中学の話も違うんだね」
「――っ、それは……」
なにも言えなくなる。それは肯定しているようなものだった。
言ったところで詮無いことだ。
なにも変わらない。
「どうだっていい。俺はもうだれとも関わりたくないことに変わりはないんだから」
「本当にだれとも関わりたくなかったら私のことを助けたりはしないと思うよ」
「あれは……」
「自分から手を差し伸べたくせに――関わるなって、わがままじゃない?」
いつかの意趣返しをされているようだった。
放っておけなかった。自分のできることをしたかった。助けたかった。
人と関わりたくないと思っているのに、非情にはなれない。
そんな中途半端な気持ちで勝手に助けて、突き放す――なんてずるいんだろう。
「……悪かった」
「なにが?」
「突き放したり逃げたりして」
「うん。本当、最低だよ」
「はは、そうだな。俺は最低だ」
自嘲的に笑う。
「怖い思いしたあとにあんなこと言って、ごめん」
「本当だよ。おかげで手が出ちゃったもん」
「無事でなによりだ」
「あの時言って欲しかったなあ」
口を尖らせる桃ノ枝に苦笑いを浮かべるしかない。
「中学の時になにがあったのか、真相はわからないけどさ、私は藤創くんを信じるよ。だって私は優しいけどちょっと不器用な藤創くんしか知らないから」
「信じなくたって俺は――」
「信じるよ。だれがなんと言おうが信じる」
俺のことなんてほとんど知らないくせに。
一回助けられたからって、全然話したこともないくせに。
どうしてそんなに俺のことを。
もしかして――いや、と首を振りその可能性を否定する。
そういうのはもう懲り懲りだから。
「そ、そういえばさ、あの時の言葉ってどこまで嘘だったの?」
「なにがだ?」
「私と……、Hしたい云々……」
「いや全部嘘だよ。なんとも思っていないから安心しろ」
「~~っ、な、なんとも思っていないのは、それはそれでどうなのかな?」
「はあ?」
「――やっぱり、藤創くんは最低!」
「いや、なんでだよ」
理不尽な言葉をぶつけられた。
性的に見たら最低、性の対象としなかったら最低、どうしろと?
「ごちそうさま」
手を合わせて満足げに言った。
いつの間にかお弁当の中身がなくなっていた。
若干声に怒りが込められているのは気のせいか?
「よし、一緒に教室戻ろっか」
「先に行ってくれ。俺はあとから行く」
「それ禁止」
「なにが禁止なんだよ」
「私に気を遣うの」
「気を遣ったわけじゃ――っておい、痛ぇ、ちょ、力強いって」
強引に腕を引っ張られ、そのまま連行されていく。
抵抗むなしく、桃ノ枝に従わざるを得ない。
人と関わることはもうないと思っていた。
けど彼女と話すうちに少しずつ、楽しいと思う自分もいて。
少しずつ心を開く自分もいて。
いつか俺にもう一度、友人と呼べる人ができたとしたら。
桃ノ枝に伝えようと思う。
感謝の気持ちと。
自分の気持ちを。